第3話 その王子、自称親友につき
「……遅い! まだ、奴は来ないのか!?」
「は。未だ、お見えになられておりませぬ」
「ちっ」
秘書官がいる前にも関わらず、思わず、舌打ちをしてしまう。
王族として、しかも、次代の王になる身としてこのような態度をとることは決して褒められることではない。が、憤りを抑えきれぬ。
どうして、あいつは――アレックスはまだ来ていないのだっ! あれ程、遅れるな、と言っておいたと言うのに。
部屋に飾られている王立学校次席を記念した恩賜の時計を確認。もう式典開始まで時間の猶予がない。
「殿下……そろそろ、お時間ですが……?」
「分かっている。今、行く」
何とか平静を取り戻し、席を立つ。
今日は、これから我が国にとって、極めて重要な事業達成を祝う記念式典が王宮で執り行われる事になっている。
……そこで、あいつについても言及するつもりだったのだが、本人不在のまま発表は出来ないだろう。まさか、そこまで見越しての遅刻か?
ありえる。あいつならば、ありえる。
何しろ、奴は我が国始まって以来の大天才。
やる事なすこと全てにおいて、常人が考えるスケールで物を捉えていないし、私の小賢しい企みなどお見通しなのだろう。
今回の件だってそうだ。
懐かしき王立学校で、初めてこの話を聞いた時は、正直いってとてもではないが不可能だと思ったし、またその重要性が理解出来なかった。
……故に、当時の私を含め、多くの者は奴を笑ったものだ。『それに誰が金を出すのだ? 妄想も良いが、今度はもう少し現実味がある話をしろ』と。
が、愚かだったのは私達の方だった。
周囲の反対を押し切り、王立大学へ進まなかった奴は、あっという間に商売を拡大。そして――自ら莫大な財を投下してその事業を推し進め、初めて作成された王都周辺の実物を王家へ献上。
――それを見た私は、余りの正確さに震えた。同時にその重要性をようやく理解したのだ。
「殿下、式典を開始いたします」
「ああ」
一段高い席へついた、俺に秘書官が声をかけてきた。
王宮内にある大広間は多くの祝賀客達で溢れていた。
貴族もいれば、軍人、民間人も多い。そして、大テーブルに置かれた、無数の料理とワイン。
表情を一様に明るい。皆、今日の意味を理解しているのだ
「……奴は?」
「未だ」
「そうか」
やはり来ないか、アレックス。
――ゆっくりと立ち上がり、右手をあげる。
静まりかえったところで、口を開く。
「皆、今日はよく集まってくれた。外遊中の国王陛下に代わり礼言う――堅苦しい挨拶などいらぬだろう。まずは、実物を見てもらうこととしよう」
私がそう言うと、天井から布製のそれが、降りてきた。
大きなどよめき。何度見ても、本当に素晴らしい。
「これが、わが国初――いや、おそらく大陸初となる、王国国土の詳細地図だ。今までのような、不正確な物ではない。現段階で使用出来る最新測量技術を用いて作成されている。作成計画が開始されて、約10年。今日ここに皆と完成を祝える事を嬉しく思う。今日は、無礼講だ。楽しく食べ、飲み、祝ってくれ!」
――そう、アレックスは王立学校時代から国土の詳細地図作成が必要だ、と何度も言っていたのだ。曰く『そうしないと、諸々不便でしょう?』。
そして、それを自力で実現した。
無論、途中からは国家としても関わったが、大半の資金を出したのは奴個人だ。つまり、この地図に関して言えば……国家戦略上、極めて重要な物なのだが、奴は権利を主張することも出来た。
作成中、何度もその手の議論があがり、何も発言していないにも関わらず誹謗中傷の的に曝されもした。
……が、奴はこの地図で儲けようとは露ほども考えていなかった。
あれは、王都周辺地図が献上された時だったと思う。
持参してくれた奴に対して、軍部、一部官僚、大商人達はこぞって揶揄した。
曰く『敵対国へ横流しするつもりではないか?』
曰く『これを量産し暴利を貪るつもりではないか?』
曰く『地位向上を狙っているのではないか?』
馬鹿共め!
ならば、貴様らがやってみればいい。この地図作成が、どれ程の困難なものであるか……費やされている金額を聞いた財務官僚が悲鳴をあげたのだぞ?
怒りで身体が震え、思わず怒号をあげようとした私を制し、奴はあっさりとこう言った。
『この地図作成に関しまして、アニエス商会及び私個人は、一切の権利を放棄し、王家へ献上する所存。勿論、全土地図完成まで責任を持ってやらしていただきます。ああ、勿論、地位や勲章など結構です。この事業はあくまでも、私個人の願望によるものですので』
呆気に取られた馬鹿共の顔を思い出すと今でも笑ってしまう。
奴等からすると信じられなかったのだろう。
一大国家事業とも言えるこのような大偉業を成し遂げながら、見返りを一切求めない男の存在が!
……せめて、何かしら報いてやることが出来れば良いのだが。
「殿下、アレックス様がお見えです」
式典が始まってから、2時間近くが経ち、皆がワインを浴びる程飲み終えた頃になってようやく、奴は現れた。
祝賀客をかわして、私の傍へやって来た奴へ悪態をつく。
「……遅かったではないか。どうせ、私主催の式典だから遅れたのだろう?」
「申し訳ありません。ワインはご好評いただいてるようで安心しました」
「ふんっ! お前は何時も何時もそうだ。いいか、才ある者には責任があるのだぞ? 私に全てを背負わせるつもりか!」
「才ある御方と心から信じておりますので」
平然とそんな事を言いおって!
貴様に言われても皮肉にしか聞こえぬわっ!
……決めたぞ。やはり、こやつにも多少は背負ってもらうこととしよう。
「アレックス」
「何でしょう? ああ、隣国の地図作成について、今週中に詳細報告をいたします」
「違うわ。今度、我が妻が子を産む」
「それは、おめでとうございます。……正直、本気で妬ましい。ああ、我が女神は何処にありや……お布施が足りんのか? そうなのか? 分かったっ! ならば、倍を……いや、五倍積もうっ!」
「? 何か言ったか?」
「いえ、何も」
「そうか――我が子の名づけは任せる。そのつもりでおれ」
「……へっ?」
珍しく驚いた表情を見せる。
くくく……偶には貴様も悩むと良いわっ!
――我が親友よ。
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