ゴッドレス・ワールズ・ファンタジア 外伝 黒勇隊と勇者の時代
眞三
1.トラウド国の勇者
世界を統治していた覇王が闇の使い手に倒されてから2年。魔国バルバロンは北の大地パルタスカの4分の1はあっという間に飲み込まれた。
魔王の圧倒的な闇魔法、他の国とは比べられないほどの技術力、クリスタル兵器、ナイトメアソルジャー、その他諸々摩訶不思議な呪術兵器の数々。
あらゆる人道に反した武力を持って、バルバロンは各地域の制圧を開始した。
そんな事態を見て、世界の中心ククリスはある事を世界中に発表した。
バルバロンの王であり闇の使い手である男に『魔王』の称号を与えたのである。
これにより、世界中の勇ましき者達が立ち上がり、魔王討伐に乗り出した。
勇者の時代の到来であった。
北の大地の内陸部に位置する国、トラウド。魔王の脅威が眼前にまで迫り、王は決断を迫られていた。
戦うか、戦わずして降伏するか。
魔王の兵数はまだ大したことは無かった。トラウド国の10分の1程度しかなく、バルバロンは支配したばかりの国々を整えるのに忙しく、戦争に踏み切るにはまだ時間がかかった。
しかし、バルバロンが扱うクリスタル兵器や猛獣を改造したバイオ兵器には歯が立たず、さらに謎に包まれたナイトメアソルジャーの脅威もあった。
まともに正面から戦えば、まず勝てる見込みは零に等しかった。
「……はて、どうするか」トラウド国王は困り果てながら玉座に体重を預けた。威厳の割には背の低い王は、数日悩み抜いて寝ていないのか、血色の悪い顔色だった。
「拙者は、不用意に巣を突くべきではないと見ます」王の眼前で膝を付いた鎧騎士、ヴィントス・リコルが重々しく応える。
「では、どう動く?」
「恐れながら……隣国と同盟を組み、物量で対抗すべきかと……そして、バルバロンに臣従した国に働きかけ、謀反を……」ヴィントスはこの国随一の実力者であったが、頭の回る男でもあった。
「なるほど……しかし、去年落とされたアメロスタ国の王から、先日に文が届いたのだが……」と、王は彼に開封された封筒を渡した。
「これは……」文章を目にした途端、ヴィントスは歯を剥き、無念と目を瞑った。
「アメロスタ王曰く、魔王はまず村々の支配から開始し、じわじわと文化汚染を始め、次第に村人、国民は魔王に靡き始める。減税、便利なクリスタルを用いた道具、自国の旗を振る権利。ありとあらゆる蜜で惑わし、やがて完全に国をバルバロン色に染め上げる。謀反に協力する者はほぼいない、と……」トラウド国王は参ったように目を指で押さえ、重くため息を吐いた。
「……しかし、このまま見ているだけと言うのは……もしその時になった時、素早く動かねば……」
「すまん、分かってはいるのだが」
その頃、城下の訓練場で剣を振るう男がいた。彼は全身に淡く蒼き雷電を帯び、剣先まで闘気を纏わせ、ただの素振りだと言うのに実戦さながらの気迫で空を振り抜く。その剣圧で正面の模擬戦用の藁人形が真っ二つに割れる。
「流石だな、ウェイズ殿」いつの間にか背後に立っていたヴィントスが口にする。
「貴方ほどではありませんよ」ウェイズ・スラストは魔力循環を緩やかに止め、剣を収めた。「で、話し合いはどういう結末に?」
「我らが主殿は相当に悩んでらっしゃる。このまま臣従を申し出て、トラウド国として残して貰えるよう頼むのが最善。と、お考えかもしれんな」
「そうか……」ウェイズは腕を組み、何かを考え込む様に静かに唸る。
「ウェイズ殿は何が最善だと思う? やはり主殿と同意見か?」
「国民の事を想うと……そうなのかもしれない。戦争をせず……か。納得はできないな」
「あぁ。我々が戦わずして膝を付き、生き恥を晒すのは……我慢ならんな」ヴィントスは頷き、喉を鳴らす。「しかし、我らが王が決めた事に従うのが、我々だ」
「そうだな」ウェイズは物寂しそうに唸り、ヴィントスに背を向ける。
「……何か企んでいるな?」勘付いたヴィントスは彼の背に向けて口にした。
しばらくの沈黙の後、ウェイズが口を開く。
「もし私が、勝手に国を抜けたらどんな罪に問われる?」ウェイズは振り向き、真面目な顔を険しくさせながら問うた。
「まさか、ひとりで魔王を討ちに行く……と、言うのか?」
「もしそうなら、止めるか?」
「今、ウェイズ殿に離れられたら……王や拙者だけではない、皆が困るのだ。家族もそうだろう?」
「家内は理解してくれた」
「……そうか」ヴィントスは静かに呟き、背に備えた豪槍を構え、闘気を吹き荒れさせた。
その日の夜、ウェイズ・スラストは自宅で息子に絵本を読んでいた。頬には止血用の軟膏が塗られ、胸に包帯を巻いていた。
「こうして、魔王ゼルヴァルトは勇者によって打倒され、世界に平和が戻りましたとさ……」穏やかな口調で読み上げ、息子のエルの寝顔を眺める。今年で2歳になる彼は目元がウェイズによく似ていた。
「ヴィントスさんと喧嘩したの?」妻のアイリーンが優しく問う。
「喧嘩、というか……勝った方が討伐に出る、と言い出して、な。熱いお方だよ」と、ウェイズは参ったように胸の傷に触れ、誇らしげに静かに笑った。
「そう……負ければよかったのに」冗談めいた口調で背中に持たれかかるアイリーン。
「そうはいかないさ……さ、あと少しで立つ。準備を手伝ってくれ」
2人は寝入った息子を起こさないように数日前から準備していた物を鞄に詰める。ウェイズは長旅用の装備を身に付け、良く研いだ剣を腰に収める。
「これを持って行って。エルと私が作ったお守りよ」と、木彫りの鳥のペンダントを手渡す。
「そうか……大切にするよ」ウェイズはお守りを懐に仕舞い、妻に口づけし、息子の頬を優しく撫で、決意で固まった足で勇ましく旅立った。
その後、彼は1年かけて国々を渡り歩き、魔国バルバロンへと向かった。
道中、魔王の僕と思われる敵と遭遇し、撃退する。時には対魔術甲冑を身に纏った戦士、時にはバイオ兵器と思われる翼を生やした巨大蜥蜴。
ウェイズはあらゆる刺客と思われる者を払いのけ、脚を止めることなく前へと進んだ。そのせいか、彼の名は勇者として大陸中に広まった。
旅の途上、ウェイズと同じ目的と思われる勇者の一団と出会う。
しかし、彼らは街の中での素行はよろしくなく、民家に押し入っては『勇者の特権』を最大限に悪用していた。勇者と言うよりは、強盗に近かった。
ウェイズはそんな彼らの蛮行を止めようとしたが、それはできなかった。
何故なら、聖地ククリスが『魔王討伐へ向かう勇者には極力協力するように』と、『勇者無罪』ともとれる声明を発表したのである。それほどまでにククリスの者達は魔王を潰そうと考えていた。そのおかげで、勇者の行動を止める者がいたなら、その者が罰せられるという法が出来上がっていたのである。
ウェイズは自称勇者の盗賊を何人も見ては、重たい溜息を吐いた。
早く、魔王を討ち、この様な狂った世を正さねば。
彼は毎日そう胸に近い、少しずつバルバロンへと近づいていった。
そして、ついに魔の国へとたどり着く。
彼が目にする限り、このバルバロンは他国と何ら変わりない、平和な国であった。否、他国よりも治安の行き届いた国であった。
最初に立ち寄った村も、最初はウェイズを警戒したが、その素性を知るや彼を手厚く歓迎し、魔王討伐を応援した。
しかし、その応援の仕方が妙であった。『どうか憎き仇を討ってくれ』という熱い思いではなく、まるで騎士学校卒業試験を控えた学生を応援するかのような声援だったのである。
ウェイズはそんな村民たちを奇妙に思いながら村を後にし、ついに魔王の居城があるファーストシティに辿り着く。
彼はそこで、見た事の無い物を沢山目の当たりにした。クリスタル兵器ならぬ、クリスタル家具。焚き火や炉ではなく、スイッチひとつで着火する料理台に湯沸かし器、浄水器、そしてそれらを動かす巨大な魔送炉。住民は笑顔で溢れていた。
「なんなんだ、この国は」イメージと全く違うため、面食らうウェイズ。
しかし、こんな事で彼は脚を止めず、ズイズイと魔王の城へと向かった。
例えどんな門番が現れても、秒殺し魔王の元へ一直線に駆ける。そんな思いを胸に、城門前まで向かった。
が、そんな思いはあっという間に打ち砕かれた。
「えぇっと、ウェイズ・スラスト様ですね。どうぞ、こちらへ」門番はおらず、あれよあれよと言う間に奥へと招かれ、客間の椅子に座る様に促されたのである。出迎えた秘書は、丁寧且つ無駄のない動きで紅茶を淹れ、彼の前に差し出した。
「……あ、あの」ウェイズは調子の戻らない頭のまま、秘書に尋ねた。
「はい、あと数分でこちらに来られます。あのお方は忙しいですから」
「いや、そうではない……私を誰だか知っているのか?」
「はい。存じ上げております。特Aクラスの勇者、ウェイズ様ですね」
「特A?」聞き覚えの無い情報に耳を疑う。
「はい。ここまで来られた勇者は中々おられませんので。魔王様は大層お喜びになる事でしょう」と、秘書と名乗る女はペコリとお辞儀し、退室した。
「どういう事なんだ?」ウェイズは罠かと疑い、部屋中の不審点を探したが、特に仕掛けられている様子はなく、更に頭を悩ませた。
しばらくすると、部屋の奥から眼鏡をかけた男が現れる。ウェイズの目には城の事務員だと思い、目で追わずに用意された紅茶に口を付けた。
ジャケットを脱いでワイシャツを腕まくりしたその事務員は、書類を奥のデスクに置き、そそくさとウェイズの座る正面に座る。
「やあ、ようこそ! 私が魔王だ」
「……なに?!」ウェイズは紅茶をゆっくりと飲み下し、目を丸くした。
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