第18話 その老主任技師長、疲労困憊につき

「……ここを先に済ませちまえば、いや、だが確証はねぇ。仮にこの飛空艇は確実にやり遂げなきゃいけねぇ代物だ。空軍の馬鹿共のも進める必要もある……」

「——お爺ちゃん!」

「あぁ? ……リンドか」

「……リンドか、じゃないでしょっ!! お客様」

「客だぁ? 知らん知らん! 儂はそんなの知らんっ! お前が出れば良かろうが。儂は、この一番艇が忙しいのだっ!」

「そ、分かったわ――会頭様にはこう言っとくね。『申し訳ありません。我が祖父はお約束の仕事がまだ出来ておらず、情けなさの余り、部屋に引き籠っております』って!」

「うぐっ……ち、違うわいっ。そもそも、そもそもだっ。幾ら何でもいきなり建造所を十倍に広げおった、あの小僧が悪いっ! 工員達は」

「手配してくださったよね? しかも、新米さん達もどうすれば一人前になれるのかの教育まで、継続的に施して下さって」

「し、資材は」

「抜かりがある筈ないでしょう? アニエス商会だよ??」

 

 孫娘に悉く反論を封じれれるとは……。

 どうやら、儂は思っている以上に疲れておるようだ。しかし、儂はここに主任技師長。休むことなぞ、許されぬ。

 儂がいなければ動かぬ仕事も多い。あの小僧に仕事の遅れを報告するのは、情けない話だが……それをするのも責任か……。

 重い身体をどうにか持ち上げると、外から速足の音。もうきおったか。


「よう、爺さん、リンド、入るぞ」

「ちっ! ノックせんか。礼儀知らずの小僧――」

「あ、か、会頭様。こ、こんな汚い部屋に――」

「悪い悪い。珍しく、爺さんが煮詰まっている、って聞いてな。そんな貴重な光景、目に焼き付けない、と思ったんだ」

「……性格が悪いですね。そんなんだから、色々な人からこの前怒られたのでしょう? 少しは御優しくなってください」

「ははは。違いない。エリナは俺に厳しいな。ああ、二人に紹介しておこう。春からうちで預かっているエリナ・ロス侯爵令嬢だ。好奇心旺盛な学生さんでな、飛空艇が建造されている所を見たい! と言うから連れて来たんだ」

「…………肝心要の説明が抜けてるし。エリナ・ロスです。あの『芸術品馬鹿』のロス家です。アレックス様に保護されています。よしなに」


 ほぉ……あの、王国屈指の馬鹿貴族として名高い……。

 だがそれよりも何よりも、だ……この小僧が、この小娘に向ける視線。恋か? いや、違うな。こいつはもっと遥かに深いもんだ。


「で、だ。爺さん」

「出来ておらんぞ。空軍のも、お前さんのも」

「ああ、聞いてる聞いてる。空軍のは、適当に引き延ばしておけばいい。そろそろ、音をあげんだろ。民間用のは、量産技術の確立も兼ねてるんだ。時間がかかるのも当たり前」

「……では、なんじゃ! 儂はこれでも忙しいっ。用がないなら、とっとと帰れ!」

「タール」


 その一言で、部屋の中に、ぴんと緊張が走りやがった。

 ……腐っても王国最大の商会会頭。締める時は締めやがるな。

 解任か。当然。何しろ、小僧が反対していたのを、儂が『そのペースで建造出来る!』と啖呵を切ったのだ。

 

 結果――各飛空艇建造は大幅に遅滞中。

 

 空軍用の超大型飛空艇の問題や、建造所拡大の影響はある。だが、それを踏まえた上で、儂は『可能』と判断した。

 ……結局、小僧とリンドが正しかったわけだがな。

 主任技師長の地位に未練などない。もとより儂には過ぎた地位。が……この現場を離れるのは辛い……。せめて、一技師としては今後も関わらせてもらいたいものだて。


「——アニエス商会会頭として命じる」

「解任は仕方ねぇ。だが……頼む、技師として置いてくれ」

「はぁ? 何を言ってんだよ、爺さん。俺が言いたいのは、だ――ほらよ」


 小僧が封筒を渡してきた。解任ではない、のか……?

 な、何だ、リンド、その生暖かい視線は?

 促され封筒から中身を取り出す。こ、こいつは。「


「休暇だ、爺さん。明日から5日間、建造所に来る事は禁止。婆さんと連れて、温泉にでも行ってこい」

「なっ!? 小僧、儂は」

「疲労困憊してる技術者にいい仕事は出来ねぇだろ? と言うかな、リンド含め、嘆願が大量に来てんだよ。『主任にお休み』をってな。……休日、仕事するってのは、俺も分か」

「……アレックス様? 休日は何の為にあるとお思いですか?」

「爺さん、大人しく休もうぜ。悪いな爺さん……うちのエリナは怒らすとそれはそれは怖いんだ」

「さらっと嘘をつかないでください。私が何時、何処で、アレックス様に怒りましたか?」

「と、いうわけだ。リンド、爺さんが仮に休暇期間中にやって来ても追い返していい。ああ、それよりも婆さんに電話の方がいいかもな」

「分かりました。ご配慮、ありがといございます」


 小僧は、気にするな、といでもいうように手を振ると、ロス家の娘を伴って部屋を出て行った。なにやら、二人の会話が聞こえおるわ。


『……そうやって、私の悪評を流すのやめてくれませんか? 卒業した後に響きますので。責任取って下さるんですか?』

『事実を話しただけだろう。エリナはほんと、俺に厳しいなぁ』

『はぁ? 全然、厳しくなんかありません。それと……どうして、私のことを説明する時――いえ、これは何でもありません。そうですね。私は保護されている身ですからね。貴重なんですよ? 大事にしてくださいね、小悪党さん』

『言われなくても大事にするさ。御嬢様』


 小悪党か。くくく……当たってるぜ。中々、良いセンスを――リンド、どうしたのだ? そのように拳を握り締めおって。


「——これは、お互い想い合っているのに、報われない恋の気配! 私が何とかしないとっ!」


 悪い事は言わん。止めておけ。そんな事に現を抜かすのなら先に婿をだな。 

 ……うむ、す、すまん。失言だったわ。

 明日からの休暇? 取る筈……わ、分かった。取る。取るから、その話は婆さんにするな。儂はまだまだ生きて飛空艇を造り続けたいのだっ。

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