第4話 その地区長、野望持ちにつき

「――では、収益については前年比150%増し確定なんですね?」

「はっ! 間違いありません! これでも、大分控えめにしています。実際には、上回る筈です」

「そうですか。皆、本当によくやってくれました。これならば、会頭もさぞお喜びになられる筈です。そして……くくく……あの、会頭に取り入ろうとしている、あの愚か者共に、今日こそ、今日こそは正義の鉄槌をっ……!」

「は、はぁ……。それはそうと、地区長。そろそろお時間です。北方地区長をお待ちしなくても本当によろしいんですか?」

「あ、そうですね。こうしてはいられません。では、後をよろしくお願いしますね。吉報を待っていてください! あの雌狐がやって来たら、先へ行ったと伝えてください」


 そう言いながら書類を手早くまとめ、地区長と呼ばれた人族――薄化粧をし、栗色の長い髪を白いリボンで結っている、童顔、低身長の若い女性だ。一見、まだ十代前半に見える――は、自分の片腕である支店長に後事を託し、スキップをしながら部屋を出て行った。 

 今日はこれから、王国屈指の商家である、『アニエス商会』の大幹部会議が、本店であるのだ。

 大幹部会の名前が冠されたている通り、彼女を含め王都に四人しかいない地区長全員が参加。そして――何時もは厳しい上司が、上機嫌で出かけるのを見送った支店長は苦笑しながら呟いた。


「今日は会頭も参加されるからか。何時もああならなぁ……。だが、他の地区もかなり数字は良いと聞いてるし、どうなるかな。特にあの人がいる――」


※※※


 本店に辿り着いた私は柄にもなく緊張していました。

 会議室には、まだ誰も到着していません。少し早く着きすぎてしまったようです。

 机の上に置いた書類内容については、頭に叩き込んであります。どんな質問でも対応出来るでしょいう。

 手持無沙汰になり、何となく窓硝子に映る自分の姿を確認します。


 ……相変わらず地味な顔です。客観的に見ても『可愛い』とか『綺麗』とは到底言えないでしょう。


 まして、私はこの童顔と低い背。スタイルも悪いですし、未だに十代前半に間違わられる事もしばしば。

 だからこそ、業績内容であの御方をがっかりさせるわけにはいきません。

 残りの三人をぶっちぎりにぶっちぎり、予想以上の結果を示す事で、お褒めいただくのですっ! そして、何れは……。

 会議室のドアが開きました。


「お、何だぁ、ちびっ子。今日もまた早いな、おい」

「スザンナ~! もうっ! どうして、西支店で待っててくれなかったんですか! わざわざ、車回したんですよっ!」 


 そう言いながら、狐族の美女が近付き、私に抱きついてきました。 

 ……頭に伝わる柔らかい感触。ちっ。

 これは、有罪です。大罪です。断固として抗議します。


「……ヴィオラ、離れてください。邪魔です」

「そんな事言って~。本当は嬉しいくせに~」

「はーなーれーろー!」

「ふははっ! お前さんら、本当に仲が良いな。それにしても――あいつはまだ来てねぇのか? 何時もは、ちびっ子と同じ位に来るだろうに」 


 私の前の椅子に腰かけた、人族の男性――南方地区長ピエトロが疑問を呈します。相変わらず、髭が鬱陶しいですね。

 けれど……言われてみれば、確かに変です。

 あの本当にいけすけない、性格がねじ曲がっている男がいないなんて。何かあったのでしょうか?

 別に心配しているわけじゃありません。勝ち逃げされるのは、私のプライドが許さないだけです。

 銀の懐中時計をちらり、と確認します。そろそろ、会議開始の5分前です。

 同時に、扉が開きました。反射的に立ち上がります。


「すまない。少し遅れた。ああ、楽にしてくれ」


 『アニエス商会』会頭にして、王国――いえ、大陸最高の御方であられる、アレックス様が入って来られました。時間通りです。

 ちらり、と御顔を見て、幸せに浸ります。ああ……今日も本当にカッコいい……。

 私が幸せに浸っていると、目の前にティーカップが置かれました。


「ありが……一つ、お聞きしますが」

「何だ?」

「どうして、貴方はそんな恰好をしているんです?」

「愚問だな。僕は何れ、アレックス様の執事になるのだから、当然だろう?」

「何処の世界の話ですか? 寝言は寝てから言ってください」

「アレックス様から許可はいただいている」

「っ!?」


 奥歯を噛みしめながら、目の前にいる黒茶髪の優男――私の幼馴染であり、同じ孤児院出身でもある、クロードを睨みつけます。

 ……わざわざ、早めに本店へ来て、お優しいアレックス様に取り入るなんて……この外道、許すまじ。しかも、執事ですって?

 それは――それは、私がなるものよっ!!


「ふふふ……相変わらず仲良い事だ。もう、くっついてくれて良いのだが。その時は、盛大に祝わねばな。アニエスは若い連中を祝う事も大好きだった……本人も。そろそろ出てきてくれても良いのだぞ……?」

「アレックス様? 何か?」

「ああ、すまない。こちらの話だ。さて――皆、忙しいところすまないな。報告を聞かせてもらう前に、私からちょっとした報告がある。クロード、席へついてくれ」

「はっ!」


 そう言うと、クロードは私の隣席へ座った。

 ……あっちに座ればいいのに。


「既に聞いていると思うが、王国国土地図は無事完成した。色々と迷惑をかけた。感謝している――で、次だ」

「「「「次?」」」」

「うむ」


 アレックス様は、キラキラとした目で私達を見渡し、笑顔を浮かべられた。

 心臓が高鳴る。いったい、今度は何を思いつかれたんだろう?



「国土の詳細が判明した事で、本格的なを築く下準備は出来たと思う――飛空艇を量産し王国の『空』を握るぞ!」

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