第19話 その教授達、恥ずかしがり屋につき

「嫌です。貴方だけで行って下さい。そろそろ、田舎へ引き籠ろうか、と思ってる位なんですよ? イーデン王子も御臨席されるそうですし……王国の偉い方々に顔を売る良い機会じゃないですか。ほら、栄達への路はすぐそこに」

「ははは。面白い冗談だ。それと、引退だと? あの三人が研究室に入って以降、来年の募集枠についても問い合わせが何十件来ていると思っているのだ? そもそもだ……あの男から許可が出る筈なかろう。むしろ、永続勤務の可能性すらある。私一人ではぜっったいに行かぬからなっ。死ぬ時は一緒だっ!」


 数十年の付き合いである親友兼戦友を睨みつけます。長い付き合いじゃないですか。私が人前を苦手にしている事は重々承知な筈。

 にも関わらず、そのような死地――王国初の民間用飛空艇の竣工式への出席を求めてくるとは……これは、友情を考え直せねばならない事案です。


「私とて、人前は大の苦手なのだぞ? それは、お前さんも知っていようが。しかも、だ……」 

「まだ、何かあるんですか? もしや、ついでに説明でもしろと? 貴方の専門である植物学なら、その成果として薔薇やその他の物を見せれるでしょうし、まだ何とかなるのでは?」

「……薔薇の花束を渡してほしいそうだ」

「はぁ」


 意味が理解出来ません、薔薇の花束を渡す? 誰にでしょうか?

 ですが、その程度なら引き受けて――いえ、嫌な予感がしました。これは、聞かない方が良さそうです。

 急いで荷物をまとめ、立ち上がります。


「では、今日はこれで。三人も、今日は何でも彼が夕食を御馳走する、との事で早くに帰りましたしね……何です、この手は」

「まぁ待て。時間はたっぷりあるじゃないか」

「妻が」「お前の奥さんは旅行中だろう? 私の妻と一緒に」

「……忘れていました、今日は娘と孫が」「その娘さんとお孫さんも一緒に旅行だろうが?」

 

 これだから、長い付き合いというのはっ! こっちの情報が筒抜けです。

 ……家も隣なので隠しようもないのですが。

 仕方なく、鞄を置き、背を向けます。


「おい」

「帰りませんよ。お茶を入れるだけです」


 彼女達三人が来て、一番変化が大きかったのは、お茶を含め飲み物の種類がとても増えた事でしょう。勿論、御茶菓子もです。

 お湯を沸かしつつ、尋ねます。


「それにしても……何でまた、私達の名が? 彼はそういう所を配慮して下さると思うのですが」

「……優秀な生徒様からの懇願だそうだ。『教授達は凄い方々です。式典に呼ぶことは出来ないのでしょうか?』とな。あの男のあれ程、楽しそうな顔を見たのは初だな。何でも、式典後、二人で初飛行を楽しむんだそうだ」

「溺愛してますねぇ」

「そうだな。とっとと嫁にすればいいものを」

「貴方のことです。どうせ、そう言ったのでしょう?」


 お湯が沸いたのでお茶を入れます。

 良い香りが鼻孔をくすぐります。御茶菓子は、クッキーで良いでしょう。


「お、すまん」

「高いですよ。で、彼は何と?」

「『……エリナはそれを望まないだろう。それに身分の差もある。俺は彼女が幸せになるのならそれでいいんだ』。……私には分からん。身分の差など、あの男には関係あるまい。確かに最初の頃は、多少ぎくしゃくしていた。けれど、今では――お前にも分かるだろう?」

「そうですねぇ。毎日、彼が迎えに来る時間近くになると、誰の目にも明らかな程そわそわし始めて、姿が見えると嬉しくて仕方ない、といった様子に見えますね。一生懸命、平静を装ってますが」

「だろう? あいつは人の機微にそこまで疎くない。で、なければ、一代であれ程の商会を作り上げられないだろう。それにも関わらず……こと、エリナ嬢に関しては妙に憶病だ」

「確かに。ただ――なるようになるでしょう」

「ほぉ。達観しているな」

「実例を知ってますからね。貴方が結婚するまでの経緯に比べれば……今思い返してみても、あの鈍感さは酷かったですからね。何度、ぶん殴ろう――こほん、教育的指導をしようか、迷ったものです。それに比べれば微笑ましいじゃないですか」

「なっ!!? そ、それを、今、蒸し返すのか? ……ならば、私にも考えがある! 忘れもしないぞ、あの晩を。突然、酔っ払って私の下宿先に上がり込み『……もう私は、駄目です。彼女を今度のダンスパーティに誘う事すら出来ない。こんな情けない男は、彼女に相応しくないんです……』と、延々と朝まで愚痴り続けたのは何処の誰だったのだ?」

「…………止めましょう。不毛です」

「…………分かれば良い」


 お互いあの頃は若かったのでしょう。

 今、思い返しても赤面してしまいますが。ただ――確かに恩人でもあるのです。

 目の前で、クッキーを齧るこの友がいなければ、私は妻と結婚する事も出来なかったのでしょうし。

 ……ここは私が折れましょうか。義弟として、偶には義兄を立てても罰は当たらないでしょうし。

 

「それで、先程、良いかけた事はなんなのです?」 

「行く気になったか?」

「義兄さんの言いつけは守る、良き義弟ですからね」

「……お前から、義兄さんなどと、呼ばれると痒くなるが。まぁいい。二言はないな?」

「これでも男ですよ、義兄さん」

「止めぃ――が、よくぞ言った義弟よ。今回、あの男が言ってきたのは二つ。一つは私達の式典参加。これはいい。二つ目は――」


 聞き終わった私が、全力で殴……こほん。物理的手段に出たのは言うまでもありません。だってそうでしょう?


 数千、いえ下手すると数万の観客が押し寄せるだろう飛空艇の竣工式。

 その艇が初めて運ぶ品であるその日、収穫された薔薇。それについての説明を公衆の面前でした後、イーデン王子御夫婦へ手渡せなどと……私の心臓が停止してしまいます。

 第一、説明があるならば、そういう事は植物学の専門家がするべき――はぁ? もう伝えた?? 『二人』ですると???


 ——やはり、もう一度話し合う必要があるようですね。ええ、この拳を用いて。

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