26.未来への一撃
ハーヴェイの影よりぬるりと現れたスーツ姿の魔王は、満面のしたり顔を貼り付けながら祠の方へと脚を進めた。
「ぐ……どうやって……」驚きを隠せないハーヴェイは、魔王の背を睨んだ。
魔王は世界で唯一の闇属性の使い手であった。クラスは確実に4かそれ以上であった。彼の操る術は謎な部分が多く、その得体の知れない技にあらゆる実力者は翻弄されていた。
「お前は光の守りがあれば、俺様の干渉を受けないと思っていたのだろう? ナイアに貰ったんだろ、それ」と、ハーヴェイの懐を指さす。
「まさか……」
「いいや、俺様はその光はダメなんだ。だが、お前を追う者達に干渉することは出来る。その者達を介して、お前を追跡していたのだよ……少し難しかったがな」
魔王の闇魔法唯一の弱点は、光だった。光使いに干渉する事、更に彼らから放たれる光の中を覗く事が出来なかった。
ナイアから渡されたお守りの中には光のクリスタルが入っており、これがハーヴェイを魔王の闇から守っていた。
「さて、この先に預言者の石板があるのか……楽しみだなぁ……」魔王は手を合わせてクスクスと笑う。
「これ以上、力を手に入れてどうするつもりだ?」ハーヴェイは膝を付きながら傷を押さえ、苦しそうに問うた。
「何を言っている? いくら力を手に入れたところで、不意の一撃や不確定要素には人間だれしも弱い。だが、この予言の力を手に入れれば、もう怖いものはない。しかも、俺様の闇の力と合わせれば、どうなるかわかるか?」
魔王の闇の力は、北大陸全土を覆う程の力だった。
もし、これに預言の力が加われば、もはや向かう所敵無し。全く隙の無い究極の魔王と化すのである。
「これで、俺様の計画をより安全に進行させる事ができる。全て、お前とジャレッドのお陰だ。ジャレッドが石板を探し出し、お前が見つけた。しかも厄介な組織から守ってくれた」と、両腕を背で組んで歩く。
「ぐ……う」
「どうも、ありがとう」
魔王は祠の扉を悠々と開く。中は数十年もの間、手付かずであり蜘蛛の巣と埃だらけになっていた。一歩一歩踏みしめる度、埃がふわりと舞い上がる。
「説得力のある場所だ」
そんな彼の背中に投げナイフが3本突き刺さる。のではなく、幽霊の様に何も手応えもなくすり抜ける。
「無駄な事はするな。体力の無駄だぞ」魔王は彼には目もくれず、歩を進め、石板の前で立つ。
預言者の石板は手で持てる程の大きさで、台座の上に立てられていた。何か力を帯びているのか、空間を歪める程のオーラを滲ませ、不思議な音を微かに放っていた。
「ふむ……」魔王は軽々と石板を取り、手を置く。目を瞑り、石板からパワーを得ようと魔力を集中させる。石板に闇の触手が纏わりつく。
しかし、石板は闇の力を撥ねつける様に衝撃波を放ち、魔王を拒絶する。
「流石、神の力の一部……中々に強大だ。だが、それは時間の問題だ」と、また石板を闇で覆う。
しかし、石板から衝撃が放たれ、魔王は石板を取り落とす。
「ぐぬっ……闇に抵抗があるのか? それとも……」
魔王は頭を捻り、唸りながら石板を拾い上げる。
彼は世界中のあらゆる文献を読み歩いた経験があった。聖地ククリスの図書館の古文書や、大教会の書庫にある書物まで頭に入れ、それらの知識を元に世界を変える計画を立てていた。
しかも魔王の座に座ってからも黒勇隊などの手を使って情報を吸い上げていた。それらを元に神器である『創造の珠』『破壊の杖』も探索していた。
しかし、ジャレッドの情報操作により預言者の石板に関する情報は抜け落ちており、ロクな情報を得ていなかった。
故に、魔王はこの石板の使い方が、預言の力の得方は知らなかった。
「その様子だと、解らないみたいだな……」ハーヴェイは魔王に近づきながらクスクスと笑う。
すると、魔王は一瞬で彼の眼前へ移動し、闇に押し付けた。
「ぐぁ!」傷口に闇の勝機が入り込む。
「その様子だと、お前は知っている様だな……どうやって使うのか」
「もし知っていても、教えると思うか?」ハーヴェイの身体が足先からポロポロと砕けていく。皹から闇が漏れ出る。感じるのは痛みではなく、自分と言う存在が消えていくという恐怖だった。
「石板は俺様の手の中だ。どちらにしろ、俺様の軍は使い方を調べ上げるだろう。そう、時間の問題だ……もし、今、お前が教えてくれれば……」と、魔王はどんな好条件を出そうかと考える。
「俺は命はいらない……死んでもお前の好きには……」
「アリシアを助けてやろう」
ハーヴェイの心臓が撥ねる。
彼はピピス村が黒勇隊の、それもゼルヴァルトの隊に完膚なきまでに焼き尽くされたとだけ聞いており、アリシアの安否は知らなかった。
「い、生きているのか?」
「あぁ……酷い目には遭っているが……まだ助かるだろうな」と、彼の反応を楽しみ様に口にする。
「っ……ぐ……」
「その様子だと、知っているんだな? 石板から力を得る方法を……生きてアリシアに会いたくはないか? え? ハーヴェイ……」と、闇の力を強める。ハーヴェイの足先が徐々に灰の様に崩れていく。
「ぐあぁ……」身に付けた仮面がポロポロと崩れ、素顔が徐々に露わになる。
「お前の素顔を見るのは……20年以上ぶりだな。ランペリアの騎士学校時代以来か? 懐かしい」魔王は片手に暗い魔力を込め、少しずつハーヴェイの魂を炙る。
「伝わるぞ、お前の恐怖が……死に恐怖は無くとも、やはり愛する者の死は怖いか?」
「く……あぁ……わ、わかった……教える……から、」と、魔王の手を左手で軽く叩く。
「そうかそうか……正直に話せ」と、闇を解く。ハーヴェイは地面に転がり、下半身が陶器の様に砕け散る。
「……ぐ……エクリス」彼は魔王の目を睨み上げる。
「その名で呼ばれるのは久々だな」
「お前は、器じゃないんだ。神の力の一部を受けるにはな」
「なんだと?」
「お前は覇王を殺し、魔王の座に着いた……だが、決して覇王に勝った訳じゃない……ただ圧倒的な闇の力で殺しただけに過ぎない……そうだろ? お前は世界を支配する器じゃないんだ」
「何のつもりだ?」
「だが、『あいつ』は違う……あいつは覇王に手も足も出なかったが……認められた。世界を導くならあいつだった……お前じゃない」ハーヴェイは笑みを蓄え、勝ち誇った様に魔王を睨んだ。
「だから何だ? それが石板の力を引き出す呪文なのか?」魔王は苛立つようにハーヴェイを見下し、再び腕に魔力を蓄える。
「わかった……石板の使い方はな……これだ!」
ハーヴェイは左腕に隠し持った、ジャレッドから託されたナイフを石板に全体重をかけて突き立てた。一瞬で石板は砕け散り、帯びていた力が霧散する。
「あ゛ぁ!! なんて事をしやがる!!!」
破壊するとは思っていなかったのか、不意を突かれた様に狼狽し、石板の破片を拾い上げる。先ほどの様な力強さは残っておらず、ただの石片に成り果てていた。
「貴様ぁ……!!」魔王はすぐさまハーヴェイを闇の触手で掴み上げ、握りつぶす勢いで魔力を込めた。
「これでお前は未来永劫、預言の力を得る事はない……これが俺の目的だったんだよ!」
「このぉ……!!」
「その顔だよ! 俺は昔から、お前の、余裕綽々な面を、グシャグシャに歪めてやりたかったんだよ!! ざまぁみろ!!!」ハーヴェイは勝ち誇る様に笑いながら、闇に侵食されていく。
「ジャレッドの様に、あいつの様に、闇の炎で焼き尽くしてやる!! 闇に焼かれた魂はな、冥界に行くことはない! そのまま……ん?」魔王は異変に気付き、ハーヴェイの目を見た。
彼の瞳からは既に光は消えており、魂も抜けていた。
「……既に死んでいたのか……? いや、違う……何かおかしい」と、崩れかけたハーヴェイの身体を地面に捨て、踏みつけた。
次の瞬間、魔王はバルバロンの自分の玉座に戻り、椅子に腰掛けた。何かを考える様に脚を組み、頬杖をつく。
そこへ、ウィルガルムが秘書長に案内されてやってくる。
「おう、首尾通り石板は手に入れたか?」自慢の太い右腕を上げて朗らかに問いかける。
「…………どうしよ。石板壊されちゃった」生気の抜けた表情を向ける魔王。
「なに?! しくじったのか?!」
「流石、ハーヴェイだよ……全く……あぁ! ここ十数年で初の大失態だ!」
「で、皆にはどう報告をなさいますか?」秘書長は眼鏡を上げながら問いかけた。
「……石板は、俺様が壊した、と伝えてくれ。あれが無くても計画は狂わない。魔王はそれだけ自身がある、とな」
「それなら士気は落ちませんね」秘書長は魔王の言伝をメモし、一礼して玉座から去る。
「それにしてもおかしい……死ねば魂は身体から抜け、しばらくはその場にとどまる筈なのだが……何故、一瞬で消えた?」魔王は訝し気に表情を歪ませ、重たく唸った。
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