第25話 その父親、売国奴につき

「だ、旦那様、もう……もう、美術品をご購入するのは御止めくださいっ! 最早、最早……当家にはそのような物に費やせる金子など、何処にもございませぬっ!! 金庫は空でございます……このままではお屋敷だけでなく、領地までも差し押さえられてしまいます」

「馬鹿な事を言うな。何度言えば分かるのだ。美術品との出会いは一期一会。その時に買わなければ必ず後悔する。私が買わなければ、価値が分からぬ輩の手に渡り、何れ消えていってしまうではないかっ! これらの品々とて、栄えなる我がロス侯爵家の所蔵品になる方が万倍も幸せであろうよ。第一、先日、あの若造から入金があったではないか。それで、適当に何とかせよ」

「……もうございませぬ」

「何だと?」


 私は、愛でていた約300年前の花瓶を机に、そっと、置き、目の前で悲壮な顔をしている老執事長を睨みつけた。

 何を馬鹿な事を言っているのだ、この男は。

 あの若造――エリナを押し付けたアニエス商会会頭からの金は、先代侯爵が使っていた年度予算を優に超えていた。それがない?


「どういうことだ! 確かに、私が要請した金額には足らなかったが、それでもあの額。短時間でなくなる筈はあるまい。もしや……誰かが着服したかっ!」

「…………旦那様。まだ、お分かりになられていないのですか?」


 老僕が絶望的な表情を浮かべた。

 ……何だ、その表情は。私は主君だぞ? 無礼であろうがっ!

 叱責しようと声を開いた矢先、手紙を差し出してきた。


「……何だ、これは?」 

「坊ちゃまからでございます。私は、仕事がございますので、これにて。もう一度、お伝えしておきます。現在、当家の金庫は空でございます。もうツケで美術品をご購入されることは出来ませぬ。仮にされるのであれば……倉庫内の物を競売に出すこととなりましょう。当家が方々から、借財を重ねている事は、既に大貴族の皆様のみならず、王家にも聞こえつつあるようでございます。……そのこと、努々お忘れなきよう」 

「貴様っ!」

「……失礼いたします」


 余りの言い草に、思わず机に置いた花瓶を投げつけようとしたが、老僕は私に構うことなく、部屋を出て行った。

 先々代から仕えている、忠義一筋の男だからこそ、審美眼を持たない、という大き過ぎる欠点には目を瞑ってきたというのに……あの態度。とても許すことは出来ない。我慢の限界だ。

 息子が、軍の休暇を利用し帰って来た後、急ぎ処罰することにしよう。私は慈悲深いので、命までは取るまい。

 ふん! 我がロス侯爵家は王国の名門。幾ら借財を重ねようとも、どうとでもなるというのに。何故、その程度のことが分からぬのだっ!

 しかも……我がコレクションを売るだと? あり得ぬっ! これ程の品々は、王家ですら所蔵してはおるまい。それを散逸させるのは、国家の……否! 人類の損失。所詮は、美が分からぬ輩か。

 金など、どうとでもなる。足りなければ借りればいいし、アニエス商会の若造からまた振り込ませれば良い。

 私は、一般平民の男へ義理の娘とはいえ侯爵家の娘を婚約させてやったのだ。その程度のこと、して然るべきであろう。

 

 ……いや、むしろもっと金を産む相手へ再度送り込んだ方が良いか?

 

 あの若造、どうも素直ではない。

 私自らが要請するのだ。その日の内に、金を本来は持参するのが筋であろうに……言を左右にし、中々渡さん。不遜だ。

 あれで、エリナはそれなりに男受けする顔立ちをしている。探せば幾らでも貰い手はあろう――。

 愛息からの手紙を丁寧に開け、中身を確認。

 ……ほぉ。若造が軍ともめているだと? その結果、超大型飛空艇完成は大きく遅れる、と。これはこれは。都合が良いことだ。

 三重の鍵がついている机の引き出しを開け、魔法紙を取り出す。 

 表紙に押されている紋章は、三頭の竜が絡まり合っている。王国の仮想敵である帝国のそれだ。

 飛空艇の件と、愛息が送ってきた性能値を文面にしたため、少し親指を切り血判を押す。

 すると目の前で紙は消え去った。

 たとえ、王国空軍旗艦の完成遅延を伝えたとて、帝国が攻めてくることなど有り得ない。これで、中々の金額を振り込んでくるのだから、奴らは余程の金満家なのだろう。

 このやり方ならば露見することもなし。また、バレたところでどうとでも言い逃れが出来る。『帝国と王国との間を取り持つ為でございます!』とでも言っておけば、証拠がなければ私に累が及ぶこともなし。

 ……当主自ら、金を稼いでいるというのに、まったく! あの馬鹿者はっ!!

 腹が立ち、部屋の中を歩き回る。

 何故、私の崇高な義務を理解せんのだっ! 私がロス侯爵になったは、神が私に、王国内――ひいては、この大陸内の、埋もれている美術品を救うべし、という使命をお与えになったからこそ、だというのにっ! その為に、私は努力を重ね、多くの品々を救ってきた。これからも救わなくてはならぬ。

 金は幾らあっても足りぬ。アニエスの若造ならば、もっと簡単に御せると踏んだのだが……少々、当てが外れた。やはり、次の相手を探すとしよう。 

 次は――そうだな、王国内では多少悪評が立つかもしれん。ここは、帝国から探すとしよう。 

 

 今度は義父となる私へ、敬意を払うのは当然として、金払いがより良い相手を吟味せねば。エリナも感謝することだろう。自らに存在価値を与えてやったこの私に!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る