24.ナイアと第3の組織
「何の用?」シャワー室から出て髪を乾かしながら、背後の黒い気配に向かって口にするナイア。彼女はいつになく目を尖らせ、殺気を滲ませていた。
「お前、自分の役目を見失ってないな?」影で顔を隠した者は、余裕を蓄えた声で彼女に尋ねた。ソファーに深々と座り、手で三角形を作り、ナイアの艶めかしい後姿を眺める。
「石板でしょう? いつもあんたらはそればかり……」彼女は身体をタオルで隠しながら振り返り、影の向こう側へギロリと睨み付ける。
「あれが魔王の手に渡れば、この世界は確実にヤツの手に渡る事になる。それだけは何としても阻止するのだ」
「それについて、働いているのは私だけではないでしょう?」
「核心に一番近づいているのはお前だろう? そして、もう手の届くところまで近づいているのもわかっている……」影はナイアの表情の細かい部分を探る様に目を動かす。
「で?」
ナイアが影から少し目を離し、下着を取ろうと後ろに手を回した瞬間、影の者が一瞬で近づき、彼女の腕を掴む。
「あまり反抗的な態度をとり続ければ、どうなるか教えてやろうか?」影はドスの効いた声で彼女の耳元で口を開く。
「どうなるのかしら?」表情を一切変えず、弱みを見せぬように鼻で笑う。
「魔王に娘が生きていると告げ口してやろうか?」
影の声に、ナイアの心臓の鼓動が大きくなる。
「……まさか、お前らが……」
「魔王はお前にあの男との娘がいるとは思っていなかった。15年前、魔王は気配を探ったが、ついには見つける事が出来なかった……お前が必死で隠したのだろう? だが、アリシア、ピピス村の情報を流してやったら、あの通りだ……」影は得意げに滑らかに話す。
「ッく……」
「命拾いはしたみたいだが……次に我々の命令に従わなければ……娘にトドメを刺すことになるぞ?」
「貴様……」ナイアは歯を剥きだして怒りを露わにし、拳を握りしめる。
「我らの組織に身を置いた時点で、お前はもう、お前ではなくなったのだ。お前は我々の物であり、命令違反をすれば、必然とこうなるのだ」
「…………っ」
ナイアはアリシアを生む前からこの組織に身を置いていた。
この組織は魔法でも武力でもなく、情報を武器に世界を裏から動かす組織であった。
彼女はある事情から、幼い頃よりこの組織に入りこみ、手足となって今迄働いて来ていた。その実績が認められ、今では魔王監視の任務を与えられ、今迄魔王軍にアドバイザーとして潜入していた。
その片手間に、彼女はジャレッドと共に預言者の石板の捜索も行っていたのだった。
石板はこの組織がずっと前から狙っている神器であった。
しかし、何故かこの組織の情報力をもってしてもこの石板の力を手にすることはできなかった。
「いいな、ナイア? お前の持つ情報を全て、我々に明け渡すのだ。で、ないと……我々が直接アリシアを……」
「…………」
この事により、彼女の組織はハーヴェイの動向を掴み、追跡することが出来たのであった。
ハーヴェイがダークビルの森に足を踏み入れる前の話であった。
そしてダークビルの森。
未開であるはずのこの森がどこぞの軍が足を踏み入れ、容赦なく踏み荒らしていく。森の猛獣たちも、黒金や火薬の匂いを嗅ぎとり、不用意に襲い掛からず、遠巻きに観察する。
そんな森の獣たちと気配を同じくしてハーヴェイは、厚顔な連中の正体を探るべく目を細めた。
「……ロンダロン軍か……」ウォルミスタの隣国にあるバルバロンの属国の軍であった。しかし、この軍は反魔王派であり、例の組織から情報を投げ与えられてここに来ていた。
実は、例の組織はまだ後方で構えており、石板が発見され次第横から掻っ攫うつもりでいた。
軍は小規模ではあったが、総勢100名は下らない程の人数でこの森に来ていた。皆、装備は乏しくはあったが、反魔王を掲げる軍隊だけあって半数以上が手練れであった。装備が貧弱であっても、使い方によっては砦ひとつ落とせると自負していた。
「さて、どうするか……あっちはマズいな……」と、頭を抱える。この軍が向かっている方角は、石板の眠る祠のある方角であった。
「仕方ないな……」ハーヴェイは得物を構え、森の影へと隠れた。
ダークビルの森が陰り始める。この森は日があまり差さず、夜が他の地域より早く訪れた。周囲の暗さに兵士たちは魔法や松明を頼りに前へ進んでいた。何より前を進む者を頼りにしており、この軍の半数以上は自分が森のどこら辺を歩いているのか見当もついていなかった。
「おい、本当にこっちでいいのか?」
「前の奴に訊けよ」
「いや、俺も後ろに訊かれただけなんだけど……」
「とにかく前に訊け! 俺は知らん!!」
と、言う具合に兵たちは皆、首を傾げ、前へ前へと質問が流れていく。
そして、質問がやっと先頭に辿り着く。
「なんだと? 誰に訊いている?! 私の事が信用できないのか?!」この石板探索部隊を指揮するミヴァエル隊長は自信満々にコンパスを取り出し、地図と照らし合わせる。
「……?! ……? ……! ……??」隊長は小首を傾げ、同時に馬が小さく不安そうに嘶く。
「どうかしました?」
「いや、その……コンパスが逆向き? いや、ん? コンパスが?! お前のを貸せ!」と、副隊長の手からコンパスを毟り取る。
しかし、また疑問の唸り声を出し、ついにはコンパスを森の闇の向こう側へと投げ捨てる。
「あぁ?! 何をするんです!!」
「お前のは壊れている……私のもなんだが……」隊長は自信なさげにボソボソと声を出す。
「まさか、我々は遭難したのですか? この広大なダークビルの森の中で?!」
「いや、大丈夫だ! 日が昇れば方角がわかる!」
「この森は日が差しても、木々と葉に阻まれて光がどこから差しているのか分かりません! だからこの森は恐ろしいんですよ!」
「えぇい! だったら引き返すぞ! 来た道を足跡をたどって戻れば帰る事ぐらいは出来るだろう?!」
「……騎士団長に合わせる顔がありませんよ……」
「うるさぁい!!」隊長は大声を出して全員に引き返す様に号令を出した。
「まさか、こんな呆気ないとは……」ハーヴェイは呆れた様な声を出した。彼は、更新する軍に忍び込み、コンパスを狂わせる強力な磁気を放つ石を彼らの鞄に入れたのであった。
これは序の口であり、ただの時間稼ぎで、他にも密林戦ならではの策を用意していたが、彼らが呆気なく引き返してしまったため、拍子抜けしていた。
「ま、いいか……さて、俺も急がなきゃな」肺に溜まった重い空気を吐き出し、石板の眠る祠へと急ぐ。
その時、彼は背後を追跡する気配に気付き、そこへ向かって弓を構えた。
「お前らだろ? 先発の連中、俺を狩りに来た殺し屋、そしてあのアホな軍隊を差し向けたのは……お前ら、何者だ?」明らかに誰も居なさそうな暗がりに向かって凄んで見せるハーヴェイ。
「俺たちが見えるのか……驚いたな」闇より何者かが答える。
「匂いだ。人の放つ匂いだけは誤魔化せない……」と、瞳と矢先を光らせる。
「流石は狩人ハーヴェイだな……早速だがお前に残された道はひとつだ。石板までの道案内をしろ」
暗がりの中の者は、血の通ってなさそうな声を風に乗せた。
「嫌なこった」ハーヴェイは口角を上げ、矢を一瞬で3発放ちながら姿を消した。
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