第5話 その老主任技師長、頑固者につき

「あぁ!? 何を言い出しやがるかと思えば……そんな事、不可能に決まってるだろうがっ! 本部のお偉いさんだか、何だか知らぬが、現場を見て物を言えっ! 見ろ! この状況を!」

「言われなくても、一番建造所が軍用飛空艇の建造で、手一杯なのは理解しています。ですが――それを何とかする為に、貴方は此処にいる筈です。『不可能』? そんな事を言うのなら、後身に身を譲られては如何ですか? 我がアレックス商会、主任技師長の役職を飾りにしてもらっては困ります」

「て、てめぇ……言ってくれるじゃねぇかっ……儂が老いぼれだとでも言いてぇのかっ!」

「お、お爺ちゃんっ! そ、その人、西方地区長さんだからっ! とっっても偉い人だからっ! 少しは言葉を遠慮してよっ! ……ご、ごめんなさいっ。祖父はちょっと、口が悪くて……」

「リンド! 口を出すんじゃねぇっ! 地区長だか、何だか知らねぇが……口の利き方がなってねぇ、小娘に、頭なんか下げるななっ」


 孫娘を怒鳴りつけ、儂は近くの椅子へ腰へ下ろす。ちっ……朝っぱらから、胸糞悪い……。

 目の前に立っている小娘を睨みつつ、幾分、声のトーンを落とす。


「……さっきも言ったが、現状では無理だ。『民間用飛空艇の量産』だと? そいつは確かに豪気な話だ。『空』を開拓するってな話も否定はしねぇ」

「ならば」

「だがな、現状、うちの建造所は超大型軍用飛空艇を二隻同時に建造している。こいつらは、王国空軍の総旗艦になるって話だ。お前さんも聞いてんだろうが? 商会としても、あの大ぼら吹きの事も考えれば……失敗は許されねぇ案件じゃねぇ」

「では、別の建造所に話を持っていきます。二番、三番工廠ならば、少なくとも多少の余裕はある筈です」

「はんっ! あんな、ヒヨッコ共に、商会肝いりのこんな重大事を任せられるかっ!」 

「……では、どうすれば?」

「だから少し待て。二隻を建造し終えたら、そっちに取りかかりゃいいだろう」

「……話になりませんね。どうやら、理解しておられないようなので、もう一度言いますが」


 小娘の目が吊り上がる。

 一見、十代にしか見えねぇが……そんな風に考えていると、痛い目どころじゃねぇことは分かっている。

 あの大ぼら吹き野郎は、間違っても馬鹿を地区長になんかしねぇからな。


「これは、会頭案件です。で、あるならば――それを迅速かつ、完璧に遂行して見せるは、我等の使命。だからこそ、日頃から信じられない程の厚遇を受けていられるのです。王国の片田舎でくすぶっていた、貴方を引き上げ、軍用飛空艇量産に多大な貢献を成させたのは誰です? 今では『王国最高の技師』とすら謳われる貴方が、その事を理解出来ていない筈はありませんよね?」

「無理なものは無理だって言ってんだっ! 建造スペースもなけりゃ、人員もまるで足りねぇっ。どうしても、やれってんなら……今の建造所を二倍に……いや、五倍に拡張してくれっ」

「……意味を理解しておいでですか? それをする為にどれ程の予算が必要だと? 建造所単独では、未だ採算ベースすら危ういんですよ? しかも、資金繰りから見れば、資金を垂れ流している状態なのはお分かりでしょう?」

「出来ねぇなら無理だっ!」

「お、お爺ちゃん、い、言い過ぎ、言い過ぎだからぁ……えっと、あの、現状、手一杯なのは本当なんです。今、建造している飛空艇は過去最大だし……色々、試行錯誤しながらになっていて……」

「リンド! 余計な事は言うんじゃねぇっ! ……で、どうなんだよ? ああ、さっきの二番・三番の連中にってのも止めとけ。少なくとも一番艇はうちで建造してみてからの方がいい」


 あいつらも、多少は使えるようにはなってきてやがるが……まだ、いきなり新しい飛空艇建造を託すには危ねぇ。

 まして、こいつはあの小僧から降りてきた最重要案件。

 失敗は……飛空艇部門全体にとって恥。俺が腹を切れば済む話じゃねぁが、若い奴等に背負わせるのは酷だろう。

 ……まぁ、その前に解任されるかもしれねぇが。こればかりはしょうがねぇ。無理なもんは無理、そう伝えて分からねぇ奴でもあるめぇ。

 

 ――その時だった。見知った男の大声が耳朶を打った。


「タール! お、此処にいたのか」

「アレックス様」

「か、会頭様!?」

「……ちっ、ここで出てきやがったか」


 舌打ちをしながら、立ち上がる。儂とて、この小僧には多少の礼儀を払うわ。

 そんな事を知ってから知らずか、小僧は何時もと変わらない笑みを浮かべつつ、口を開いた。


「スザンナ、どうなった?」

「はっ! やはり、現状一番建造所では難しい、と……」

「爺――ああ、リンドに聞いた方がいいな。難しいか?」

「あ、は、はいっ! ……ちょっと、無理だと思います」

「……小僧、どうして儂に聞かねぇんだっ!」

「いや、だって細かい話はリンドに聞いた方が早いだろ? 問題は、建造所の規模か?」

「あ、は、はいっ! で、でも……採算と資金繰り的に、これ以上拡大するのは……その、商会に申し訳なくて……」

「爺さん、何倍にしてほしいんだよ? 十倍か?」

「じ、じゅ!? ……ふ、ふんっ! 儂は慎み深いからの。五倍で良いわ」

「何だ、珍しいな。スザンナ、リンド」

「「はいっ!」」

「――建造所の規模を最速で十倍に拡張しろ。資金は俺が出す。ああ、その代わり、条件がある」


 あっさりとんでもない事を決めた小僧が、にやり、と笑う。

 こ、こやつ……最初から、そのつもりだったなっ! 小娘が強硬だった事も、演技か……!



「民間用の一番艇は、俺専用にしてくれ。乗せたい奴がいるんだ。空が好きな奴でさぁ。昔、乗せてやる事が出来なかったから……今度は見せてやりたいんだよ。雲の上の世界を、さ!」 

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