第20話 その侯爵令嬢、困惑中につき

 どうして、私はこんな所にいるんだろう。

 

 何時も一緒にいる親友二人はいない。ニーナがエリナを連れ出したのだ。

 ……本当だったら私も行く予定だったのに。何で、何で、こんな事に。

 はぁ、取りあえず落ち着こう。今更、ジタバタしたところで状況は変わらないのだから。

 テーブルの上に置かれている、最近、王都で流行り始めた珈琲へミルクと砂糖を入れて、かき混ぜる。

 漆黒の液体に、渦が生まれ、消えていく。ちょっと楽しい。

 この珈琲を流行らせたのもアニエス商会なんだそうだ。時代の最先端には、必ずあの商会――いや、あの方の影が見える。

 いったい、何処まで先へと進まれるつもりなんだろうか。

 話すととても丁寧かつ親切な方だし、エリナに対する態度は愛情に満ち溢れている。見ていて私とニーナが赤面してしまう程だ。

 けれど――その仕事ぶりは、凄い。ただただ、凄い。

 何度か、仕事場を見学させてもらったけれど、人間がする仕事量じゃない。頭の中はどうなっているのか……あれを見たら、簡単に身分差云々を持ち出す、貴族達がいっそ憐れに思える。だって、勝ち目絶無だもの。

 あの仕事量をこなしながら、エリナ専属の運転手までやっているんだから……おかしい。あの人だけ、一日の持ち時間が多いんじゃないかしら?

 珈琲と一緒に頼んだ果物のタルトを食べる。美味しい。よし、少しだけ落ち着いてきた。


「御一人ですか?」

「——えっ?」


 思わず変な声が出る。

 顔をあげると、見知らぬ青年。多分、貴族かつ王立大学校生。私よりも、年上に見えるから、先輩なんだろう。


「座っても?」

「あ、ごめんなさい。人を待ってますので……」

「それは残念。ですが、ここでお会いしたのも何かの御縁。御名前を聞かせて」 


「ああ、遅れてしまった。すまない、待たせた」 


 カフェの中に息を切らせて入って来られた私の待ち人――アニエス商会会頭のアレックス様が、笑顔を浮かべられていた。

 ……この方、エリナの話だと30歳らしいのだけれど、とてもそうは見えない。反則だ。なので、少しだけ虐めようと思う。


「呼び出しておいて、女を待たせるなんて……扱いがなっていません」 

「本当に申し訳ない。昔もよく怒られたんだが……。この穴埋めはするよ」

「……エリナとニーナには内緒にしてあげます」 

「ありがたい。それで――えーっと、パメラの」

「赤の他人です。さ、行きましょう」 

「なっ!」

「珈琲を飲んでからでも、いいだろう? あ、俺にも珈琲を」 


 さっさと、私の対面に座られてしまった。

 半ば無視されている青年は怒りで肩を震わせている。

 ……この後の展開が容易に読める。


「僕を無視するなっ! 僕を誰だと――」

「お客様。騒がれては困ります。こちらへ」

「は、離せっ! な、何をするんだ。僕は、僕を――」


 店員さんに止められて、連れて行かれる青年、とてもとても分かりやすい。

 珈琲が飲める。つまりここはアニエス商会が経営している。そんな事も分からないなんて……。

 最近、一人で歩いているとよくこうやって声をかけらのだけれど、ああいう人ばかりだ。私ってそんなに頭が悪く見えるのだろうか……かなり凹むわね。

 アレックス様が入って来られてから、店内には緊張が走っている。とても気さくな方だけれど、やっぱり経営者は経営者。気になるのだろう。

 

「今日はすまなかったね。ニーナにも無理を言ってしまった」

「そうです。後できちんと何か御言葉をかけてあげてくださいね? ……それと、明日の朝、エリナが凄く不機嫌でしょうから、覚悟してください」

「まさか——今日、迎えに行けなかった事をそこまで……?」

「あ、違います。早めに言ってくれないと、って」

「そ、そうか……そうだよな。あの子からすれば、俺は……」

 

 嘘です。アレックス様の婚約者になってから、初めて彼自身が迎えに来ない事を、エリナはとても気にしていました。

 普段は、何があっても食事をする子なのに今日は全然食べず。口数もとても少なく上の空。

 ……素直じゃないので、明日の朝は大変でしょう。

 そして、また昼に凹み、迎えに来られたアレックス様を見て、心底安心するのです。

 

 分かりやすい。さっきの青年の行動と同じ位、分かりやすい。


 それにも関わらずお互い、一切、手を出さないのだから……見ていてもどかしいし、凄く困惑する。

 これで――理由は勿論あるのだけれど二人きりで会っている事を知ったら、絶対拗ねるのに。

 ……ニーナ、ちゃんと誤魔化せてるかしら。


「それで、早く本題に」 

「この珈琲、やはり美味いな。パメラもそう思うかな?」

「……美味しいですけど。珈琲を使ったお菓子とも美味しいかもしれませんね」

「お、確かにそうだな。今度、試作してみよう。ありがとう」

「いえ……」


 だから、そうやって無防備な笑顔を振り向かないで!

 自分の中で蓋をしている想いが――溢れそうになる。

 ……私は、この方に惹かれている。

 でも、仕方ないと思う。だって、今まで会った男性で一番、仕事が出来、一番優しく、一番私の事を大切にしてくれてるから。

 でも、この恋は不毛。最初から負け戦。だから、言葉になんかしない。

 だって……この方はエリナを心から。


「さ、本題に入ろうか。エリナの誕生日に何を贈ればいいか……迷いに迷っていてね。君に助けてほしいんだ。本当に頼むよ」


 馬鹿。鈍感。残酷です、こんなの。

 ……でも……好きです。

 エリナの事も大好きだから、今回だけは協力してあげます。 

 

 一度くらい貴方とデートをしてみたかったですから。

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