4.ゼルヴァルトVSジェシー・プラチナハート

 バルバロン国、アーラル地方の黒勇隊一番隊キャンプ地。

 ここの作戦本部のテントでは、ランドールとゼルヴァルト、そしてナイアの3人がこの地方の地図を広げて話し合いをしていた。

「今回の勇者たちは結構、厄介よ」ナイアは得意そうに書類を取り出し、2人に手渡す。そこにはその勇者たちの似顔絵とデータが鮮明に記されていた。

「総勢50名近くのゲリラか……実績を見ても、まぁ真面目に勇者的活動をしている様にみえるな」ランドールは手早く書類に目を通し、軽く笑う。

「見える、だけだな。実際に真面目に行動しているのは半数以下だな。強盗、誘拐などの盗賊行為に手を染めていない様に見えて……」と、ゼルヴァルトが書類の最後の頁を卓上に置く。

「そう、非合法な薬の売買に手を染めている。『ペインアウト』の成分を混ぜて作られた合成麻薬よ。こいつらのせいでこの地方の村が次々と廃村と化しているの。これは放っておけないでしょ?」ナイアは自信満々に腕を胸の下で組む。

「で? 連中の潜伏場所は?」ランドールが口にすると、ナイアは輝く鋭い指で地図の北方向を指した。

「この町で屋敷を買い、堂々としているわ。何故、堂々としているかわかる?」クイズを出すかのように言い放ち、ゼルヴァルトへ目を向ける。

「憲兵に袖の下を渡している、と言う事か……」

「そう。でも、表向きは勇者の隠れ家、ってことになっているの。何だか腹立たしいわよねぇ」

「薬で稼いだ金でか……クっ」ゼルヴァルトは沸々と怒りを露わにし、声を荒げる。

 そこでナイアが焚き火に薪をくべる様に口にする。

「しかも、その総勢50名の内、薬で金を儲けているのはごく少数。殆どは何も知らずに勇者の為に戦う兵隊よ」

「この仕事、奥が深そうだな」ランドールは書類にもう一度目を通し、ふふんと笑う。

「気付いた? そう……この勇者共は仲介役の小物で、まだまだ他にもいるのよ」

「……そうか」ゼルヴァルトは拳を振るわせ、目を光らせながらテントを出た。

「……彼、こういうのに慣れてないのね」ナイアは彼の背を目で追いながら口にした。

「まだまだこの隊に入って日が浅いからな」

「あら? でも彼は隊長である貴方よりも有名よ?」

「なにゃ?!」



 翌日、ロウロンシティに黒勇隊が入る。一番隊隊長と10名の隊員が正面から足並みを揃えていると、正面から町長が出迎え、揉み手笑顔で馴れ馴れしく近づく。

 そんな町の裏手にゼルヴァルトと残り8名程が潜伏していた。ナイアの情報では、ここが彼ら勇者の逃走口であった。

 そんな彼らの眼前から、荷物片手に駆ける男と、目の鋭い女性が現れた。男は怯える様な表情を覗かせると、女性が腕を前に突き出し、全身に稲妻を漲らせた。

「ここはアタシに任せて逃げて!」

「……わかった!」男は何の躊躇もなく走り出した。

 ゼルヴァルトが隊員たちに指示を飛ばし、男を取り押さえる様に命じた。

 すると、女性は雷光と共に瞬時に隊員たちの前に現れ、一瞬で3人を打倒する。

「ほぅ」ゼルヴァルトが感心する様に声を漏らし、女性の瞳を見た。目の奥は常に稲妻色に光っていた。

「あんた、1番隊のゼルヴァルトでしょ? あんたも雷使いなんだって?」挑発するような口調で話し、雷光と共に構える。

「……雷使いと呼べるほどの者ではないがな」

「アタシだってそうさ……ねぇ、もしアタシがあんたに勝てたら、あいつは見逃してくれないかな?」

「……お前、あいつが何者か知っているのか? サブリーダーのジェシー・プラチナハート」

「うっわ……てぇことは、あいつの事も調べは付いているってわけか……」

「グラント・ファイアフィールド。勇者を名乗ってはいるが、ただの麻薬売りの仲介屋……だな?」ゼルヴァルトがイラついた様に口にし、軽く唸る。

「何の話? アタシ達は魔王討伐を目指し、力を蓄えているだけよ! 何よ麻薬って?! ふざけないで!!」ジェシーは偽りなき眼で彼を睨み付け、腕に稲妻をのたくらせた。

「……何も知らないか……どうやら都合よく使われているだけの様だな」ゼルヴァルトは静かに口にし、抜剣する。

「なによ、人を道具みたいに! あったまくるなぁ!!」

「まぁいい……お前が言うように、もし私を倒せたら……あいつもお前も見逃してやる」彼の言葉に隊員が少々動揺する。

「い、いいのですか? グラントの足取りが……」

「それは隊長に任せよう。それに、私が負けると思うのか?」

 すると、ジェシーが俊足で彼の間合いに詰め寄り、稲妻を纏った拳を見舞う。彼はそれを見切り、足蹴りを見舞う。

「ぐぁ! ……くぅ……自信満々なわけね……強い」

「お前は読み合いというものを分かっていない様子だな」ゼルヴァルトは彼女の身体の動き、構え、先程の奇襲攻撃で全て見切り、鼻で笑った。

「なにぃ?!」ジェシーが悔しげに表情を崩した瞬間、ゼルヴァルトは彼女の死角に一瞬で入り込み、剣の柄で彼女の腹を小突いた。その一撃は槍の打突のように強力であり、彼女の態勢を一気に崩す。

「動体視力はいいが、いちいち相手の小言に反応している様じゃあ、まだまだだな」と、肩で当身を喰らわせ、彼女を吹き飛ばす。

「くそぉ!!」ジェシーは悔しさで表情を歪めながらも、すぐに飛び退いて態勢を立て直す。

 だが、その一瞬の間に彼はまた一瞬で入り込み、掌底を当てる。

「成る程……後手に回る経験が浅いと見える。分かった……先手を取らせてやろう。だが、また逆戻りだろうがな」自信満々に口にし、剣を地面に軽く差して胸をそびやかす。

「……舐めやがって!!」血に飢えた獣の様に目を血走らせ、彼の死角に入り込もうと構える。

 しかし、ゼルヴァルトは殺気と圧を軽く飛ばし続け、ジェシーを威圧した。彼女はそれを受け止めながらも、彼の隙を伺い、迂闊には飛びかからなかった。

 ゼルヴァルトは今迄のやり取りだけで彼女の性格を見抜き、兜の向こう側で静かに笑った。

 彼は相当の手練れであり、これまでに強者から並の勇者、魔物を倒してきた。故に、殺気や剣圧の調節など簡単にできた。これにより誘いを自在に操り、迎撃してきた。

 そんな彼の隙の調節に、ジェシーは容易く飛びついた。彼女の渾身の一撃は彼の頬に向かっていたが、彼はそれを剣の柄でカウンターし、組み付いて投げ飛ばし、更に彼女の顔の真横に剣を刺した。

「勝負あり、だ」

「ぐっ……まだまだ!」諦めず、彼女は全身に稲妻を巡らせたが、そうはさせずとゼルヴァルトは彼女の背に膝を落とした。「ぐあぁ!!」

「悪あがきはみっともないぞ……」と、手早く彼女の手首を拘束し、首に封魔の首輪を装着する。彼女の稲光は静まり、やがて全身の力が抜ける。

「やった……!」

「流石は副隊長!」

「お見事です!」

 隊員たちが賛美する中、先程彼女に打倒された隊員たちがクスクスと笑い始める。

「まったく、無様な女だ!」

「副隊長に勝てるわけがないのになぁ」

 すると、そんな隊員たちへゼルヴァルトは殺気を向けた。

「彼女は堂々と戦ったのだ。汚す事は許さんぞ」

「す、すいません……」




 その後、ゼルヴァルトはキャンプ地へ戻り、任務の報告書を書いていた。次に溜まった書類、情報に目を通す。

 するとそこへ遅れて隊長のランドールが現れる。

「戻っていたか。サブリーダーのジェシーは捕えたそうだが、リーダーは?」

「彼女の時間稼ぎのお陰で完全に見失いました。申し訳ありません……そちらは?」

「町長から町民、憲兵にまで金を握らせて町全体が汚染されていたな。これはしばらく忙しくなりそうだ。ま、町の洗浄は俺たちの仕事ではないがな……」

「そうですか……」

「リーダーのグラントを取り逃したのは痛かったな。あいつを捕えて吐かせれば、麻薬ルートを何本か潰せるんだが……そこんところはお前が何とかしろよ」

「は……」ゼルヴァルトは頷き、ある書類束を取り出した。

 そこにはどんな仕事でも請け負う傭兵、何でも屋のデータが乗っていた。

 これから、ジェシーを尋問し、グラントの向かった場所を吐かせなければならなかった。だが黒勇隊は少人数であり、これから向かわねばならない任務もあるため、そんな時間はなかった。

 そんな時の便利屋であった。

「……なんでも安く請け負うダーティーワークス、か……」

 黒勇隊の活動資金は魔王より沢山受け取っていたが、ランドール曰く『無駄遣いするな』であり、更にゼルヴァルトもそれに輪をかける様に倹約家であった。

 故に、彼はこのダーティーワークスという便利屋を選んだ。



 その2日後、ジェシーは牢から出されダーティーワークスに引き渡された。彼女は隊員からの尋問にも口を開かず、かなり手強かった。

 そんな彼女は今、牢よりも酷い場所に繋がれていた。

「今回の仕事はいいなぁ……こんなかわゆい娘と遊べるなんてなぁ……」

「で、何を聞き出せばいいんだっけ?」

「さぁな……こういう奴は毎回、あることない事しゃべくって壊れていくからなぁ」と、ひとりがジェシーの膝にハンマーを振り下ろす。部屋中に悲鳴が轟いたのち、笑い声がわっと広がる。

「いい声じゃないか。これは楽しくなるぞぉ~」男が舌なめずりし、彼女の恐怖に揺れる瞳を覗き込んだ。

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