5.苦悩のゼルヴァルト

 ジェシーが引き渡されてから1ヵ月後、1番隊の皆が待ちに待ったグラントの潜伏場所が特定される。彼女の証言とナイアの裏取りにより、彼らのアジトがアーラル地方より北に向かったモンズの森の中にあると判明し、隊員たち皆が武具の準備を始める。

「なんでも、そこで性懲りもなく地元民を薬漬けにして言いなりにしているそうよ」どこから仕入れたのか、ナイアは滑らかに口にし、モンズの森と村の見取り図を取り出す。

「今回は取り逃がすなよ」ランドールはゼルヴァルトをチラリと睨む。

「えぇ、今回は徹底的にやりましょう」

 そして2日後、彼らはモンズの森へと向かう。

 ナイアの情報によれば、グラントはこの森に部下を待機させ、何者も寄せ付けない警備態勢を敷いていた。実際にこの森はモンズの村の管理下にあったが、薬で骨抜きにされ、更に金で買収されていた。故に、村人も黒勇隊に牙を剥く可能性があった。

 しかし黒勇隊にとってみれば彼らは烏合の衆も同然の相手だった。

 まず、隊長のランドールはモンズの村へと向かい、村長と会話して状況を確認した。村長が言うには、自分は連中に迷惑してはいるが、幹部たちが誘惑に負けてしまい、抗い切れずにいると涙した。

 隊長は優しく頷き、今日だけはグラント達に手を貸すなとだけ伝えた。

 一方、副隊長のゼルヴァルトは森の状況を隊員に探らせ、見取り図に丁寧に布陣を書き込んでいく。人数だけなら相手の方が圧倒的に上ではあったが、腕前や装備なら黒勇隊の方に分があった。

「行くぞ」準備を整え終えたゼルヴァルトは、ランドールの合図と共に、森に足を踏み入れた。



 戦いは1時間足らずで幕を閉じた。

 木の上で待機していた見張りは、全て隊員たちの風魔法で叩き落とし、物陰に隠れた者は大地魔法で炙り出され、一網打尽にされた。

 地の利を得た者が勝利を握る。ゼルヴァルトはこの事をよく理解しており、隊員たちには面制圧用の魔法を鍛えさせていた。地を制し、足元を掬わせて手練れたちが各個撃破する。そうやっていつも作戦を成功させていた。

 ただ目的によっては火を放つことはしなかった。密林戦では、これが一番効いたが、関係の無い者まで巻き込んでしまう為、これは遠慮していた。

 ゼルヴァルトの指揮のもと、あっという間にグラントの元まで辿り着く。

 グラントは逃走準備を進めていたが、先回りした黒勇隊の隊員たちに取り押さえられていた。モンズの村に応援を要請していたが、ランドールのお陰でそれは敵わなかった。

「待て、待て待て待ってくれ!!」グラントは拘束されながら、無様に喚いた。

「神妙にしろ。これからお前のボス、そしてクライアントの情報を吐いてもらうぞ」ゼルヴァルトがそう言うと、グラントは壱も弐もなく鞄を差し出した。そこには彼が流す麻薬の密売ルートや大元、バイヤーなどのリストはどっさりと入っていた。

「大人しく渡したぞ! 解放してくれ!」

「……それは私の一存ではな……」ゼルヴァルトは腕を疼かせながら口にし、ランドールの到着を待つ。

「……くそ! あの女ぁ……あいつだろ?! ジェシーがここの事をチクったんだろ?! くそ! なんで吐くかなぁ?! あのクソが!!」自分の事は棚に上げ、悪態を吐き散らす。そんな言葉を耳にし、ゼルヴァルトは反吐を堪えた。

 するとグラントは、今度はにやけ面を作りゼルヴァルトに詰め寄った。

「そう言えばよぉ……噂で聞いたが、優秀な勇者は黒勇隊に引き抜かれるそうじゃないか? なぁ? 俺も入れてくれないか? 俺ぁ役に立つぜ?」

「……貴様」ゼルヴァルトは仮面の向こう側で眉を引き攣らせ、小さく唸る。

「あんたも元勇者なんだろ? 同類じゃないか! だったらよぉ、情けぐらいいいだろう?」更に顔を媚び諂いの表情で歪め、にじり寄る。

 その一瞬、隊員が止める間もなくゼルヴァルトは剣を一閃させ、グラントの首を飛ばし、さらに頭を十字に斬り裂いていた。

 そこから数瞬遅れてランドールがやってくる。何が起こったのか悟り、ため息を吐きながらも鼻で笑った。

「お前らしくないな」

「情報は十分得たので……我慢できず……」と、剣の血を拭う。

「……裏取りがまだだったが……まぁいい」



 その後、ゼルヴァルトはナイアに、グラントから得た情報を手渡し、裏取りを頼んだ。

「ひゅ~! 裏の有名人ばかりじゃない! この国に救うダニどもを一層出来そうね」と、書類を指で弾き、嬉しそうに微笑む。

「……あぁ……」ゼルヴァルトは浮かない声を漏らす。

「あら? どうしたの?」兜の隙間を覗き込む様にナイアが首を傾げる。

「……いや……この勇者の時代、いつまで続くのかと思ってな……どいつもこいつも勇者を安売りしすぎで……」

「そんな事考えても、どうにもならないわよ」

「分かってはいるが……」ゼルヴァルトは苦悩する様に歯の間から絞り出し、肩を落とす。

 長かった任務を終わらせ、一息つける状況であるにも関わらず、ゼルヴァルトの心には、銅貨を舐めたかの様な後味が残っていた。

 そんな気落ちした彼を気遣うように、ナイアは作戦本部のテントから出て行こうとする。

「……なぁ、ナイア……」珍しく彼女を呼び止める。

「あら、なぁに?」

「あのジェシーと言う娘は、今どうしている?」

「? あたしが何でも知っていると思わないでくれる? 彼女のその後を指示したのは貴方でしょう?」とだけ言い残し、彼女はテントを後にする。

「彼女は確か……」彼は一月前の書類の写し束を取り出し、中からダーティーワークスへの依頼状を見つける。



 ダーティーワークスの仕事場はアーラル地方の東側にある洞窟内に存在した。

 ゼルヴァルトは部下を連れず、ひとりでここを訪問し、ジェシーはどこへ引き渡したのかを問いに来た。

 彼は、彼女を黒勇隊に勧誘するつもりであった。彼女は彼から見れば未熟ではあるが、同じ雷の体術使いとして、腕を認めていた。

「ここで尋問していた、ジェシー・プラチナハートという女性は、いまどこにいる?」仕事場に足を踏み入れ、傭兵のひとりに話しかける。ここは鼻が曲がる程、異臭が立ち込めており、ゼルヴァルトは一刻も早く立ち去りたかった。

「あぁ? あぁ……あいつか」傭兵はニタニタと笑い、仕事場の奥へと迎え入れた。ゼルヴァルトは遠慮したかったが、彼の不気味な笑みが気になり、異臭の向こう側へと踏み入れる。

 洞窟には何部屋かあり、そのうちに一部屋に案内される。

 そこには、一糸まとわぬ姿のズタズタのジェシーが転がっていた。血に塗れ、乳房、目玉、腹部に手足、至る所に小ぶりのナイフが突き刺さっていた。

「こ、これは?」仮面の向こう側で顔面蒼白させるゼルヴァルト。

「情報を引き出した後の指示が無かったもんでな。色々と遊ばせて貰ってるぜ」正論を吐くように滑らかな口調で話す傭兵。

「き、貴様ぁ!!」怒りを抑えられず、つい傭兵の胸倉を掴み上げる。

「おいおい! 俺たちは仕事をしただけだぜ? しかもこんな汚れ仕事を格安でなぁ!! 感謝して欲しいぜ! 俺たちの吐かせた情報は、役にたっただろう?」いつの間にか背後に立っていたダーティーワークスのボスが口にする。

「貴様らに、敬意はないのか……」

「なんだそれ? そんなもん感じもしねぇ……ただ、こいつぁかなり我慢強く、タフで頑固だったなぁ~」と、力なく倒れるジェシーの腹を小突く。すると、口から何故か蛇が顔を出す。

「お? 賭けは俺の勝ちだな。ヘソから入れてどの穴から出てくるか賭けていたんだが……」

「この娘は、私が預かる……」全身をワナワナと震わせ、崩れそうに脆くなった彼女を抱きかかえる。

「おいおい、仕事ボーナスでそいつは俺たちにくれないか? もっと遊ばせてくれよぉ~」

「黙れ!!」我慢できずに殺気を噴き出させ、ダーティーワークスの傭兵たち全員にそれをぶつけながら、彼は洞窟を後にした。



 その後、彼はジェシーを黒勇隊内の魔法医に診せた。

 魔法医曰く、自分の腕では彼女を治せないと語った。片目や内臓の至る部位が腐り、腹は食い荒らされ、脳が少し縮んでいた。この重傷は、魔法や薬ではどうすることも出来ない、と魔法医は頭を抱えた。

「もう痛みすら感じていない……安らかに死なせてあげるのが、彼女の為だと私は思うが……」

「そうなのか……」ゼルヴァルトは拳を握り込み、何を殴るでもなく震わせた。


「ひとり、助けてくれる人を知っているけど……」


 いつの間にか現れたナイアが胸の下で腕を組む。

「誰だ?!!」ゼルヴァルトは彼女に向き直り、声を震わす。

「まさか、あの男ですか?」

「そう……ホワイティ・バールマン。奇跡の魔法医……」

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