第11話 その少将 苦労人につき

「――この通りだ、エドワード殿。どうか、会頭殿に御取次ぎをお願いしたい」

「他ならぬトーロ少将閣下の御申出、本来であれば諾、と頷きたいところではございますが……この一件、我が主は大層お怒りでございまして、とてもではありませんが、私如きの意見を聞かれる状況では……。やはり、お諦めいただくしか道はないかと愚考いたします」

「それが出来るなら苦労はない。あの二隻は、我が王国空軍の威信がかかっている代物。既に皇太子殿下御臨席の観艦式の日取りも決定しているのだ。ここで、完成遅延などということとなれば……我等は、国内外の笑いものだ! そちらとて、たたではすむまい。今ならば……そう、今ならばまだ遅れを取り戻せる筈だ。頼む、この通りだ……!」


 その日、アニエス商会に朝から乗り込んだ俺は、ここ最近で何十回目になるか数えたくもない、頭を下げていた。

 目の前に座っているのは、アニエス商会の大番頭にして、会頭専属執事のエドワード殿。一見、物静かで穏やかな初老の男にしか見えないが、その内実は恐ろしい。あの会頭に直接意見し、かつその意見を通す程のやり手。

 ……当然の事ながら、空軍総司令部が送り込んだ、青二才では対抗など出来る筈もない。物事がこじれるだけなのだから、とっとと私に回せば良かったものを。

 事の発端は、私が偶々他国へ出張していた際――いや、おそらく仕組まれたのだろう。軍内部には、商会関連で主に折衝を務める私に対して、やっかみが激しい――の、現在建造が進んでいる超大型飛空艇についての連絡会議だった。

 その日、集まった面々は王国空軍内で、新進気鋭として知られる若手参謀及び建造技官数名と、その上長である准将。こいつは、私の同期であり、昔から何かにつけて、ちょっかいをかけてくる面倒な男だ。

 ――そして、商会側は、普段、この手の会議には中々顔を出さない、アレックス会頭御自身が参加。

 後から聞いた話では、無理に参加を要請したとのことだ。阿呆共が……あの御仁に相対する時は、余程、気を引き締めなければ大変な事態になるというのに。

 案の定、会議は荒れたそうだ。

 のっけから、若手参謀と建造技官が『予想性能が不足している。これでは、戦場で使い物にならない』『建造期間が長すぎる。我が王国空軍工廠で行えば更なる短縮は可能だった筈で、費用もここまでかからなかっただろう』云々と難癖をつけ、それに対して商会側からも激しい反発。

 ……当然だろう。何しろ、性能については既に我等も了承済み。工廠で建造不能だったからこそ『建造スペースを取り過ぎて、とても……』と、何度も断っていた先方を、拝み倒して承諾してもらった経緯があるのだ。

 それを今更になって蒸し返されて、いい気持ちになる筈がない。

 お互い一歩も退かず殺伐として空気の中、あの馬鹿が決定的な一言を吐いたらしい。


『アレックス会頭、貴殿に愛国心があるならば、この場を収めてもらいたい』

『具体的にはどのような事でしょうか?』

『分かっているだろう。性能向上、建造費用の更なる引き下げ、短縮だ』

『はい、分かりました――と、応じたいところではありますが、物理的にとてもとても。申し訳ありませんが、現段階でほぼ儲けもありませんし、これ以上の短縮も、工員達にいらぬ負荷をかけるだけ。その後の建造にも支障が発生するでしょう。精神力ではどうにもなりませんな』

『貴殿は、我等が精神力で物を述べていると言いたいのか?』

『……そろそろよろしいでしょうか。この場でこれ以上、話をしても無駄のように思えます。お渡しした資料以上のことは、不可能です』

『……たかだが、一商会の、しかも貴族でもない貴殿に、将官である私がここまで言っているのだぞ……! しかも、私はこんな話を聞いている』

『……何でしょうか』

『貴商会では、民間の飛空艇量産を計画しているそうではないか。地図といい、民間飛空艇といい、うつつを抜かしていると聞く薔薇といい……どうやら、貴殿には大局を観るという能力に欠ける所があるようだな』


 その場にいなくて良かった! いや、いた方が良かったのか?

 馬鹿だ、馬鹿だ、と思ってはいたが……よもや、そこまでの大馬鹿だったとは……。

 あいつが発した言葉を聞いた取り巻き共も、会頭を嘲笑したというから、どうしようもなく救いがない。

 ――それを聞いた後、会頭殿は立ち上がられ、咎める声も無視し、自分の部下達に『……すまない、後は任せる』と言われて部屋を後にされたそうだ。

 で、未だ自分達が何をしでかしたか分かっていない馬鹿共は、残った商会側の人間を攻め立てようとし……粉微塵にされた。

 あの、自信の塊でしかない若手参謀がそれ以降、自宅に引き籠っているというし……建造技官達はうやうやしく渡された機密建造資料を見た後、卒倒したそうだ。とてもじゃないが、軍工廠で建造出来るものではなかったらしい。

 無論、これだけで済む筈もない。直後、アニエス商会から無造作に通達された書簡に、空軍内部に激震が走った。


『アニエス商会は、超大型飛空艇の建造を一時中止する決断を致しました』 

 

 ……軍とは体面をとても気にする組織だ。そして、王国空軍の歴史は、陸海軍に比べ浅く、それ故に何かあればすぐ突かれる。

 結果、空軍本部は大混乱に陥った。慌ててアニエス商会へ説得に赴いた参謀連は、その悉くが撃沈。会頭どころか、エドワード殿にも会えず。

 とっとと、軍のトップが出張れば済む問題だと思うが……いらんプライドが邪魔して出来ずじまい。

 最終的には、出張から急遽呼び戻された俺に託されたというわけだ。何と、面倒な……。

 

「閣下――今回の一件、我が主の逆鱗に触れております。最早、事を収めるには、大将閣下が出て来られなければ……」

「ぐっ……それが可能であれば、私はここに来ていないのだ……」

「では、王国空軍は解体。陸海軍の草刈り場と相成りましょう」

「……それ程、御怒りか?」

「はい。我が主は、平然と笑っている時が一番怖いのございます」

「……して、会頭は何処に?」

「ああ、今は、ある用件がございまして、ロス侯爵家へ」 


 ……仕方ない。

 これは、大将をどうにかして引きずりだそう。

 嗚呼、また白髪と抜け毛が増える。髪を染めるのも無料じゃないのだぞ、あの馬鹿共めっ!

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