13.ナイアの一手、魔王の一手

 バルバロン国、黒勇隊本部。

 ここには世界各国で暗躍する黒勇隊が収集した情報が一手に集まり、統括されていた。これを管理し、更に黒勇隊の全指揮を執る者がここにいた。

 その者は、総隊長であるジャレッドである。

「うぃ~……誰か酒買ってこ~い」

 彼は情報管理を部下に任せ、ひとりで酒を飲んでいた。日中からボトル片手に度数の高い酒を一気に煽り、部下に暑苦しい息を吐きかける。

 部下たちは不思議と、そんな彼の態度に苦情を申し立てるわけでも、嫌々な表情で仕方なく働くわけでもなかった。皆、この飲んだくれ隊長に全幅の信頼を置いており、彼の態度に笑顔で応えていた。

「へい、私が買ってきますよ」隊員のひとりが書類を纏めて鍵付きファイルに閉じ、立ち上がる。

「飛び切り高いのを買って来い!! お前の奢りでな!」

「嫌ですよ。ケツから二番目の酒をジャレッドさんのツケで」と、逃げる様に駆け足で退室する。

「けちな野郎だなぁ……」と、酒を呷りながら、周囲の隊員が目を通している情報をチラリと見て、情報内で交差する共通点をあっという間に纏め上げ、秘書に全て書き上げさせる。すると、あっという間に国内で暗躍する強盗団がリストアップされる。

「流石です、ジャレッドさん!」

「いいか? 情報ってのは目で見るんじゃない……鼻で嗅ぐんだ! この強盗団は近場で勇者狩っている2番隊にやらせよう。早速、サンダースパロウを飛ばせ」

「了解です! 総隊長!!」と言うように、彼はただの腕っぷしの強い隊長ではなかった。ジャレッドは黒勇隊総隊長に抜擢される程、彼は魔王から腕を買われており、それだけの実績を残していた。

因みに、彼はザルであり、いくら飲んでも酔わない酒豪であった。

「ジャレッドさん。近々参謀になるお方がお見えになっていますよ」隊員が彼の背後で話しかける。すると、総隊長は酔っていないくせに、兜越しにワザと目を座らせ、振り返る。

「あの野郎……2部屋隔てて……」と、頭を押さえる。

「え? えぇ……ジャレッドさんの私室にお招きしてあります」

「わかった、すぐ行く……っ! ったく……あの野郎! 俺が酔っているからって……」

「酔っていないクセに何言ってるんですか?」

 ジャレッドは戦場を駆け抜ける様な歩法で廊下を歩き、忍び込む様に私室へと入る。

「腕が落ちたんじゃないか? ジャレッド……」したり顔を仮面の下に隠しながら、ハーヴェイがクスクスと笑う。

「10年ぶりに会う男に向かって3発も額に打つか?」

「油断しすぎなんだよ、お前は。で? 順調か?」ハーヴェイは余裕綽々でソファーに深々と腰掛け、膝を組む。

「早々にその話か……あぁ、順調だ。黒勇隊の情報網はこの大陸全土を覆っている。その中で隊員が見落としている情報を独自につなぎ合わせて消して……ヤツの耳に入らない様にな」と、自慢げに笑う。

「そのお前が練り上げた情報の最後のピースだ。コイツを繋いでくれ」ハーヴェイはナイアから受け取ったファイルを彼に渡す。

 ジャレッドはデスクの引き出しの仕掛けを開き、二重底からファイルを取り出す。それにハーヴェイから渡されたファイル『預言者の石板』に関する情報を繋げる。

「成る程……今迄苦労して繋ぎ合わせていた正体はコレだったわけだ」と、深い溜息を吐き、纏めたファイルをハーヴェイの眼前に置く。

「今迄ご苦労だったな……」ファイルに軽く目を通し、鞄に入れる。

「お前の役割はここまでだ……なんて言わないよな?」ジャレッドは冗談交じりに口にし、ハーヴェイの目を仮面越しに覗き込み、鋭い殺気を飛ばす。

「何を言ってるんだ。お前には次の役割がある。このまま黒勇隊を指揮し、俺たちの足跡を揉み消す仕事がな」彼の殺気を軽く受け流し、鼻で笑う。

「……詰まらねぇなぁ。もっと全線で暴れる仕事がいいなぁ~」

「それをやったら、どうなるかわかってるんだよな?」ハーヴェイは忠告する様な目線で彼を睨んだ。

 すると、酒を買ってきた隊員がノックと共に入室し、デスクに酒瓶をドンと置いて去る。ジャレッドは何も言わずにグラスを2つ用意し、並々と注ぐ。

「魔王相手に散るのは悪くないな……ま、俺にも立場はあるがな」

「死ぬのは怖くないか」

「お前に怖いものなんかないだろ? えぇ? ハーヴェイ」と、ジャレッドは一気に酒を流し込む。安酒であるが、昔ながらの有名ブランドのバーボンだった。

「……お前、知ってるんだろ? 俺が下戸だって」

「あぁ、そうだったな」ジャレッドは彼の分も飲み干し、熱い溜息を吐き出す。

「俺は魔王に挨拶しなきゃならないんだ。そろそろ失礼するぜ」ハーヴェイが席を立つと、彼が持つ鞄をジャレッドが「隙あり」と、言わんばかりに掴む。


「お前、死ぬ気だろ?」


 ジャレッドは仮面越しに目を本気で座らせ、ハーヴェイの瞳の奥を覗き込む。彼の覚悟を試す様に、そこへ己の殺気をありったけ流し込み、様子を見る。

「……どうだかな? 成功すれば、そうはならない。お前こそ、同情して変な気を起こすなよ」ハーヴェイは仮面の向こう側で笑い、彼の部屋を後にした。

「誰が同情するか、誰が!」去る彼の背を見ながらジャレッドは酒瓶をラッパ飲みし、熱いゲップを吐き出す。「その時になったら、俺が動くしかない、よな?」



 次の日、ハーヴェイはナイアと共に魔王の城の門を潜っていた。

「ここから先は彼のテリトリーよ。余計な事は言わない様に」ナイアは口をなるべく動かさずに早口で彼の耳元で囁く。

「お前は大丈夫なのか?」

「私にはお守りがあるから」

 しばらくして魔王の玉座へとたどり着き、魔王を待つ。

「あいつに会うのは実に15年ぶりか……妙な縁だな」ハーヴェイは懐かしむ様に口にし、喉を鳴らす。

 ナイアは言葉を選ぶような表情で天井を見上げ、結局口を横に結び、彼の目線を伺った。

 すると、玉座の影からスーツを着こなした魔王がにょろりと現れる。玉座に代わりに座っていた鎧は闇に呑まれ、魔王が腰掛ける。

「久しぶりだな、ハーヴェイ。あの牢以来か?」

「あぁ……手紙の通りだ。あの時の借りを返しにきた。俺に出来ることがあるなら、何でもするぜ。黒勇隊の参謀でもな」

「つまり、答えはイエスか。ありがたいな」魔王は満足そうに口にしながら、ナイアの顔を覗き込む。

「俺様の所へ案内する前に、いくつか寄ってきたみたいだが?」

「この土地は久々みたいで、いろいろ寄りたい場所があるって言うから……」ナイアは魔王から目を逸らさずに嘘を吐き、得意げな表情を向ける。

「そうか……お前も随分旅をしていたからなぁ……今迄はどこにいたんだ?」ナイアの表情を伺いながらハーヴェイに問いかける魔王。

「ナンブルグ大陸西側の戦争を傍観していた……お前が闇の瘴気で東側を染めたせいで、あの大陸は今や大混乱だ」

「それはそれは……その混乱も、俺様の計画の内だ」と、得意げに口にし、ハーヴェイに目を合わせる。

「で? ハーヴェイはこの後、ジャレッドの直属で働くと言う事でいいのかしら?」相手の答えを予測しながら問いかけるナイア。

「いや、俺様はハーヴェイには実に期待している。部下をつけてやる。お前は黒勇隊参謀だが、事実上、2人目の総隊長だ。いいな?」

「予想以上にいい待遇だな」

「以上だ。下がっていいぞ。ハーヴェイ……期待、しているぞ」魔王はそれだけ言い残すと、闇の中へ溶けていき、代わりに禍々しい甲冑が座に着く。

その後、2人が魔王の城を出ると、空を見上げた。

「……上手くいきすぎじゃないか?」ハーヴェイは不服そうに声に出す。

「そうね……でも、歯車は動き出しているの。このままいくわよ」

「あぁ……」



 作戦指揮が終わった後、ゼルヴァルトは一息入れていた。今回の作戦は今まで通り成功し、ひとりも被害を受ける事無く済んでいた。

 ラトが作戦事後報告を終えた後、黒勇隊のサンダースパロウが文を咥えてやって来る。

「また1番隊のローズからですか?」ラトが問うと、ゼルヴァルトは楽しそうに微笑みながら封を受け取る。その差出人は、彼女からではなく黒勇隊総隊長のジャレッドからだった。

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