23.預言者の石板

『預言者の石板』

 それは、この世界を創り上げた神の能力が封じ込められた、云わば『三種の神器』のひとつであると予想されていた。

 この石板に触れた者は、未来予知の力を得るとされ、全世界の権力者たちや一部の王が血眼になって探していた。魔王もその中のひとりであった。

 その他ふたつの神器は『破壊の杖』『創造の珠』という、世界を作り替える力を持った物もあるが、これらは今迄、発見報告はなかった。

 しかし、預言者の石板は発見報告があった。

 正確には、石板自体ではなく、石板の使用者は過去の歴史に数人いた。この者達は預言者として、ある者は王のそばに、またある者は辺境の村の相談役として活躍した。

 そして、この石板にはこう言い伝えられている。


『予知能力を得れば、石板から力は失われ、能力を得た者が死ねば、力は石板に帰る』

 

 現在、預言者はこの世にはおらず、石板に力が封じ込められていた。この情報は裏の世界に浸透しており、手掛かりがあれば即、この力を得ようと様々な者が石板の在処を探していた。

 その在処を魔王軍や黒勇隊の情報網を利用して探っていたのがジャレッドだった。

 魔王も探してはいたが、それとなく見当違いな情報を握らせてかく乱させ、ジャレッドは密かに石板の情報を収集し、そして完成したそれをハーヴェイに託したのであった。



「もうすぐか……」ハーヴェイはバルバロンの北にある属国のウォルミスタにある広大なダークビルの森に足を踏み入れていた。

 この未開の森には大型の獣が多く生息し、やってくる人間を寄せ付けず、または引き摺り込み誰一人無事には帰さなかった。

 ハーヴェイは鼻を効かせ、風の向きに気を配りながら周囲を見回す。

「ピピス村にいた頃を思い出すな」昔を懐かしむ様に頬を緩ませ、森の間を通り抜ける風の匂いを楽しむ。

 彼は10年以上ピピス村に滞在し、ナイアの娘であるアリシアの面倒をみていた。

 彼女に自分の狩りの知識を与え、ピピスの森で経験を積ませ、自然の厳しさを嫌と言う程叩き込んだ。

「アリシア……」彼は安否を知らず、彼女の身を案じていた。彼にとってアリシアは娘同然であった。

「……?!」森の気配に不純な何かを感じ取り、馬から降りる。慣れた様にするすると木に登り、枝から枝へと飛び移り、不純な気配の方へと向かっていく。



「この森に例の石板が?」

「あぁ。確かな情報だ。ハーヴェイが動いたらしい」黒衣を身に纏い、いかにも魔王軍の様な出で立ちをしていたが、魔王軍の者ではなかった。

 彼らは6人ほどおり、各々が自慢の得物を携えていた。襲い来る大型の獣『デビルベア(悪魔熊)』や『ビッグジョー・ボア(大顎猪)』を平然と倒して退け、森の奥へと進んでいく。

「……何者だ?」ハーヴェイは目を細めながら彼らの装備を確認し、過去の情報を頭の中から引き出し、悩む様に唸る。

 それから彼は謎の集団を密かに追跡し、森の奥へと進んでいった。



 進んでいく度、ハーヴェイは彼らの行動に吐き気を催す程に苛立っていた。

 彼らは襲い来る獣を次々と倒していったが、無残に引き裂いた骸をそのまま放置し、唾を飛ばしながら歩いていた。

 アリシアにも散々叩き込んだが、狩人として獲物の命に感謝せよと教育していた。狩人でもない他人にこの考えを押し付けるつもりは無かったが、この連中は獣たちの命をゴミの様に扱い、倒した獣を踏みにじっていた。

 ハーヴェイは我慢できず、木の上で狩りの準備を密かに始める。爪の短いクローを装着し、背の弓に矢を番え、魔力を纏わせる。

 森に夜が来るのを待ち、連中が歩を止めて休憩するのを待つ。

 案の定、暗くなるのと同時にキャンプの準備を始め、夕食の後に交代で睡眠をとり始めた。

「よし……」ハーヴェイは彼らの休憩を確認した途端、彼らには目もくれずキャンプから離れた。

 


 キャンプを見張る黒い影。彼は覆面越しに瞳をギラリと光らせ、いつでも矢を放てるように指に魔力を纏わせていた。

 彼は呼吸を乱さず、汗ひとつ掻かずに現れる筈の獲物を今か今かと待っていた。

 すると、彼の口元が何者かに塞がれ、胸にナイフが一本生える。

「……っ!!!」不意を突かれたのか、目を剥いて仰天するが、己の血で溺れて声も出せずにそのまま息が止まる。

「俺一人に随分大掛かりだな」ハーヴェイは眼前の刺客の懐を弄ったが、ため息を漏らしながら骸をロープで縛り、枝に逆さ吊りにする。

 キャンプの周りには、この様な逆さ吊りの死体が数十とぶら下がっており、キャンプで見張りをしている者達はそれに露ほども気付いていなかった。

 ハーヴェイは馴れた様子で次々と刺客たちを音もなく葬り、最後に残ったキャンプの黒衣の者達をひとりずつ倒していく。

 最後に残った1人を蹴り起こし、手早く逆さ吊りにし、背をナイフで撫でる。

「お前以外の連中は、全て片付けた。残るのはお前だけだ」仮面越しに睨み付け、殺気を分かり易く滲ませる。

「……」男は微笑を浮かべ、顎を動かす。

 すると、目の前の唯一の生存者はあっという間に溶けだし、筋肉が液化して骨だけになる。

「自決用の呪術か……」この様な自決をする者達をハーヴェイは知っていた。

 その者達は、ナイアが所属する第3の勢力だった。

 その者達は魔王が現れるよりはるか昔、人と神が戦った時代からいる、世界を裏から監視する謎の勢力だった。

 ハーヴェイはナイアからその勢力の事を聞いており、彼らは命より時間と情報を重んじており、正体を知られそうになれば直ぐに自決するような連中だと彼女は語った。

 因みに、ナイアはこの自決用の呪術を独自に解呪していた。

「ナイアの組織も石板を狙っているって言っていたな……急いだ方がよさそうだ」



 その翌日、ハーヴェイはまた不純な気配を感じ取り、茂みに隠れた。

 この未開の森に、今度はどこぞの国の軍隊が現れたのである。

「よいか! この森のどこかに預言者の石板がある! 虱潰しに探せ!! 怪しい洞窟、祠……見つけ次第報告せよ! そして何より、この男!」と、似顔絵の書かれた紙を取り出す。そこにはハーヴェイの仮面が書かれていた。

「魔王軍、元黒勇隊総隊長のハーヴェイがこの森にいる! そいつは石板の在処を知っているのだ! 探し出し次第、捕縛しろ!!」

 ハーヴェイは茂みの中で重い溜息を吐き、頭を抱えた。

「……くっ、なんだか不味くなりそうだな……」

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