第9話 その老執事、忠義一筋につき

「――お客様ですか? しかも、御主人様を名指しで」

「は、はい。早朝から、門の前でお待ちになられていて……御二人ともどうやら学生のようです。どうしても旦那様にお会いしたい、と。融資や援助を、という申し出ではなさそうでしたので、念の為、エドワード様にご報告を、と。如何いたしましょうか?」

「ふむ……」


 部下の報告を少し考えます。

 我が主である、アニエス商会会頭アレックス様は非常にご多忙です。

 アポも無しに会いに来る、客人全員を相手にするのは幾らあの御方が、神をも超える如き才覚をお持ちでも、物理的に難しいのが現状。本日も既に、軍との折衝で朝からお出かけになられています。その後も、大型の商談が三件程……今週末は必ず、お休みを取っていただけなければなりません。余りにも働きすぎです。

 あの御方が出来る限り動きやすいよう、スケジュールをコントロールをするのは、不肖、アレックス様専属執事である私の役割だと自任していますので。

 今回の件、普段であれば、即座に追い返すところですが……何か気にかかるものがあります。


「分かりました。私が対応します。こちらへお通しを」

「分かりました」


 部下を下がらせ、その間も資料に目を通していると、控えめなノックの音。


「開いています」

「はい。エドワード様、お連れしました。さ、どうぞ、こちらへ。今、お茶をお持ちします」

「ありがとう。よろしく」

「し、失礼します」

「失礼いたします」


 部下に礼を述べ、入って来た二人の女性に向き直ります。

 ああ、この方でしたか。


「おはようございます。アレックス様の専属執事を仰せつかっております、エドワードと申します。御主人様は残念ながら、御不在でして、私が用件をおうかがいいたします。ニーナ様、本日はどのような?」

「わ、私の名前を憶えて?」

「勿論でございます。御主人様があれ程、楽しそうに話を聞かれる機会は滅多にございません。そちらの御方は、スレイド侯爵家のパメラ様でお間違えないでしょうか」

「どうして、私のことを? ニーナと違い私は御家に来たことは」

「私共は、手広く商売をさせていただいております。何かあった時に備え基本的な情報は収集しております」


 呆気に取られた様子の御二人へにっこり、と微笑みます。

 大貴族当人はもとより、その子息、子女についての知識程度は把握しているのは当然の事です。何しろ、アレックス様の邪魔をするのは、とにかく大貴族が多いのですから。その『小石』を取り除く為には、多くの情報が必要となります。一朝、何かあった時、質問に答えられないようでは……専属執事失格です。

 勿論、あの御方は私がたとえ答えられなくとも、気にはされないでしょう。

 ですが、それでは私の気が済まないのです。

 出来る限り、あの御方のご負担を減らすことこそ、我が忠義! その熱き志があれば、不可能が事など存在し得ませんっ! 

 まだまだ、このエドワード、若い者に負けるつもりはないのです。


「ああ、申し訳ありません。話が逸れてしまいましたね」

「……不躾なお願いなのですか、えっと、私への大学学費の支援を半分にしてもらいたくて。そして、その半分をこのパメラに」

「ニーナ!? ち、ちょっと、待ちなさい。私、そんなの聞いていないわよ?」

「だ、だって、素直にそう言ったら、反対するよね?」

「当たり前じゃないっ! それは、貴女に与えられた正当な権利よ。気持ちは本当に嬉しいけれど、でも……」

「お待ちください。まずは、ニーナ様。そのような申し出、私、この家に15年程仕えておりますが、初めて聞きました。前代未聞でございます」

「は、はい……で、でもっ!」

「ですが、何やら御事情がおありの御様子。パメラ様に関わる事と推察いたしますが……詳細は結構でございます。その申し出、確かに承りました。御主人様へもそのように、御報告しておきます」

「へっ? だ、大丈夫なんですか!?」

「はい。我が主は、そのような事をで目くじらを立てられるような、器の小さな御方ではございません。むしろ――」


「エドワード、入るぞ」

「「「!」」」


 ノックの音と共に入って来られたのは、長身の男性――アレックス様でした。

 軍との折衝だった筈ですが……慌てて立ち上がり、深々と頭を下げます。


「お帰りなさいませ。お早いご帰宅でございますね」

「舐めた口を聞いてきたから、怒ったふりをして帰ってきた。今更、『超大型飛空艇は高すぎる。もっと、まけろ』だぜ? あんなのが将官になれるなんて、我が国の軍人も落ちたもんだな」

「それはそれは……では、後で来ますな」

「本丸が来るまでは無視でいい。爺さんには伝えておいてくれ。建造は一時的に止めていい。建造所拡張を優先だ」

「はい、かしこまりました」

「頼む。で――エドワード、俺がいない間に、若くて可愛い子猫を愛でるなんて、酷いな。デボラに言うぞ?」

「それはご勘弁を。妻に殺されてしまいます。御主人様、ニーナ様と、こちらはスレイド侯爵家の御息女、パメラ様です。お願いがあるとのこと」

「お願い? と、その前に座ってくれ。ああ、お茶とお菓子――よりも、朝食の方が良いかな?」


 御主人様が、かちんこちん、になられているニーナ様とパメラ様に優しく微笑まれました。

 ――その後、御二人から御事情をお聞きになられ、あっさりと『三人分の支援』を約されました。しかも、住む場所と、毎月のお小遣い付き……流石でございます。

 涙を流される御二人に対して『その代わり、薔薇を綺麗に咲かしてくれればいいさ』と何時もの照れ隠しまで。御主人様は本当に罪作りな御方です。

 取りあえず、スレイド侯爵家の出方を探る必要が出てきましたが……エリナ・ロタ様ですか。

 ロタ侯爵家は借財まみれという噂。こちらも少し調べてみる必要がありますね。 

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