27.ナイアVS魔王
意気消沈する魔王。
そんな彼の前で淡々と業務報告を続ける秘書長、心配そうに腕を組みながら見つめるウィルガルム。
魔王は石板破壊のショックだけでなく、ハーヴェイの魂が一瞬で消えた謎に頭を悩ませ、業務報告は殆ど頭に入ってはいなかった。
「魔王様……? とりあえず、石板を破壊したのは貴方だと、バルバロン中の者に伝達する様に伝えました」
「反応はどうだった?」ウィルガルムが身を乗り出す。
「今の所、疑う者はおりません。6魔道団や黒勇隊などの中で訝し気に思う者は出てくるでしょう」
「ロキシーとヴァイリーには真実を伝えておこうと思う」魔王は疲れた様に口にし、ため息を小さく吐いた。
「あたしが言いふらしちゃおうかな~」
そこへ玉座に、ナイアが馴れ馴れしく、したり顔を貼り付けて現れる。
「貴様……」部屋中の影に魔力を込め、ありったけの殺気を彼女に向ける。
それに反応してウィルガルムは身体の戦闘用兵器を起動させた。秘書長は戦闘員ではない為、魔王の攻撃の邪魔にならない様、部屋の隅へとさりげなく移動する。
「その不機嫌そうな顔……どうやらあたし達の作戦は上手くいったみたいね」ナイアは恐れずに脚を一歩一歩と進め、魔王の眼前に仁王立ちする。
「そういうお前はどうだった? ピピス村に、拾う骨一本くらいは残っていたかね? そう言えば、よりにもよってお前の娘、アリシアだけは無事だそうだな。まぁ、無事といえるかどうかは怪しい状況だそうだが」
「さぁ? それは別人かもね。既に死んでいるか、または全く別の村で安穏に過ごしているか……もしくはあたしに娘なんていないのかも」
「そういえば、作戦が成功した、と言ったな? どういう意味だ?」ウィルガルムは警戒を解かずに訊ねた。
「……石板はもともと破壊する予定だったのよ。あんたにも、あたしの組織にも渡さないためにね。彼は上手くやってくれた……」
「で? 俺様の悔しがる姿を、見に来た、と?」
額に血管を浮き上がらせ、魔王は声を荒げた。久々に頭に来ている彼は、今にも憎たらしいナイアを闇に呑み込みたいという衝動をなんとか押さえていた。
彼女は第三の組織のエージェントだった。協力関係にあるとはいえ、ナイアはもう生かす理湯は無く、魔王としては最後に彼女から情報を全て絞り出してから始末したいと考えていた。
「そうよ。あんたのその顔を見れて、あたしはとても満足よ。んじゃ、そういうことで~」と、ナイアは臆することなく回れ右をする。
「無事に帰れると思っているのか?」
魔王は影に魔力を送り込み、無数の闇の触手を彼女へ向けて伸ばす。先端は鋭く、濃密なる闇が凝縮された槍となっていた。それを合図にウィルガルムは両腕の兵器を彼女へ向ける。
「貴方達こそ、あたしを前にして無事で済むと思ってるの?」
ナイアは彼ら以上の殺気を解き放ち、瞳から玉座の影を打ち払う勢いの光を放った。目にする者の眼球を焼き、脳天を貫く程の鋭光を放つ。
「ぐきゃっ!!」秘書長は身体を丸め、泡を吹いて倒れる。
「ぬぐっ!」ウィルガルムは目を閉じようとしたが間に合わず、倒れぬまでも顔を押さえ、目から入り込んだ灼熱に悶絶する。
「こいつ……」魔王の目も眩んだが、ダメージは一瞬で回復し、ナイアの気配を探る。しかし、魔王の闇では彼女を探る事は出来なかった。
玉座の間にナイアの気配は無く、姿を消していた。
「ったく……光使いと言うのは、これだからやりにくい……」
魔王は座から腰を上げ、悶絶するウィルガルムを気遣いながら近づく。
すると、彼の眼前が眩く光り、次の瞬間。
「誰が帰るって言った?」
ナイアの拳が魔王の顔面を捕える。光が込められ、握り固められたそれは彼の顔を砕く勢いで深々とめり込み、玉座へと吹き飛ばした。
「ぐぁ! ぎざばっ!!」眩い光で焼かれ、砕かれた顔面を押さえながら睨み付ける。
「あぁ~スッキリした! 今度こそ、じゃあね♪」ナイアは魔王に対して憎たらしい笑みとウィンクを残し、再び光と共に姿を消す。
「くっ……おのれぇ!!」形の崩れた顔面は闇が混ざって流動し、数瞬で何事もなかったように元に戻る。だが、光の熱が残留し、ところどころに火花の様な光の破片がこびり付いていた。
「他属性使いなら簡単に追えるが、光は……クソ……ウィルガルム、平気か?」
「くぁっ……熱ぃ……! くそ!! 貴重な生身が……どうやら失明した様だ……目を塞ごうとしたがあいつ……タイミングを合わせてきやがった」
「という事は優秀な秘書長の目も……ショック死してはいないみたいだな」いつの間にか秘書長の影に入り込み、彼女の容態を調べる魔王。
「この程度なら、ホワイティ先生が治せるだろう。直ぐ手配してくれ」
「あぁ……それから、あの女……生きてこの国からは出さん!!」
それから3日後。
ゼルヴァルトはバルバロン本土へ帰還し、4番隊キャンプで次の任務の準備を進めていた。いつも通りラトが隊の皆に作戦の流れを説明し、またバックアッププランまで全員の頭に叩き込む。最後に己の武器の手入れをするように促し、解散する。
ゼルヴァルトは自分のテントへ入り、フルフェイスマスクを脱いで椅子に座る。
「ナイア……」テントの隅の影に隠れた彼女に目を向ける。
「ちょっと、ここで休ませてくれる?」以前会った時よりもボロボロになり果てた彼女が無理やり微笑を向ける。上着を腰に巻き、血の滲んだシャツがところどこ破れ、腹や腰から血が滴っていた。
「全国で指名手配か……一躍有名になったな」2日前に届いた手配書、そして抹殺指令を彼女に渡す。
「100万ゼルか……分かり易い数字ね……ねぇ、黒勇隊にも懸賞金って出るの?」
「それなりの褒美が出るみたいだ」と、彼は自前の救急箱取り出し、彼女の前に座る。
「それに聞いてよ……組織からも追われる身になっちゃった……」
「それは予想済みだろ」手早く彼女のシャツを切り、傷口にヒールウォーターの染み込んだガーゼを当てる。
「んっ……そうね……ここまでボロボロにされる事以外は予想済みよ……魔王は相当ご立腹ね。自立型ナイトメアソルジャーを寄越してきたわ」弱った笑い声を漏らし、血の混じった咳を吐く。
「そうか……では、いい知らせだ。アリシアが賞金稼ぎの手によって救出された」
「え……?」
「魔王の手は一歩及ばずだったようだな。代わりに、その当日から助け出した男共々、指名手配された」と、今度はアリシアとヴレイズの手配書を手渡す。
ナイアは手配書に書かれた娘の似顔絵を見つめ、瞳を潤ませる。
「ねぇ、これからあたしをどうするつもり?」数滴の涙を払い、ゼルヴァルトを見る。
「……本当なら、黒勇隊として捕縛すべきなのだろうが……私は私の戦いを続けるつもりだ。そして、私の戦いには、貴女の協力が必要なのだ……」と、手を差し伸べる。
「私はまだ、折れてはいない。手を貸してくれ」
ゼルヴァルトはそこで不器用な笑みを覗かせ、彼女の次の言葉を待った。
「……よかった……あたしにとって、ここに来るのは賭けだった……よかった」と、ナイアは安心した様にその場で項垂れ、そのまま眠ってしまう。
「……イビキだけは勘弁してくれよ。これは、私と貴女だけのヒミツだ」
夢の中の様な不安定な空間で、ハーヴェイは目を覚ました。手も足も出す事は出来ず、フワフワと浮いている様だった。
「ここは?」口が動き、声を発することが出来るのに驚き、辺りを見回す。首と言うより、体全身が動き、また戸惑う。
「ようこそ、ハーヴェイ」彼の目の前に突如、何者かが現れる。最初からそこにいた様にその者は振る舞い、丁寧にお辞儀をした。
「お前は……?」
「僕はここの責任者を務める、ヘリウスという者です。どうぞよろしく」
「ヘリウス? その前に、ここは何処なんだ?」
「ここ? ここは死後の世界、冥界だよ」
この言葉にハーヴェイは驚きはしなかったが、一瞬間をおき、納得した様な声を出した。
「なるほどな……で? お前は死神と言うわけか」
「みんなそう言うよね。死神だの閻魔大王だの地獄の使いだの……正直、勘弁してほしいよ……」うんざりした様な声を出し、頬を膨らませて腕を組む。
「ではなんなんだ、お前は」
「だから! 責任者だって! この冥界の! 一応、弟子たちからは冥界の監視者って呼ばれているけどさ……で、僕も忙しい身だから早速本題に」
「……なんだ? 俺は地獄行きか?」
「だから地獄も天国も無いの! 冥界か地上だけ! もうひとつあるけど、それは関係ないから省くよ。で、本題! 僕に手を貸してくれないか?」
「それはどういう意味で?」ハーヴェイは手を組もうとしたが、自分には両手両足が無い事を自覚し、ため息を吐く。
「僕の代わりに地上世界に降り立ち、魔王の野望をどうにかして欲しいんだ」
「ほぅ……」
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