25.狩人の死闘

 ダークビルの森には、第3の組織によって放たれた刺客が数十人入りこんでいた。今迄の連中は全て囮や餌、全てはハーヴェイを消耗させるための駒に過ぎなかった。

 それ程までにハーヴェイは敵から評価されていた。

 彼は魔王の時代以前、覇王討伐の為に全国を旅していた仲間のひとりであった。その中にはナイアやディメンズ、ワルベルト、ジャレッドなどがいた。

 その時の彼らは皆、魔王討伐の為に世界各地で活動していた。

 ハーヴェイの情報は全て組織に掴まれており、何度かスカウトもされていた。

 彼はそれを断り、昔の仲間の約束を守る為、ナイアの娘であるアリシアの教育を10年以上続けたのである。

 ハーヴェイは音もなく弓を引き、雷魔法で電流を纏わせ、躊躇なく放つ。加速されたそれは見事、刺客の横面に命中し、頭の上半分を吹き飛ばす。

 それと同時に彼は木から木へと飛び移る。

「噂通り、気配と殺気を操る、恐るべき狩人だ」刺客のひとり、スコルピスが鼻で笑う。

 彼ら刺客は全員で14人いた。皆が皆、組織内でも腕利きの暗殺者であり、森の歩き方を心得ていた。

 しかし、ハーヴェイ程の狩人を相手にした事はなく、気配と殺気、匂いや音を頼りに探しても、見つける事は出来なかった。

 彼は狩人と言うよりも幽霊だった。

「だが、そんな奴との戦い方も心得ている」

 スコルピスも狩人の経験があり、ハーヴェイが次にどう動くのか、何通りか予想できた。

 


 13年前。ピピス村のナイアの家。

「何であんたが来たの? 来るならディメンズかと思ったわ」ナイアは目を尖らせながら、眼前の仮面男ハーヴェイを鼻で笑った。

「俺もあいつの方が向いていると思うんだが……」ハーヴェイはため息を吐きながら、肩に背負った荷物を置く。

「ぅえ? 本気なの?」驚いたように目を見開く。

「『あいつ』の頼みだからな……あいつには借りがあるんだ。それに、お前ももう出るんだろ?」と、遠慮なしに椅子に座る。

「ったく……あの子は別にひとりじゃないわ。この村の一員だし、村長が面倒を見てくれる。別にあんたが来なくても……」

 すると、外から幼女がヨチヨチと入ってくる。頬に泥を付け、笑顔でナイアに「ちゃだいまぁ~」と、手を元気に上げる。

「……この子がアリシアよ」

「可愛いな。いくつだ?」ナイアに尋ねると、アリシアが指を3本立てる。

「みっちゅ~!」

「そうか……」ハーヴェイは彼女の前で跪き、仮面越しに微笑む。

「変なお顔~」

「そうよ、変なお顔ね~ 怖いわね~ 今日からこの変な生き物と暮らすのよ~ 嫌でしょ?」ナイアが意地悪な声を出し、ニンマリと笑う。

「その紹介の仕方はなんだよ?」

「よろしくね! おじさん!」アリシアはハーヴェイに抱き付き、そのまま背に回ってしがみ付く。

「おっとっと! すばしっこい子だな」

「あらら……貴方の事を気に入ったみたいね」ナイアは腰に手を置き、微笑ましそうに笑った。



 ところ戻ってダークビルの森。

 ハーヴェイは既に腕利きの刺客を6人射殺していた。あまりにも簡単に倒せている為、心の中で妙な違和感を覚る。

 そこで刺客のスコルピスが姿を消したのを感じ取り、違和感が更に色濃くなる。


「ここだ」


 スコルピスが指を鳴らした瞬間、ハーヴェイが潜伏している周辺の空間が歪み、稲光と共に灼熱が炸裂する。

「?!!!」自分の居場所を悟られる事があっても、ここまでダイレクトに攻撃が来るとは思わず、驚きながらも飛び退き、なんとか爆発範囲の外に出る。それでも衝撃波と炎礫、破片に晒され、満身創痍で吹き飛ばされる。

「ひとりひとり殺していく度に、お前の行動パターンが絞られていく……次にどう狙うか、2人目を殺したら3人目は誰を狙うか、どの角度からか……それらを計算していけば、次にどこへ身体を映すかある程度、予想はできる」スコルピスはしたり顔で歩き、転がったハーヴェイの方を見る。彼は合図をすると、残った刺客の5人が木の陰から現れる。

 今迄、ハーヴェイが殺してきた刺客は、彼らお得意の囮であった。

「さ、手負いの狩人だ。油断せず……」と、口にした瞬間、3人の頭が果物の様に砕け散る。

「俺はタフでね」ハーヴェイは瞬時に転がりながら立ち上がり、次の矢を番えた。

「だが、脚にキている様子だな」スコルピスは指先を動かし、ハーヴェイの周囲に火炎爆発を起こす。

「くっ」爆発の勢いに身を任せて跳び、翻りながらまた矢を放つ。

 残った刺客は2名だった。

「厄介なライトニングボウだ……魔障壁で防いでも、矢の勢いが死なない」今迄の刺客は皆、魔障壁で身を守るタイプの属性使いであった。故に、矢まで防ぐことが出来ず、簡単に額を射抜かれていた。

 しかし、スコルピスは違った。

 彼の眼前で矢は届かず、灰となって燃え尽きる。彼は炎使いであった。



 10年前、ピピスの森にて。

「いいか? 狩りの前に行う事は得物と獲物の吟味だ。それに、狩場の抜かりない確認、天候、そして風向きに注意しろ」ハーヴェイはアリシアや他の村の子供たちに教授していた。

 村の子達の半分は森の中の風や匂い、木の葉の擦れる音、動物たちに気を取られていた。もう半分は、話を理解しようにも情報量が多すぎて飲み込み切れていなかった。

「おじさん、一気に言われると混乱するよ」他の子らよりも頭ひとつ知識の豊富なアリシアが手を上げる。

「お前の時と同じ教え方なんだが……」

「あの、ハーヴェイさん。えものと、えものって同じ言葉だよね?」

「かりばって……なに?」

「かざむき……ぃ?」子供たちがわらわらと声を出し、疑問を持つように唸り声を揃える。

「えぇっと……アリシア、頼めるか?」仮面を押さえてため息を深く吐き、石に腰掛けるハーヴェイ。

 6歳になったアリシアは、子供たちを集中させ、ひとつひとつ説明する。

 彼女はこの3年でハーヴェイからマンツーマンで狩りの基礎を叩き込まれており、すでに村の狩人と肩を並べる程の腕になっていた。

 しかし、向こう見ずな性格であり、まだ脇が甘いとハーヴェイから認められず、単独での狩りはまだ許されていなかった。

「んじゃ、まずは得物! つまりナイフのお手入れから始めましょう!」と、ナイフの磨き方、具合の診方をレクチャーする。

「ふぅ……俺もまだまだだな……子供に教えられるってか……」ハーヴェイはアリシアの元気な背を眺めながら自嘲気味に笑った。



 ダークビルの森。

 組織の刺客はとうとうスコルピスのみとなる。

 だが、彼は全く参った様な表情はみせず、今迄の戦いは全て計算通りだと言わんばかりに自信たっぷりな表情を見せる。

 変わってハーヴェイはボロボロになり果てていた。もう矢筒に矢は無く、脚も潰れていた為、今迄の不意を突いた攻撃は不可能だった。

「さて、観念して貰おう。大人しく石板の在処まで案内すれば、楽に殺してやる。だが、逆らうなら、死ぬまで地獄を味合わせてやろう」スコルピスは勝ち誇ったようにハーヴェイの攻撃範囲へと入り込む。同時に全身の炎を纏い、手をかざす。

 彼をじりじりと炙る様に灼熱の炎を噴き、ハーヴェイ自慢の鉄弓が弾け飛び、腕のクローがみるみる溶ける。仮面も形が崩れていき、蒸気を噴き上げる。

「さぁ、蒸し焼きになる前に答えろ……さもなくば、お前の愛しのアリシアをも殺す事になるぞ?」

 すると、ハーヴェイは何が可笑しいのか焦げ臭い笑い声を上げる。

「何が可笑しい?」スコルピスが一歩近づく。

「アリシアは、そんなにやわじゃないさ……はは、は」

「我らに狙われればどうなるかわかっていないな?」腕に焦熱の炎を纏い、ハーヴェイの右肩を掴む。すると一瞬で肩の筋肉を焼き切り、右腕を遠くへ投げ飛ばす。「次は左腕だ」

「ぐ……わかった。教える……」観念したのか、弱り果てた声を漏らし、スコルピスに耳を貸す様に言う。

 彼が顔を近づけた瞬間、ハーヴェイの左腕が滑る様に動く。


「獲物を前に、舌なめずりするな」


 ハーヴェイは握ったナイフを抉り、スコルピスの心臓を掻きまわす。

「ぎ……ぎざま!!」血をどろりと吐き出し、項垂れる。炎の勢いで彼を一気に焼き殺そうとしたが、そんな間もなく息の根が止まり、鎮火する。

「……冷静な割には暑苦しい野郎だった……」



 その後、ハーヴェイは残った左手だけで応急処置を施し、なんとか杖に体重を預けて立ち上がった。あと2、3キロ歩けば石板のある祠に辿り着いた。

 彼はゆっくりと休み休み歩き、日が落ちる頃に到着する。

「ジャレッド……ナイア、もうすぐだ……もうすぐ、魔王に対抗でき」

「俺様を呼んだか?」ハーヴェイの影の中から、魔王が姿を現す。

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