第2話 その少女、優等生につき

「し、失礼します」

「入ってくれ」


 質素ですが、重厚なドアをノックします。中からは若い男の人の声。

 今日という日を、私は人生で一番緊張して迎えました。

 何しろ――今まで、私を含めて、孤児院にいる子達を助けてくれた謎の御方に今から直接お会い出来るんですから、当然です。

 王都の王立学校に来てからも一生懸命、努力に努力を重ねに重ね……どうやら、学年でも上位で卒業出来る事になりました。

 

 ――良かった。本当に良かった。

 

 私が変な成績を取ってしまえば、、その分、下の子達への枠が減るかもしれない、と危惧していましたから……嬉しさよりも安堵の気持ちが強いのです。勿論、あの御方はそんな狭量ではない、とも先輩方から散々聞かされていましたが。

 私の母校となった王立学校はこの国最高の教育機関です。この学校を優秀な成績で卒業出来れば、まず将来も大丈夫、と太鼓判を押されます。実際に教育を受けてみて分かりましたが、全てにおいて素晴らしい、としか言えません。

 入学当時は『孤児院出身者は差別されるんじゃないか?』と不安でしたが、この三年間で嫌な思いをした経験は皆無。私の親友であるパメラは大貴族と言っていい家の子ですが、今ではそんなの全く気にしないで、何でも話せるかけがえない子です。今日の面接だって、彼女が背中を押してくれなかったら、足がすくんでしまって立候補出来なかったでしょう。結果――王都内のとあるお屋敷に招かれることになったんですから、感謝です。

 今の校風は、何でも十五年前に歴代最優秀で卒業され、今では王国屈指の商会を率いておられる方が、こう王家へ進言したことから育まれたものなんだそうです。


『自らの家に誇りを持つことはいいでしょう。けれど……それだけに固執し、歩を止めた者を我が商会では到底雇えません。最高学府だからこそ、成績だけでなく内面を磨かせるべきです。彼等こそがこの国を率いていくのですから』


と。結果、それをきっかけに変革が進み、今に至るそうです。この進言をしたのが、私よりも少しだけ年上の時だと、と言うのですから凄まじいです。

 その方の当時の成績を見る機会がありましたが……もう、何も言えませんでした。とても、人間業とは思えません。未だに『伝説』が語り継がれているのも納得です。

 そんな素晴らしき我が母校ですが……学費はとんでもなく高いです。

 なので、どうしても貴族や、裕福な家の人達が相対的に多くなります。しかし、私を含め孤児院から推薦されて入学した子達は、この三年間、銅貨の一枚だって学費を払っていません。むしろ、銀貨すら見たことがなかった私達からすると、毎月渡される度、未だに震えてしまう金貨でお小遣いまで貰っています。

 

 ――全額をさる御方が寄付して下さっているんです。

 

 孤児院の先生のお話によると、何でも十数年前からずっと続いているそうで、勉強が好きで、成績優秀な子は王立学校へ。それ以外の子達も、読み書きと計算といった教育を受けられます。それだけでなく、手先が器用な子はその道へ進む支援まで……。

 それに対しての代償は、王立学校卒業時にその年の卒業生数名が、直接その御方と面接する、というものだけ。お金を返せ、とはまったく言われないそうです。

 

 ……正直、今でも信じられません。

 

 孤児院から王立学校へ進む人間は、毎年、王国各地から数十人はいます。

 それだけで私の感覚からすると、信じられない額が必要になります。なのに、それを返さなくていいなんて。いったい、誰がそんな酔狂な事をしているのでしょう? まるで、一世紀前に同じような事をしていた伝説の篤志家のようです。

 けれど、この支援をしてくれている方が誰なのかは、今日まで分かりませんでした。先生方や、卒業した先輩にも聞いていましたが、皆『それは秘密』と教えてくれないのです。

 きっと、もう年齢を重ねられて財産を遺す相手もいない――そういったご老人なんだと思っていました。そう、つい先程までは。

 ――緊張に震えながら、部屋の中に入ります。


「やぁ、初めまして、ニーナ。今日はすまないね。さ、そこへ座ってくれ」

「は、はいっ!」


 中にいたのは一見強面のように見えますが、目がとても優しく、声も穏やかなスーツ姿の男性でした。下手するとまだ20歳代です。

 カチコチになった手を足を何とか動かし、椅子へ座ります。すると、私の前には紅茶が入ったティーカップ。そしてケーキ。


「ああ、そんなに緊張しないでいい。お茶を飲みながら、これまでの話を聞かせてほしい。紅茶とチーズケーキだが、大丈夫かな?」

「は、はいっ!! えっと、あの……貴方様が……私達を救ってくれた『天使様』ですか?」

「『天使様』?」

「あ、そ、その……私がいた孤児院では、貴方様の事をそうお呼びしているんです」

「……天使ねぇ。色々御大層な呼び名が増えていくな。呼ばれるよりも俺の『天使』いや『女神』に早く会わせろと何度言えば……意趣返しか? 意趣返しなのか? この子も違うみたいだし……」

「? な、何か、お気に触られましたか!?」

「ああ、違う違う。私はそんな、御大層な男じゃないんだ。多少、運があって、今も周囲の優秀な者達の力で、何とかやれているだけだからな――改めて、アレックスだ。一応『アニエス商会』の会頭を務めている」


 ――それから、2時間もアレックス様とお話が出来ました。

 何でもない私の話を、本当に楽しそうに、嬉しそうに聞いてくださいました。

 帰り際には、玄関までお見送りまでしてくださって! 本当に夢のような時間……。

 しかも、話はそこで終わりませんでした。

 寮へ戻り、パメラへ報告をしていたら、突然、先生方がやってきて封筒を差し出してきました。

 ――裏には、薔薇の家紋。

 王国屈指の商家であるアニエス商会のものです。

 恐る恐る、破かないように開け、中身を確認すると――私は言葉を喪いました。

 横から、パメラがそれを覗き込み、私に抱き着いてきます。

 そこにはこう書かれていました。


『先程は楽しい話を有難う。貴重な時間を使わせてしまって申し訳なかったね。そのお礼というわけではないのだけれど……君が望むならば、王立大学への進学を支援したいと思う。返答を待っています。『天使ではない、君達の小悪党より』』


 嗚呼! あの御方はやはり『天使様』……いえ、『神様』です! 

 『小悪党』だなんて、とんでもありませんっ!

 パメラ、これでまた大学も一緒に行けるわね。嬉しいわ!

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