14.ジャレッドからの招待
ジャレッドからの文の内容通り、ゼルヴァルトは共を数人だけ連れて黒勇隊本部へとやって来ていた。
「総隊長殿が、珍しいですね」部下のひとりがポツリと口にする。彼の言う通り、この6年でこのような事は初めてであった。ゼルヴァルトはジャレッドと会って話すのは3年ぶりであり、その時は合同作戦の顔合わせであった。
「気を引き締めておけ」ゼルヴァルトは総隊長の性格を覚えていた。誰彼かまわず殺気や剣圧を飛ばす、危険な男だった。
本部へと足を踏み入れ、早速ジャレッド直属の部下からの案内を受ける。ゼルヴァルトは部下に応接室の外で待つように言う。
すると、ひとりが泡を吹いて倒れ、もうひとりが首を押さえて蹲る。
「部下の教育がなってないな! えぇ? 4番隊隊長さんよぉ!」酒瓶片手にジャレッドが現れる。
「お久しぶりです、総隊長殿」彼の凶暴な剣圧を受け流し、会釈する。
ジャレッドは応接室のソファーにドカリと座り、酒をグビグビと飲み下す。空にすると、どこからかまた一本取り出し、詮を歯で引き抜く。
「お前もやるか?」
「遠慮しておきます」行儀よく正面に座り、総隊長の目を見据える。
「ま、そんなに固くならずに気楽に、な」と、ジャレッドはまた酒瓶に口つける。
「で、今日は何故私をここへ? 個人的な話があると文にはありましたが……?」
「そうそう、その話だが……お前、魔王の事をどう思う?」ジャレッドは目の前の机に脚を乗せ、まるで与太話でもする様な態度で口にした。
ゼルヴァルトはしばらく黙り、ジャレッドの目を見て考えを探った。相手は一見、ただの飲んだくれではあったが、それは擬態であるとすぐに見破れた。
だが、相手の質問の真の意味を探る事が出来ず、下手なウソを言っても直ぐに見破るような眼光をしていた。
「……魔王が黒だろうが白だろうが、私は命令に従うだけです」
「お前らしい答えだな」ジャレッドは鼻で笑いながら口にした。
「私の事をよく知っているような口ぶりですね」
「初対面で俺の剣圧を受け止めたのは、お前が初めてだったからな……それだけでお前を知るのは十分だ」
「貴方はどうなんです? 魔王の事をどう思っているので?」ゼルヴァルトは彼の目の奥を覗くように問いかけた。
すると、ジャレッドは満面の笑みを浮かべ口を開いた。
「最高の殺し合いの相手だと、俺は10年前から思っていた……」
彼は楽しそうに笑い、また酒を飲む。
「そうだろ? あの、200年も世界を収めていた覇王を殺し、たった半年で、世界一恐れられる男になったんだぞ? そう、暴力に生きる者にとっての憧れみたいな奴だ……俺は……魔王と殺し合いたいと思っている……ふふふっ」笑顔を歪め、ゼルヴァルトの目を覗き込む。
「……まさか……」ゼルヴァルトは話を予想し、背筋を冷たくさせた。
「そうよ……俺は今、仲間と共に魔王と大喧嘩する策を練っている。お前も加わらないか? この祭りによぉ」
この言葉を耳にし、ゼルヴァルトの心臓が大きく高鳴った。今迄我慢していたモノが爆発しそうに暴れ、血流と魔力が全身に巡る。黒鎧に稲光がのたうち、彼の興奮がジャレッドにばれる。
「昂っているな……答えはイエスかな?」
「……お断りします」腹の奥から声を絞り出す。
彼は参加すればどうなるか、断ればどうなるか。全て考えた上で重たく返事をした。そして、高ぶりで生じた魔力を備え、ジャレッドの動きを注意深く観察する。
しかし、彼の予想に反してジャレッドはクスクスと笑いながら踏ん反り返り、腕を組んで彼を見据えた。
「その答えも、実にお前らしいな……クソ真面目と言うかなんというか」
「……で、どうするおつもりで?」目を鋭くさせ、全身にいつでも力を入れられるように準備をする。
「そう構えるな。口封じなんかしねぇよ。お前は告げ口をする様な男じゃない。ま、お前がやりたいんなら、俺はいつでも……」と、今にも喰らいつきそうな殺気を放つ。
「……どういうつもりですか? まるで、断られる事をわかっていながら謀反の予告をするなんて……」ジャレッドの考えを理解できず、首を傾げる。
「いや、俺は本気でお前なら乗ってくると思ったのだが……ま、話はそれだけだ」ジャレッドはそれだけ言い、酒を飲み干して熱いゲップを吐いた。
帰路の途上、ゼルヴァルトは馬上で肩の力を抜き、項垂れていた。いつもなら地平線の向こうを見る様に背筋を伸ばし、馬を奔らせたが、今はまるで重石でも背に乗せている様にトボトボと馬を歩かせていた。
「あの、総隊長殿に何を言われたんですか? お説教ですか?」部下のひとりが問いかける。
「いや……なんでもない。ただ、次の任務についての相談を受けてな……」適当にはぐらかし、頭の中で重くなった想いを睨む。
彼はジャレッドの誘いに乗りたかった。この機を今迄待っていたのが彼だった。
しかし、ジャレッドの策がどんな物かは聞かされなかったが、どんな策を弄しても魔王に勝てるとはどうしても思えなかった。
故に二の足を踏み、参加へは踏み切れなかった。
だが、傍観者にもなるつもりは彼にはなく、どこかしらで介入しようかと未だに揺れ動いていた。
「困った総隊長殿だ……」
その頃、黒勇隊本部でジャレッドは楽しそうに酒瓶を傾けていた。
「揺さぶりは成功だな……あいつならタイミングを心得ているだろう……」と、口にしながら左手で得物である剣を眺める。「……最後の喧嘩だ。お前は最後まで付き合えよ」
3日後、4番隊の拠点に1番隊のローズがやってくる。彼女は長期休暇を取り、憧れのゼルヴァルトに会いに来たのだった。
「お久しぶりです!! 1年と268日ぶりですね!!」と、弾む様に敬礼する。今は黒勇隊特有の鎧姿ではなく、タンクトップの上からジャケットを羽織った私服姿だった。
彼は浮かない顔を兜で隠しながら、微笑み声だけ出し、彼女の近況を訊いた。
しかし、彼の頭の中にはジャレッドの言葉や己の想いが重たく渦巻いており、彼女の近況は殆ど耳に入ってこなかった。
「……? 聞いてますか?」ローズはワザとらしく彼の兜の隙間の瞳を覗き込む。
「あ、あぁ……すまない。次の任務の策を考えていてな……」
「? はぁ……なんだか、もっと深刻な悩みを抱えているみたいですね。御見通しですよ」瞳に雷光を輝かせ、にやりと笑って見せる。
「……敵わないな……だが、この問題は私の……」
「1人で抱えていると、いつか膝から崩れますよ? アタシで良ければ力になりますよ! 休暇中ですし」
ゼルヴァルトはしばらく押し黙ったが、何かを決意した様に彼女を自分のテントへ招待し、2人向き合った。
「実は、総隊長のジャレッドが……魔王に牙を剥くと私に語ったのだ……共に戦わないか、と誘われた」
ゼルヴァルトは勢いに任せ、己の想いをローズに訊かれるがまま話した。今の彼の精神状態は、かなりギリギリのラインにあるため、歯止めが効かなかった。
「それはまたヘヴィーですね……」
その後、ローズは無言でゼルヴァルトのテントを出て、何か考え込む様に顎に指を当て、地面を眺めながら歩いた。途中、数人の兵に挨拶されるも、それらを無視して歩き続け、拠点を後にする。
「……アタシ達は元勇者だもんね……そりゃあ血が滾るよ」と、二の腕を押さえ、雷光を漏らす。漲った魔力を天空に向かって放出させ、空が割れる様な音を鳴らす。
「ふふ……ゼルヴァルトさん……アタシは……」ローズは静かに笑い、何かを思いついたかのように稲妻を残してバルバロン方面へと走り去った。
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