22.各々の戦い

 反逆者ハーヴェイの討伐を命じられた黒勇隊2番隊隊長のミルコは、ハーヴェイが潜んでいる森へと向かっていた。

「あのぉ……大丈夫なんですかねぇ」隊員のひとりがミルコに問いかける。

「何がだ?」それなりの活躍で魔王に認められる隊長ミルコ。彼は自身に満ち溢れており、今回の任務も簡単に終わらせることが出来ると思っていた。

「相手は魔王様が一目置くと言われる男ですよ?」隊員の不安は正しかった。

 ハーヴェイは魔王が直接呼んだ、得体の知れない男であった。どんな実績があるのかは謎に包まれていたが、いきなり参謀、総隊長の座に着いたのである。

「だから何だ? 相手はひとりだ。我々はこの森に詳しい傭兵団を雇い、四方から先行させている」

 このバルバロンの北にあるコルオロの森は磁石を狂わせ、特殊な生え方をした木に方角を惑わされる死の森だった。

 しかし、この森を知り尽くしたロンダル傭兵団は、まるで己の庭の様にこの森を歩く事が出来た。

 何故なら、ここに彼らの商売道具や密輸品を隠しているからである。

 よりによってこの森に隠れたハーヴェイに迷惑しており、逆にロンダル傭兵団がこの黒勇隊を利用する形となっていた。

「はぁ……しかし……」

「心配するな。今回もこの私が指揮をしているのだ」ミルコは自信満々で胸を張り、馬上で傭兵団の報告、合図を待った。

 ミルコはゼルヴァルト程ではないが、それなりの修羅場を潜ってきた猛者であり、1番隊、4番隊に次ぐ優秀な隊であった。故に、たったひとりの男相手に敗北を喫するとは露ほども思っていなかった。

 ミルコたちが森に入ってから20分。ロンダル傭兵団からの報告は無く、時が悪戯に過ぎていった。

「おかしい……流石に発見報告があってもいいはず……」嫌な予感が首筋を撫でたその時、上空から血の塊がベチャリと落ちてくる。その臭い立つ物体は傭兵のひとりだった。


「悪い事は言わない。帰りな」


 どこからともなく重たい声が響く。

「ハーヴェイ元総隊長……大人しく投降して頂きたい!」ミルコは気配を探りながら勇ましく声を張る。

「そんな気配の探り方じゃ、無理だ。大人しく、こいつらを持って帰れ」

 すると、上空から次々と肉片がボタボタと落下してくる。咽っ返る程に濃い血の霧が立ち込める。

「これは……」落ちてきたモノは全てロンダル傭兵団の頭部であった。

「こいつらはこの森を拠点に密輸密売を繰り返してきた悪党どもだ。こいつらを持って帰ればそれなりの手柄になるだろう。俺は姿を眩ませた事にして、引き返せ」

「知っての通り、魔王様の命令は絶対だ。貴様を目の前にして、引き返す事は出来ん」ミルコは剣を抜き、馬上で勇ましく構えた。

「そうか……残念だ」

 すると、どこからともなく雷光を纏った矢が飛来し、ミルコの胸を紙切れの様に貫く。

「な!!」大穴の空いた胸を押さえ、馬からずり落ちる。

「俺の姿も捕えられないクセに、大口を叩くな」ハーヴェイは彼らの前に一度も姿はおろか気配すら現すことなく、この森から姿を消した。

 隊員たちは唖然としながら貫かれた隊長、そしてロンダル傭兵団だったモノを見ながら背筋を凍らせ、動けずに突っ立っていた。



「2番隊の隊長ミルコが討たれました」魔王付きの秘書は淡々と書類を読み上げた。

「流石、ハーヴェイだな……」魔王は頬杖を付き、楽しそうな表情で彼女の報告を聞いていた。

「しかし困りましたね。黒勇隊のため込んでいた過去15年の情報を全て燃やされたのですから……」

「いや、そんなモノは重要ではない。あいつは15年分の情報と一緒に重要なモノを灰にしたのだ……ただ考えなしに俺様に喧嘩を売るような男ではない」

「それは一体?」

 彼女の問いに魔王は難しそうに唸った。

「それがわからないのだ……それがわかるようなモノであれば、ハーヴェイが反乱を起こした意味もないのだろうが……」

「しかし、ジャレッドの時よりは小規模な反乱ですので、すぐに終わりそうですね」秘書が口にすると、魔王は彼女をたしなめる様な目で睨んだ。

「これはジャレッドの時の反乱の続きなのかもしれないな……あいつが残したモノをハーヴェイが引き継ぎ、機が熟した故に行動を起こしたのだ……」

「では、次にハーヴェイは何を?」

「……様子を見るしかないな……」と、目を瞑り、何かを探る様に唸る。「あいつめ、闇の弱点を知っている様だな」忌々しそうに口にし、重い溜息を吐いた。



 その頃、ナイアはアリシアの連れて行かれた先を調べ上げ、現地のギルドに依頼書を送っていた。

 本心は、自分で助け出したい、ただそれだけであったが、その隙を魔王が狙っている可能性があるため、仕方なくハンターに依頼したのであった。

「ここのハンターたちは金に汚い連中ばかりだけど、腕はいいからね……」ピピス村襲撃令の報告を聞いてから一睡もしていない為、ニーロウ国の宿に泊まり、くたびれたスーツを脱ぐ。

 彼女の身体は全身傷だらけであり、痛々しく醜い噛み痕が腹部に刻まれていた。

「……アリシア……」弱り果てた表情でバスルームに入り、湯に浸かりながら目を閉じ、頭の中の台風をどうにか沈めようと深呼吸を繰り返す。酒を飲みたい衝動に襲われるも、それを腹の底でぎゅっと我慢し、代わりに水を一杯一気に飲み干す。

 大切なモノを失う不安と恐怖。彼女はいつもこれに襲われながらも、涼し気な表情でひらりひらりと歩んできていた。

 しかし、たったひとりの娘が故郷と共に焼き尽くされる。そんな事まで軽やかに受け流す事は、いくら彼女でもできなかった。

「ゼルヴァルトには感謝すべき、かな……いや、あいつは所詮、魔王に喰われた傀儡……」

 ナイアはフンと鼻息を鳴らし、彼の顔を思い浮かべ、また俯いた。

「でも、ありがとう」



 黒勇隊2番隊を退けたハーヴェイは、コルオロの森を抜けて北へと向かっていた。彼は胸のペンダントを大事そうに懐に仕舞い、光らせながら馬を奔らせる。

「こいつがあれば魔王からの干渉は受けないのか……本当にそうならいいが」

 しばらくひた走らせ、馬の息遣いが荒くなった所で緩やかに速度を落とし、丘の上で野宿を始める。

 鞄からジャレッドから託された資料と地図、コンパスを取り出し、照らし合わせる。

「少々計画が前倒しになっちまったが……」

 資料には『預言者の石板』について事細かに書き記されていた。

 この資料は、ジャレッドによって暗号化、更にはパズル化され、バラバラに保管されていた。例えひとつに纏めても意味不明な文字列に首を傾げ、見逃してしまう程であった。

 ジャレッドが残した最後の資料には、これの組み立て方、解き方が書かれており、その通りに組み合わせれば『預言者の石板』のありかが解るようになっていた。

 ジャレッドの遺言は「決してこの石板を魔王の手に渡すな」だった。

「わかっているさ、ジャレッド……」

 ハーヴェイはゆっくりと目を閉じ、真っ暗闇の向こうへと雷光の矢を放った。

 その矢は一瞬で、数百メートル向こう側で彼を見ていた魔王軍の偵察隊長の目を的確に射抜いていた。

「もう来たか……闇の干渉は受けずとも、流石は魔王軍だ。移動するか……頑張ってくれよ」と、愛馬の背を優しく摩り、彼は颯爽と闇の彼方へと消えていった。

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