第22話 その老執事、情報収集中につき

『――のようです。最早、金庫内にも現金はないかと』

「そうですか。ご苦労様です。引き続きよろしくお願いしますね」


 部下との通話を終え、少し考えます。

 ……ロス侯爵家の財務状態、思った以上に悪いですね。

 エリナ御嬢様をお迎えした後、アレックス様の御指示はございませんでしたが、この程度は、当然の事。質問があった際、応じられなければあの御方のお傍にいる資格などありません。

 借金の額は、アニエス商会から見ればどうということはない額です。

 が、一貴族がするものとしては……最悪、御家取り潰しの可能性もある額です。

 しかも、そこまでして収集している美術品も侯爵が誇っておられる程の価値はどうやら……ノックの音がしました。


「どうぞ」

「失礼します」

「これは――エリナ様。如何されましたか?」

「アレックス様が、「珍しいお菓子を手に入れたからお茶にしよう! エドワードも呼んできておくれ」、と」

「それはそれは……して、本日は大丈夫そうなのですか?」

「大丈夫……なんでしょうか?」


 小首を傾げられつつ笑われているエリナ御嬢様の表情には、幸せが滲んでおられます。

 この御方はとてもとても聡い。御自身が置かれた立場を正確に認識しておられる筈です。当初来られた頃は影が差していましたが、今ではそんな様子、微塵もございません。

 

 これ全て、我が主の愛の賜物!

 

 商会内外では色々と言われているようですが……これでも、アレックス様お傍にお仕えして長い私には分かります。

 間違いなくアレックス様はエリナ様を愛しておられます。

 けれどそれは強引なものではなく――そう、まるで数十年連れ添い、深く深く愛を育んだ細君に対するそれのように見えます。

 ……故におそらくアレックス様はエリナ様の御意志を尊重されるでしょう。私の目からは杞憂以外の何物でもないのですが。

 いざとなれば、我が職務を賭けて注進しなくてはっ!

 

「エドワード様? どうかされましたか?」

「いえ、こちらの事でございます。参りましょう」


 どうやら思わず顔に出てしまっていたようです。

 私もまだまだ修行が足りません。

 老いたりとはいえ、このエドワード、まだまだ若い者達には負けませぬっ。 



※※※



「エドワード」

「はっ」

「……ロス侯爵家の財務状態の件なんだが」

「こちらを」


 お茶会が終わり、エリナ様が自室に戻られると――本題が待っていました。

 資料を持ちこんで正解でしたね。御茶菓子も本日は当たりでしたし。

 アレックス様がざっと目を通されていきます。

 相変わらず信じ難い速さです。

 一度秘訣を聞いたのですが「? 誰でも出来るだろ、これ位。皆、やろうとしてないだけだよ。エドワードの作ってくれる資料は読みやすいからな。何時も助かっている。有難う」。いえ、出来ぬかと。

 ―—机に資料を置かれ、溜め息を吐かれました。


「……借金の要求は?」

「はっ……ほぼ毎日。また、一部取り立てに関しては……」

「俺の名を出してるか」

「……無論、全て手は打っておりますが、揉み消すのも限度がございます。ぶんやに嗅ぎ回られるのも時間の問題かと」

「そうか」


 アレックス様が、目を瞑られ考えを巡らされています。

 普段であれば、即座に潰して仕舞いなのですが……仮にもエリナ御嬢様の義父様です。

 我が主は王国内、いえこの大陸内で最も慈愛深き御方。人道に外れる行為はお好みになられません。


「エドワード」

「はっ」

「……すまない。お前の意見を聞かせてくれるか」

「では、僭越ながら――侯爵家に当座の金銭を渡す」

「既に相当額を渡している。これ以上は、度が過ぎているだろう」

「借金全てを引き受ける代わりに、縁を切る」

「それは容易い。容易いが……エリナの実家だ」

「ならば、お潰しになりますか?」

「……俺は権力なんかいらん。所詮、一商人だ。侯爵家なんか潰してみろ。内外が五月蠅くてかなわんぞ」


 分かっております。加えて、エリナ御嬢様が悲しまれる事は出来る限り避けたいのですね。

 では、取れる策は限られます。効果も絶大ですが……我が主が望まぬ路でもあります。


「……あれかぁ。貴族になるか、鬼畜になるか、か」

「エリナ御嬢様をお切り捨てになれば」

「……エドワード」

「申し訳ございません」

「いや、すまない。お前に言い難い事を何時も何時も……ほんと、すまない」

「勿体な御言葉でございます」

「……報告書に書いてあった件、本当なのか? バレれば庇いきれんし、流石にそこまで愚かだと」

「未だ内偵の段階ではありますが……限りなく黒に近いかと」

「…………美術品欲しさに売国奴にもなる、か」


 アレックス様が深い溜め息を吐かれます。

 ―—黙考される事しばし。

 私の目をしっかりと見られ告げられました。


「内偵を進め、確実な証拠の入手を。借金の件は生かさず殺さずとしよう。俺の資産から回しておいてくれて構わない」

「……はっ」


 これ程までに沈痛な表情を浮かべられたアレックス様を見た事はございません。

 おのれ、おのれ……ロス侯爵っ! 

 我がお優しき主に心痛を与えるとは……その罪、万死に値します。

 エリナ御嬢様や使用人達をモノとして扱った行動のツケ、何れ必ず取り立てを致しましょう。ええ、必ず!


「……エドワード、また良からぬ事を考えていないだろうな? くれぐれも穏便にな。よろしく頼む」

「はっ! 肝に銘じまして」

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