6.復活のジェシー

 バルバロン、ウロボ地方北側。ここには奇跡の魔法医と呼ばれる名医、ホワイティ・バールマンの仕事場があった。

 高名な割には、大きな街から離れた丘の小さな診療所で営んでいた。

「客は並んでいないな」早速やってきたゼルヴァルトは、ドアをノックし返答を待つ。3度、叩いても誰も答えず、沈黙だけが流れる。

「……? いないのか? こちらは急いでいるのだが……」と、担架に乗せられたジェシーを心配そうに見つめる。彼女は延命魔法でギリギリ命を繋いでいる状態であり、コレが切れるとお仕舞だった。

 すると、背後から何者かが彼の肩を叩く。ゼルヴァルトの部下はその気配に気づかず、驚いたように声を上げていた。

「急患かな? すまない、今日は休暇でね。街まで買い出しに行ってたんだ」と、両手の荷物を持ち上げて見せる。

 彼こそが名医、ホワイティ・バールマンだった。休暇だと言うのに白衣を身に付け、聴診器を首からぶら下げていた。顔は清潔に整っており、笑顔を絶やさない様にか、常に口角が上がっていた。

「あぁ、頼む。彼女なのだが……」

「……君、黒勇隊だろ?」ニヤケた口のまま厳しい眼差しを向けるホワイティ。

「あ、あぁそうだが……」

「まさか、また拷問する為に治すんじゃないよな? または、処刑する為に治療するとか? 君たちの評判は聞いている。仕事は正確だが、手段を択ばない、と」うんざりするような声を出し、ジェシーの身体を軽く撫でる。

「いや、私は……彼女を助けたいんだ……頼む」ゼルヴァルトも黒勇隊の悪い方の評判は聞いていた。主に、過激派が隊長を務める2番隊や6番隊が原因だった。それでも彼は評判に反論せずに飲み込んで頷いた。

「……助ける、ねぇ……肉体は蹂躙されつくし、異物が奥まで食い込み内臓を腐らせているな……これはヒールウォーターに漬けるだけではダメだな。オペが必要だ」

「手術……助けられるのか?」

「治す、だけなら」ホワイティは診断をする様に、ジェシーの片目を覗き見る。

「それはどういう意味だ?」

「脳が少し縮んでいる。私の腕なら、大きさを戻す事は出来るが……心や記憶を元通りには出来ない。研究はしているが、魔法や呪術ではどうにもな……」少々弱った様な顔で口にし、ため息を吐く。

「それでも、頼む」ゼルヴァルトは人前では決して脱がない兜を脱ぎ、頭を深々と下げた。



 オペが終わって1時間、ホワイティが手術室から出てくる。手に纏わせた水の手袋を消し、待合室で腰をかけるゼルヴァルトの前に立つ。

「どうですか?」彼は反射的に腰を上げる。

「……とりあえず、拷問前の綺麗な身体にまで治す事はできた。あとは、目を覚ますのを待つだけ……だが……」と、ここで初めて口角を下げる。

「だが、やはり……?」

「頭を何度も殴られた上に、急激なストレスでかなり脳に負荷がかけられていた……と、言うか……こんなにムカつく手術は久々だ。あんたが、彼女をこんな風にした……ようには見えないな……大方、安請負する傭兵にでもやらせたんだろ?」と、手術着を脱ぎ、白衣を羽織る。

「では、助からないのか?」

「彼女次第。そして、あんたがどれだけ彼女を助けたい、かだ。彼女はウチで預かろう。時々、見舞いにきてくれ」

「そうか……すまない……」ゼルヴァルトは再び頭を下げ、懐から分厚い封筒を取り出し、ホワイティの目の前に差し出す。

「……それは受け取れないな」ホワイティは踵を返し、診察室へ入りパイプを取り出して咥える。

「何故だ?」

「魔王から十分頂いているからな。あの男は大した魔王だよ」彼はゼルヴァルトを診察室へ招き入れ、椅子に座る様に促す。

「あなたは、魔王の為に回復魔法研究を?」

 魔王は、優秀な魔法使いや研究者を抱き込み、技術の進歩の為に研究をさせていた。ホワイティもその中のひとりであった。

「あぁ。だが、私は悪くないと思っている。以前のこの国の王は、私に蘇生魔法研究を強要し、治療費を法外な値段にする様に言い、その8割を国に収めろと命じてきた……引き換え、魔王は研究費を年1000万ゼルも投入し、更に研究内容は『己を向上させる為なら何でもやれ』と……前の王とは雲泥の差だ。お陰で、様々なヒールウォーター研究や、手術方法、薬品開発が出来た」と、目を笑わせる。

「……そうですか」ゼルヴァルトは疲れた様に返事をした。

「ふふ、君も相当に疲れている様だな。どれ」ホワイティはコップにヒールウォーターを満たして差し出した。

「これは?」

「ストレスからくる胃痛や消化器系の不調を和らげるヒールウォーターだ」

「どうも……」と、遠慮なくそれを飲み下す。すると、彼は椅子にもたれ掛り、ぐっすりと眠ってしまう。

「あらら……相当疲れていたみたいだね」



 それから半年後、ゼルヴァルトはホワイティからの手紙を受け取り、診療所へと急いだ。内容は、ジェシーがやっと口をきき始めた、というモノだった。

 この半年間、彼は月に2回休暇を利用して見舞いに出向いていた。その間、彼女は起きてはいたが、目を半開きにし、一言も口を開かなかった。

 そんな彼女を見て、ゼルヴァルトは素顔で向かい合い、ただ彼女の目を見ていた。

 診療所に着くと、彼は急いでジェシーのいるベッドへと向かった。そこにはホワイティがカルテを片手に立っていた。

「やぁ、早かったね」ホワイティは相変わらずの笑顔を向ける。

「……彼女は?」ベッドの上はメイクされ、綺麗にシーツが広がっていた。

「外で散歩している。少しずつではあるが、心が回復しつつある」

 ゼルヴァルトはそれを聞き、すぐに外へ向かう。木陰でもたれ掛り目を瞑る彼女を見て、ゆっくりと近づく。

「……あなたは?」ジェシーはゆっくりと瞼を開き、彼を見る。

「私を、覚えていないか?」

「……声だけ、聞き覚えがある……」

「ゼルヴァルトだ。半年以上前に、君と戦った……」

「……へぇ……そんな顔をしていたんだ……」と、彼の顔をまじまじと見つめる。普段、彼は漆黒の鎧に身を包んでいたが、見舞いの時は私服で通っていた。

 しばらく、2人は優しく流れる風に身を任せ、木にもたれ掛っていた。ゼルヴァルトは何を話すべきかをよく考えるかのように黙りこくり、ジェシーはぼんやりと雲を眺めていた。

「……貴方の事は、恨んでないよ」ジェシーはぽつりとだけ呟く。

「……いや、憎んでくれた方が、気が楽だった」彼は歯の間から絞り出す様に言う。

「ホワイティ先生が色々と説明してくれたよ。アタシも、そこの所はわかってる……なんだかフワフワしてるけど……」軽く頭を押さえ、ふふふと笑う。

「それでも……悪いと思っている」

「……悪いと思っているならさ、頼みがあるんだけど、いいかな?」



 その1か月後、ジェシーが万全に回復する頃……。

 ゼルヴァルトは再び、ダーティーワークスに仕事を依頼した。内容は『ジェシー・プラチナハートの尋問』。半年前以上前の依頼内容と全く同じであった。

「何のつもりだろうな?」傭兵が腕を組みながら首を傾げる。

 ダーティーワークスの仕事場のある洞穴の前に馬車が止まり、そこから布袋を被せられ、後ろ手に手錠を嵌められたジェシーが歩いて来る。

「同姓同名の別人じゃないか?」

「プラチナハートって姓はなかなかないだろう?」

「またあの悲鳴が聞けるのか……?」

 そこからジェシーは椅子に乱暴に座らされ、有無を言わさず膝をハンマーで殴られた。

 しかし、前回と違うのはここからだった。

 ハンマーの先が吹き飛び、折れたのである。

「なに?」傭兵のひとりが目を剥いた瞬間、隣の男の手首がポキリと折れ、悲鳴が轟く。

「今回は魔封じの首輪はないもんね~! リハビリに付き合ってもらうよ!!」仕事場からは女々しい悲鳴がいくつも上がり、やがて大合唱が洞穴から鳴り響いた。

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