第15話 その優等生、お年頃につき

「――うん、分かったわ。ありがと、ニーナ。流石、色々な本を読んでるだけはあるわね」

「ううん。でも、いきなりどうしたの? エリナが経営学なんて……」

「ほんのちょっとだけ気になっただけよ。——いけない。もうこんな時間。私、行かなきゃ。それじゃ、ニーナ、パメラ、また明日」

「うん。またね」

「また、明日」


 そう言うと、私の親友であるエリナ・ロスはテーブルの上に置かれていた本『経営学入門』を鞄に仕舞うと、慌てた様子でカフェを出て行きました。

 ……ちょっとだけ胸がモヤモヤします。何だろ?

 もう一人の親友である、パメラは何時も通りのお澄まし顔で紅茶を飲みつつ、片手をあげて挨拶した後――エリナが店から出たのを見届けると、口を開きます。


「朝だけじゃなくて、帰りまで婚約者自ら迎えに来るなんて、あの子、随分と愛されてるわね」

「……やっぱり、そうなのかなぁ」


 エリナは、とても頭が良くて、とっても可愛い子で、今は私やパメラと同じ王立大学の学生です。

 三か月前までは、家の事情で行けるか分からなかったんですけど、エリナ曰く『実家に売られた』らしく、王国随一の商家であるアニエス商会、その会頭であるアレックス様の婚約者、という事になっています。

 最初に聞いた時は『貴族様って大変なんだなぁ』という思いと、『でも、アレックス様ならいいかも……』という誇大妄想でした。わ、私、何を考えてっ!

 あの御方の支援を受けて大学に通わせていただいているのに、もっとお傍に行きたいなんて……そんな大それた事……ちょっと、落ち込みます。


「はぁ……」

「はーい。五回目」

「へっ?」

「ニーナの溜め息。貴女、最近多いわよ? 気になっているなら、エリナに直接聞いてみればいいじゃない。『アレックス会頭のこと、どう思ってるの?』?って」

「そ、そんなの聞けないわよぉ……」

「私は聞いたけど?」

「!? な、何て、言ってたの??」

「『……分からないわ』って」

「そっかぁ」

「……ニーナ、今、ほっとしたでしょう?」

「そ、そんな事ない、……と、思うけど」


 取り繕うようにレモンティーを飲みます。あ、美味しい。

 何でも、柑橘類を使うお茶の飲み方は王都を中心に少しずつ流行しつつあるそうです。うちの教授達にも色々な人達が栽培方法を聞きに来てますし。


「ニーナは、どうしたいの? アレックス様の奥さんになりたいの?」

「奥さん!?  パ、パメラ」

「もしくは愛人? まぁ、この国だと大貴族になれば女を囲う事はまだあるみたいだけど」

「ああ愛人!? ち、ちょっと、ま、まだ、外は明るいんだよ!?」


 平然としつつ、くすくす、笑っている親友。

 ……また、からわかれたみたいです。


「パーメーラー」

「ニーナは本当に可愛らしいわね。でも――本当にどうするの? エリナ、今は戸惑いの方が強いみたいだけど……分かってるわよね?」

「う……わ、分かってる、けど……で、でも、私に出来る事なんかないし……エリナの方が絶対に可愛いし……」


 エリナはまだ、今の状況に慣れていないみたいです。

 と、言うより、アレックス様が示されている自分に対する厚遇の理由を考え過ぎてしまっているのでしょうか? あの子は頭が良すぎる分、ちょっと考え過ぎてしまうから……。

 だけどさっきもそうだけど、帰りの車の時間近くになるとそわそわして、気もそぞろになるし、絶対にその時間に何か予定を入れようとはしません。大学に入ってから、平日遊びに行ったのなんて数える程です。


『……居候の身だから、使えるお金がなくて。だから、二人共、遊びに中々行けないのよ。ごめんなさい』

 

と自嘲してたけど、私にすら過剰なお小遣いを下さるあの御方が、エリナにそうしてないなんて考えられませんし。単に、その時間を彼女を楽しみにしている、というのうが私の推理です。

 それに――あの二人、とっっても御似合いなんです! 

 休日のある日、パメラと買い物に出かけていたら、街中を並んで歩く二人を見た時は、思わず感嘆の声を漏らしてしいました。何故か、そんな私を見てパメラは呆れてましたけど。


「……あのね、ニーナ。恋は戦争らしいわよ? たとえ、それが親友であろうとも、戦わないで幕引きを図るのはどうなのかしら?」

「そ、そんな事言われても……パ、パメラだって、アレックス様と会う時は、鏡の前で凄く時間かけて、お化粧してるじゃないっ!」

「…………そんな事はないわ、ええ」

「ほんと?」

「本当よ。私が、エリナとニーナの想い人に懸想する筈なんてないじゃない」


 パメラが前髪を指で弄っています。

 これ、この子が嘘をつくときの癖なんです。

 ……親友三人が、何となくいいな、と思っている相手が重なるなんて、仲が良い事の証明なんでしょうか?


「はぁ」

「六回目」

「……数えないでよ」

「それで、ニーナはどうするの? 諦める?」

「……分からないわ、まだ」

「まだ?」

「うん。だって――私、恋、ってよく分からなくて……パメラは、ちょっと、ねぇ?」


 目の前で、親友が笑いを堪えています。そ、そんな変な話だったかなぁ?

 ……でも、本当にどうしたらいいんでしょう。

 一つだけ分かっている事は、こうやって大学に通えて、講義が終わったらカフェに来れて、親友とお喋り出来る――これを与えてくださったのはアレックス様、だということです。

 何時か必ず、この御恩は返さないといけません。だから――取りあえず今は勉強を頑張ろうと思います。

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