7.勇者の道
ジェシーがダーティーワークスに引き渡されてから1時間後。
ゼルヴァルトはゆったりとした足取りで洞穴内へと足を運んだ。ただでさえ悪臭漂う仕事場であったが、それに輪をかける様な生臭い異臭で満たされていた。そんな通路にはダーティーワークスの傭兵が数人、呻き散らしながら転がっていた。
尋問室の扉を開くと、そこの椅子にはジェシーが深々と座り込み、項垂れていた。足元には傭兵たちが血達磨になって転がり、傭兵団のボスも例外なく転がっていた。
「……思っていたより、虚しかったわ」両手の血を眺めながら口にするジェシー。
「どうやら、君はまだまともな様だな」胸がスッとしていた自分を恥じながら、ゼルヴァルトは答えた。
そんな2人に気付いてか、床で転がる傭兵団のボスが歯の間から小声を絞り出した。
「く……くぞぉ……お、俺たちが何をしたってんだよ……? ただ、ただ仕事をしただけだぞ……?」
そんな彼をゼルヴァルトは見下し、フンと鼻で笑う。
「確かに、私は今回お前に仕事を依頼した。彼女から情報を引き出せ、とな。仕事は失敗だな。報酬はナシだ」
「前回の……仕事の当てこすりか? お前らの方が非道な事をやってるくせによぉ!」血唾を飛ばし、ゼルヴァルトを見上げる。
「そうだな。これも、その一部だ」と、ゼルヴァルトは腰のポーチから折り畳まれた書類を取り出す。
この書類には、ダーティーワークス傭兵団の裏でやっている仕事が事細かに書かれていた。2枚目には、討伐依頼だった。
「バカな! 俺たちはお前らと契約を交わしているんだぞ! 討伐されるいわれなんぞ……」
「黒勇隊の、いや魔王を後ろ盾にして随分、好き勝手にやっていたそうじゃないか……だから、ここで手を切る事にしたんだ」
ゼルヴァルトが合図をすると、1番隊の隊員たちがズカズカと仕事場に入り込み、机や棚をひっくり返して書類をかき集める。満足いくまで収集すると、床で転がる傭兵たちにトドメを刺し、炎使いが死体を手早く滅却する。
「おい! 貴様らぁ!!」傭兵団のボスが吠えると、ゼルヴァルトが彼の喉を踏みつける。
「ジェシー……君がトドメを刺すか?」
「遠慮しておくよ」
洞穴をあとにした1番隊はキャンプへと戻り、次の仕事への準備を進めていた。彼らにジェシーも同行し、休憩所のベッドに腰を掛けていた。
明日の作戦の会議が終わり、ゼルヴァルトが現れる。浮かない顔をした彼女の正面の椅子に座り、兜を脱ぐ。
「……黒勇隊の仕事って、いつもこんな風なの?」彼女は俯きながら問う。
「あぁ……」気落ちしながらもゼルヴァルトは、真っ直ぐ目を見ながら頷いた。
「あいつらに拷問された時、聞いたんだけど……彼らも元は勇者だったんだって」
「知っている」
ダーティーワークスは、勇者の時代が始まる前に魔王に戦いを挑んだ勇者たちの一団だった。だが、彼らは魔王にはたどり着けず、挫折し、更に故郷に見捨てられて傭兵団に、そして裏の仕事に手を染めたのだった。
「アタシも、あいつらと変わらないのかな……?」ジェシーは参ったように額に手を置き、目を瞑る。彼女が所属していた勇者の一団も、ダーティーワークスと変わらない集団だった。
「いや、君は違う。連中は、己の事しか考えない利己的な連中だった。しかし、君は……」
「励ましをどうも……でも、結局はアタシも、自分の為に戦っていただけかも……」洗っても落ちない血の臭いの染み込んだ手を見て、ため息を吐く。
すると、そこへランドールがやって来る。彼に気付いて、ゼルヴァルトは兜を被り直し、立ち上がる。
「ゼルヴァルト、近場でトラブルだ。ピギーズ強盗団が近場の村を襲っている。片づけに向かうぞ」
「ピギーズ強盗団……」ゼルヴァルトとジェシーが口を揃える。その連中もまた、元勇者の一団だった。
ピギーズ強盗団。
彼らは強盗団と呼ぶには少ない12人の集団だった。しかし、ひとりひとりが精鋭であり、元勇者というだけある実績もあった。
その中で、ボスである炎使いのロブ・ピギーは魔王の前まで辿り着き、黒勇隊に勧誘された程だった。
しかし、彼はそれを断り、あえてバルバロン国内での強盗団に身を落としながらも、ゲリラ活動を行っていた。
そんな彼らは、現在アーラル地方南部の村を襲い、商店や武具店を壊して暴れ回っていた。
そこへ黒勇隊1番隊が急行する。
「無駄な抵抗はやめろ。大人しく……」ランドールが言い終わる前に、雷矢が無数に飛来し、それをゼルヴァルトが一薙ぎで弾き飛ばす。
「ほぉ……貴様が名高きゼルヴァルトか! 面白い! 貴様らを潰せば、俺たちも名が上がるぞ!!」髭面が良く似合うロブ・ピギーが轟と吠え、強盗団が一斉に攻撃を本格的に始める。
彼らのコンビネーションは凄まじかった。雷矢の達人が殺意の雨を降らせ、風使いと大地使いが戦場を揺り動かす。更に、炎使いが視界を塞ぐように炎嵐を吹き荒れさせ、その中で剣を上段に構えた戦士たちが暴れこむ。
優秀な1番隊の隊員たちもこれに抵抗し、熟練の魔法使いたちが属性魔法で拮抗させ、村は小さな戦場となった。
この戦いにジェシーも参加し、熟練の剣士を相手に拳を振るった。
「やるな……数ではこちらが優勢だが……流石は、魔王の元まで辿り着き、そして……」ランドールは兜の中で歯を剥きだし、奥歯で何かを噛み砕く。
この戦いは天高くあった太陽が没するまで続き、守るべき村の半分が瓦礫と化していた。それほどまでに戦いは激しかった。強盗団のメンバーはボスを残して息絶える頃、隊員たちは満身創痍に傷つき、8名ほどが倒れた。
「これで俺たちも、終わりか……」全身から血を噴き出し、矢を背中に受けたロブ・ピギーがかすれ声を絞り出す。
「……ひとつ訊きたい」ゼルヴァルトは剣を収めながら口を開く。
「何故、魔王の誘いを断れたんだ?」
「お前は屈したのか……そうか……」ロブは葉巻を咥え、火を指先で点けた。
「そうだ……私は……弱かった」
「いや、強い弱いの問題じゃない。それが、あんたの道だった。そして、これが俺の道だ。ただ、それだけだ」煙と共に答える。
「道……」
「俺は、ただ魔王が気に入らなかった。ヤツぁ俺の村を……潰しはしなかった。中々いい待遇でこの国に迎え入れてくれたよ。税も少ないし、うるさい役人を追い払ってくれたし……だが、少しずつ文化が死んでいった。魔王は良かれと、次々と便利な物や決まり、法を寄越し、それによって少しずつ……村や国の文化が消えていった……そして、結局……滅んだ。国は、故郷は……」
ロブは葉巻の吸い口を噛み、ゼルヴァルトを見た。
「お前の故郷はどうだ?」
「私の……」ゼルヴァルトは心臓が冷える様な感覚を覚えた。彼の故郷、トラウド国は現在バルバロンの属国となり、じわじわと浸食されていた。
「その様子だと、滅ぼされつつあるようだな……だが、お前は今の道を選んだわけだ……それでいい。お前はお前の戦いを続けろ。だが、約束してくれ!」ロブは葉巻を吐き捨てる。
「この世界を、魔王の好きにさせるな!」
言い終えると、ロブ・ピギーは口から煙を吐き終え、身体を少しずつ発火させ、やがて灰と化す。
「炎使いらしい最期だな……」ランドールは寂しそうに口にした。
「……私には、もうわからない……この道の歩き方が……」ゼルヴァルトは膝を震わせ、拳を握りしめた。
後日、ジェシーは黒勇隊本部へと招待され、入隊することになった。彼女は希望で、1番隊の副隊長補佐となり、黒衣に身を纏った。
「君はこれでいいんだな?」ゼルヴァルトは腕を組み、心配そうな口調で言う。
「……わからない。これがアタシの道なのか……でも、これでいい。これしかない」と、不敵な笑みを浮かべながら黒の仮面を身に付ける。
「で? 君は何て名乗る気だ? 本名だとやりにくいからな」ランドールが問うと、彼女は胸を張って口を開いた。
「ローズ・シェーバーよ」
「ふぅむ……名の由来は?」
「名は好きな花の名前から。苗字は、アタシの昔飼っていたウルフソルジャーの名前からよ」
「ようこそ、黒勇隊へ」
その頃、ゼルヴァルトの故郷であるトラウド国では反乱の火が上がろうとしていた。国内最大の砦、ゴルバリア砦に物資が蓄えられ、武具や迎撃兵器の調整が行われていた。
それを指揮するのは、この国、否、世界最強の戦士と呼ばれる猛者、ヴィントス・リコルだった。
「皆、この戦いで全てを変えるぞ……これが狼煙となり、各国で火を燃え上がらせ、バルバロンを大火で埋め尽くすのだ!!!」
彼の号令に、トラウド兵たちは砦を揺るがす程の鬨の声を上げた。
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