第12話 その父親、浪費家につき

「これはこれは会頭殿。本日はようこそ来てくださった。どうぞ、かけてくれ」

「失礼します」


 見るからに質の良いスーツを身にまとっている男が向かい側の椅子へ座る。

 余裕を見せるように、殊更ゆっくりと私も座る。うむ、今日も良い座り心地だ。


「この椅子は……約200年前、王国工房で極少数だけ作られた物では?」

「ははは。御目が高いね。その通り。この机も同じ物だ」

「これ程の物は、中々見た事がありません。流石はロス侯爵閣下。審美眼も素晴らしいのですね」

「ありがとう。そう言って貰えると嬉しい。我がロス家は先々代の時代から、美術品を収集し保護する事に情熱を傾けていてね。私の兄の時代には多少、途絶えたが……」


 あれは暗黒の時代だった。

 兄は決して悪い男ではなかったが、惜しいかな、審美眼をというものを産まれながらにして持ち合わせておらず、一時、収集した数々の至宝を二束三文で売り払うという暴挙を行った。

 私は必死に説得したものだ、『兄上! それらの品の価値を本当にお分かりか!?』『金がないのだ。このままでは我が家は爵位を返上せざるをえん』

 ……何を言っているのか。

 我がロス家は王国内有数の名家。金など幾らでも出て来るだろうに。

 しかし、兄は私の言に耳を傾けず……収蔵品は散逸してしまったのだ。

 だが、神はそんな男を許さなかった。

 

 領地を見舞わっていた矢先、兄と義姉上が、幼い一人娘を遺し突然の事故死。


 必然、弟である私に爵位が転がり込んできたのだ。

 まさに、神の差配。これは、散逸した収蔵品を再度集めよ、という御意志に違いない。

 私は奮起した。結果――多くを回収したのだ。

 この机や椅子もその一つ、輝かしき勝利の品である。


「して、本日は何用か?」

「はい。閣下にお願いの儀がございまして」

「願い? ああ、我が収蔵品を譲ってくれ、というのならそれは無理だ。すまないがね」

「いえ、そういうつもりはございません。これらの品は。爵位もなき、我が家で扱うのはとてもとても……侯爵家だからこそ、映えるのでしょう」

「嬉しい事を言ってくれる。では?」

「――閣下には、今度、大学進学を考えておられる娘様がいらっしゃるとか?」

「うむ……困った事だ。大学などに行っても意味はないというのにな。駄々をこねておるよ。それが、何かな?」

「その進学、許可していただけませんでしょうか? 無論、学費その他は我が家がもちます」

「ほぉ」


 思わぬ言葉に、男の顔を見る。

 どういう意味だ?

 自分とは関係ない貴族の娘を、大学へ行かせてほしい、と頼むなど、意味が分からない。

 ……だが、これは利用出来る。


「どうしてかね? 君には関係ない話だと思うのだが」

「いえ……ここでは言葉に出来ない、とある話がございまして。御家の娘様だけ、入学しない、となると我がアニエス商会の名に傷がついてしまうのですよ。ご存知でしょうが、私には敵が大勢おりまして、少しでも攻撃される傷は消しておきたいのです」

「ふむ……分からなくもない話だ。何しろ、君は金持ちだからな」

「そうでもないのですが……そう見られているようです。如何でしょうか?」

「……いや、やはり駄目だな。許可出来ない」

「そこを何とかお願いできませんか?」


 椅子から立ち上がり、ステンドグラスがはめてある窓へ。

 わざと物憂げに考え込むふりをする。

 ……あんな娘など、どうなっても構わないのだ。

 構わないが、何処ぞの貴族、しかも金を持っている貴族へ押し付ける事で、金蔓になって貰わなければならない。既に数件の申し出もきている。確実に事を成す必要がある。そうしなければ美術品収集が頓挫してしまうのだ!

 最近、部下達は口々に『御止めくださいっ! 最早、我が家の金庫には金貨――いえ、銀貨の一枚もないのでございます。どうぞ、収集された美術品を競売に……』『最早、民間が何処もお金を工面などしてくれませぬ。どうか、エリナ御嬢様の仰れるように、支出を出来る限り抑える案にサインを!』などと、寝言をほざくようになった。馬鹿な事を言うものだ。

 建国以来、公爵、侯爵が借財によって破滅した例など皆無。何かあれば王家が救済してくれるだろうに。

 だが……当面の資金は乏しいのは事実のようだ。来週には大規模な競売もある。

 エリナを役立たせるには……。


「アレックス会頭」

「はい」

「君の申し出、受け入れようと思う」

「本当ですか? ありがとうございます」

「――だが条件付きだ」

「条件?」


 振り返り、男の目を見据える。

 おそらく飛び乗ってくるだろう。何しろ、この男は無官の身。爵位が欲しくないわけがない。それが手に入るかもしれない、と散らかせば、必ず乗る。人とはそういう醜い生き物だ。当然だが、爵位はくれてやらんが。


「君は独身と聞いている。そこで、どうかね? 我が娘、エリナを――嫁に貰うというのは」

「それは……」

「ああ、無論、今すぐに、というわけではないよ。そうだな――大学卒業でどうだろうか? その間は、婚約者、ということで。仮に、その段階でお互い合わないのならば、破棄しても構わん」


 それまでに骨の髄までしゃぶらせてもらうがな。

 エリナは兄に似て愚かな娘だが、あの美貌。その後、幾らでも売りようはある。



「どうかな? 今この場で返答してほしい。他の貴族へ断りの手紙を書かねばならないからね」 

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