第24話 その少将、胃痛につき

「…………それで、本官にどうしろと言うのだ、貴官等は?」

「しれたことっ! あの忌々しい男に、責任を取らせるのですっ」

「結局あの男がごねたせいで、皇太子殿下御臨席の観艦式までに、超大型飛空艇完成は出来ず仕舞い……我等は国内外から笑い者と相成りました」

「……式自体は、成功したではないか」


 先日、行われた王国空軍建軍以来の、観艦式は成功裡に終わっていた。

 建造中だった超大型飛空艇こそ間に合わなかったものの、アニエス商会の全面支援により、予算不足で予備艦扱いに置かれていた全ての飛空艇が稼働。

 結果、過去最多の空中艦隊を陸海軍と諸外国へ見せつけ『王国空軍、侮り難し』という印象を植え付け、皇太子殿下からもお褒めの言葉を賜った。

 常識的に考えれば、大成功。あれ以上の結果は望めなかっただろう。 

 なのに、こいつ等はまたその話を蒸し返そうというのか……う、胃が……。

 目の前で、肩を怒らせている若手参謀達は、こちらの様子などまるで気にせず、詰め寄ってくる。 


「そういう問題ではありませぬっ! 少将!」

「そうですっ! 第一、未だ超大型飛空艇の建造は遅延しております。何時完成するかも分かりません。その隣では、民間用飛空艇の建造が着々と進んでいるというのに、です。あの男に、愛国心があれば、このような事態にはなっておりません!」

「…………分かった。貴官らの要望は先方へと伝えておこう。下がれ」

「閣下は手温いっ! あのような者など」

「……少佐。私は下がれ、と言ったのだが?」


 五月蠅い小僧を睨みつけると、一瞬、気圧された様子をみせ、部屋から出て行った。

 ……侯爵家のドラ息子らしいが、馬鹿にも程がある。

 『無能な働き者は銃殺せよ』という古からの軍格言を知らぬらしい。

 戦時だったら、間違いなく背後の下士官から撃たれているところだ。

 この案件で、数名の馬鹿将校が予備役に編入されたが、後から後からこの手の阿呆が出てくるのを見ると、暗澹たる思いに駆られてしまう。

 立ち上がり、執務室の隣にある客間に向かう。


「お待たせした。エドワード殿」 

「いえ。トーロ少将閣下の御心中、察するに余りあります」


 初老の男性が和やかに応じてくれる。

 あのような内容を聞いても、動じないとは。いや、もう耳に入っているのだろう。アニエス商会の諜報能力は、下手すればこの国すらも超えているのだ。


 ……う、また胃が。


 今日、伝える内容は先方からすれば決して受け入れられるものではない。

 自分の立場を呪いつつ椅子に腰かけ、口を開く。


「……やはり、大将閣下は行かれぬそうです。けれど、超大型飛空艇の建造は再開させよ、の一点張りでして」

「そうでございますか。それは残念でございますね」

「……エドワード殿。アレックス会頭は、未だ御怒りなのだろうか?」

「我が主は、そこまで狭量ではありませぬ」

「ならば」

「―—ですが、筋はしっかりとつけられる御方でございますれば。この前などは苦笑されながら、こう仰っておられました。『邪魔だし、解体するか。もしくは、海軍に売りつける。海上上空で運用という屁理屈付きで』」

「…………」


 胃が、胃が悲鳴を……っ。

 そんな理屈を海軍に吹き込んだら、余計、場が荒れる。間違いなく荒れる。

 事実、我が空軍は未だ洋上飛行技術に関して、まるで研究が進んでいない。

 目端が利く士官ならば、提案に食い付くのは目に見えている。 

 しかも、解体だと? あ、あれを??

 

 ……やりかねなさい。あの男ならば。 


 たとえ国家権力と対立したとしても、他国へさっさと亡命してその国を富ますだろう。

 どうすればいいのだ。

 正直、もう匙を投げてしまいたい。そもそも、筋を強引に外したのはこちら。しかも、式典を成功に導いたのもアニエス商会の力あってこそ。最早、どうにもならない。

 が、軍官僚は頭を下げる事を病的に嫌う。話はどこまでいっても平行線だ。 


「―—そう言えば、先程来られていた士官の方の御一人。確か、ロス侯爵家の」

「ああ、そうだが、何か?」

「いえ、少し気になったものでございましたから。閣下」

「……何だろうか」

「どうでございましょう。そろそろ我等の下に来られては。体調も余りよろしくない御様子。我が主には、僭越ながら口添えをいたします」

「…………望まれるのは、栄誉あることだと認識している。が、筋は通す。少なくとも、この件が終わるまでは出来ん」

「ほぉ」


 エドワード殿が感嘆の声を出し、嬉しそうな笑みを浮かべられた。

 鞄か封筒とガラス瓶を取り出し、渡される。


「……これは?」

「商会に来られる際、我が主が示されるだろう条件内容が書かれております。もう一つは胃薬です。植物由来ですので、身体に負担をかけませぬ。どうぞ、お使いください」

「……ご配慮、ありがたく」

「では、私はこれで。大将閣下に、よろしくお伝え下さい。先程の御話をされていた際、あの御方は笑っておられました。今一度。笑っておられたのです」

「……痛み入る」


 一人になった客間で、ガラス瓶を開け数粒の錠剤を飲み込む。私の健康状態まで把握済みか。

 溜め息を吐き、机に投げ出してある封筒の中身を確認し……私はあっさりと卒倒した。

 

 ――後年、直接、会頭本人へ真意を尋ねた所、あっさりと「……少なかったか? すまん」。違うそうじゃない。

 分かった事は、軍に残ろうが商会へ行こうが、私の胃痛が続いた事。

 あの胃薬は以降、生涯の友となるのだが……それはまだ少し先の話だ。

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