第1章
第1話 その男、転生者につき
いきなりで申し訳ないんだが、俺は転生者だ。
ああ、別に頭がおかしくなったわけじゃない。もしかしたら、おかしいのかもしれんが、今の所、日常生活に何も問題は発生していないし、金儲けその他諸々も順調だ。変わっているのは、前世の記憶があるって事だけ。
転生前の俺は、それはもうどうしようもない男だった。
若い頃から、金、金、金……とにかく、金儲けに走るだけ。商売の才覚は多少あったから、30歳を越えた時には、王都でも知られる位にはなっていた。
……だが、当時の俺は満足出来ず、更に金を望んだ。
そんな馬鹿な俺が考えたのは、自分と同じ位か、それ以上の家と繋がること。要は、婚姻だった。
別に愛情なんか必要じゃない。必要なのは金。そう金だ。
……今、思い返しても、本当にどうしようもない。思い返す度、自分の脳髄を引きずり出したい想いに駆られるが、まぁ、当時の俺はそういう屑であり、下衆だったわけだ。
で、色々と探していくと――ある女にいきついた。
曰く『莫大な資産を遺して逝った某商人の孫娘。既に商売は他人に渡している』
曰く『資産をほとんど使っておらず、慎ましく生活している』
曰く『子供を産む事が出来ない。年齢も40歳近く、天涯孤独の身』
最高だ! 俺はすぐさまこの女に飛びつき、そして、仮初の結婚をしたのだ。
……今、思えば前世で俺がした判断の中で唯一、他者に誇れるものはこれだけのように思う。
何せあいつと――アニエスと結婚したのだ!
どんな時でも、俺を待っていてくれて、全ての話を嫌な顔一つせず聞き、愛してくれた、あいつと!!
どうしようもない屑で、下衆で、悪党にもなりきれない小悪党だった、この俺がだっ!
何という奇跡……神は基本的にろくでもないと思うが、教会の一つや二つは礼に建てる事を躊躇なんかしなかった。当時も、今も。
それにしてもこの時代は当時から約一世紀が経っているみたいだが、調べてみると出るは出るは……当時の俺を褒め称える伝記やら、俺が書いていない自伝やら……で、ここに書かれている、何処ぞの聖人擬きは誰なんだ?
はっ? 俺? いやいやいや……。
莫大な財産を築いた?
はんっ! そんなのは、単に運が良かっただけだ。
しかも、それだってあいつが何も言わず、自分の財産を俺に使わせてくれたからに過ぎず、数倍、数十倍、数百倍、数千倍に増えていったのが真相。俺は投資をしただけだ。
生前の善行?
昔も今も我欲だけよ。
『寄付はする。足りないなら教会も建てる。だから、あいつを生まれ変わらせてほしい。出来れば、俺も同じ時代に』
……まぁ転生は叶ったから多少は効いたんだろう。そこは感謝している。だから、次はとっとと会わせろ。出来れば、今すぐ……今日にでもだっ。
見事な死に様?
醜態なんか晒したら、どの面さげて、あいつに会えばいいんだよっ!
俺は、前世ではあいつにまるで釣り合っていない男だった。だから少しでも、今度会う時までに、あいつへ近づかないとっ!
そうこうしている内に――今年で、転生してから30年。
未だ出会えていない。何という無能……あいつは、約束を守る女だった。俺が転生したのだから、あいつも必ずしている筈なのだが、見つける事が出来ない。
あいつに少しでも釣り合う男になる為、今世では我武者羅に努力を重ねてきたというのに、このざまである。情けない。所詮、俺は小悪党に過ぎないのだ。
幼い頃から『神童』とは謳われた。
当然だ、俺には前世の記憶と経験があるのだ。単純に反則をしているに過ぎない。
王立学校も首席で卒業することが出来た。
次席になった本物の天才だった男を見て、自分の才覚が所詮はちんけなものだと、思い知らされる良い経験だった。奴が、王子だと知った時は得心したものだ。流石、名君を輩出し続けているだけのことはある。
両親から継いだ当時零細の商家は今や王国屈指にまで成長した。
これで、あいつを好きに探すことが出来る。国土詳細地図作成を王室へ提案したのは、単に不便だったからに過ぎない。何れは大陸地図も作りたいところだ。
毎年、王国全土の孤児院に莫大な寄付を続けている。
あいつは子供が好きだったし、もしかしたらその中にいてくれえば、と……。
晩年、あいつが興味を持っていた動植物保護も順調だ。
その副産物で研究が進み、獣害が減少。作物生産も向上し、何故か各地から感謝されている。そんなつもりはこれっぽっちもなかったんだが……。
散々、教会を建てたり、寄付をしていたら、何時の間にか教会内では『聖人』候補になってもいる。
そ・ん・な事はどうでもいいっ! 早く、あいつに会わせろっ!!
会えないならば、せめてあいつの絵を……と思い、様々な画家に依頼をかけたが、考えてみれば俺は結婚した後の数年間、あいつを放り出し飲み歩いていたし、当然だが若い時のあいつを知らない。どうせなら、綺麗な絵の方があいつも喜ぶと思う。
結果、何百枚もの絵画を描かせるだけになり、何時の間にか『芸術の庇護者』だと思われている。違う。そんなつもりは毛頭ない。まぁ、捨てもしないが。
そんな事とつらつら思っていると、部屋の外から老執事の声がした。
「――ご主人様。そろそろ、夕方の会議のお時間です」
「分かった。今、行く」
これでもそれなりの商家の主。決める事は多いのだ。
はぁ……それにしても……立ち上がった瞬間、机の上に上半身を投げ出す誘惑に抗しきれない。
「……今日もまた、会えなかったか……。うぅ……何時になったら会えるのだ……。寂しい……このままでは、俺は寂しくて死んで……い、いやっ! 会うまでは死なん。死なんぞぉぉぉ!!」
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