第8話 その優等生、行動派につき

「へっ? か、勘当!?」

「ええ。だから、本当、申し訳ないんだけど当分、泊めてくれないかしら?」

「それは勿論いいけど……パメラ、その、勘当って……何があったの? も、もしかして、私なんかと友人付き合いしてるから!?」

「馬鹿ね。そんなわけないじゃない。……自分を卑下するのは、悪い癖よ、ニーナ」

「う、で、でも……」

「ニーナ」


 その日の晩、突然、私の下宿先を訪ねてきたのは親友であるパメラでした。

 慌てて、狭くて散らかっている部屋を片づけて、お茶を出して話を聞いたところ……『勘当されたから、家を飛び出して来ちゃった』と笑顔で言われたのはついさっきの事。

 

 ――そして、今、私はパメラに後ろから抱きしめられています。あ、いい匂い。

 

 え、えっと……急展開過ぎて、頭がついていってないんですけど?

 戸惑っていると、くすくす、と笑い声。


「えっと、あの、パメラ?」

「ニーナは本当に可愛いわ。可愛くて、努力家で……私の自慢の親友なの。だから、自分を貶めないで、お願いよ」

「う、うん。ありがとう……」

「分かってくれたなら、いいわ」


 そう言って、私の肩越しに笑う親友の顔が輝いています。

 パメラの方が、ずっとずっと綺麗で、頭も良くて、性格もいいと思うんですけど……。 

 気を取り直して、尋ねます。


「そ、それで、これからどうするの? あ、大学は!? もしかして、行けなくなっちゃうのっ!?」

「その事なんだけど……特待生枠に応募しようと思うの」

「特待生枠に?」

「ええ。お金もほとんど持ち出せなかったから、学費を払おうにも、今は無理だもの。だけど、私は貴女達と一緒に学びたい。なら、難しくても挑戦してみる価値はあると思う」


 強いなぁ……いきなり、私だったらめげてしまうかもしれない。

 侯爵家という大貴族に生まれたのに、この子は常に前を向いてる。

 見習わないと! だって、私はあのアレックス様の推薦をもらって、大学へ行く――あ、そっか。

 腕を抜け出し、自分の机から手帳を取ってきます。


「ニーナ? どうかしたの?」

「うん。あのね、パメラ。こらから私が言う事は、とっても常識外れな事だと思う。もしかしたら、侯爵様を更に怒らしてしまうかもしれないんだけど……聞いてくれる?」

「聞くわ。だって、ニーナの話したい事なんでしょう?」

「あ、ありがと。あのね……アレックス様に相談したらどうかな?」

「……アニエス商会の会頭様に?」

「う、うん。この前、面接した話はしたと思うんだけど……」

「ええ、聞いたわ。貴女が男をあそこまで褒めるのは初めて聞いたから、よ~く、覚えているわ」

「そ、そんな事ない……と、思うけど……も、もうっ!」

「うふふ、ニーナは本当に可愛いわね」


 パメラのことは大好きだし、親友だとも思ってるけど、こうやってすぐ私をからかうのは止めてほしいです。

 ……私、そんなに二人へ話をしたのかなぁ。


「それで、どうして会頭様の名前が出て来るの?」

「えっとね、この前、面接が終わる時に言われたの『何かあったら、遠慮なく言っておいで。なに、君が大学で学問を修め、より良い植物を育ててくれるなら、それはうちにとっても大きな利益になる。ああ、出来れば薔薇もより綺麗に咲かせる技術も研究してくれると嬉しい』って」

「……話には聞いていたけれど、そこまでして薔薇に拘るのには何か理由がありそうね」

「うん。聞いたら『……薔薇が好きな人が昔いてね』って言ってたよ。アレックス様って、凄い優しい人なんだと思う」

「――女ね」

「へっ?」

「昔の女が薔薇好きだったんじゃないかしら? だから、薔薇に固執しているのよ、きっと。ニーナはこれから中々大変ね」

「な、ななな、何を言って……」


 頬が赤くなっていくことを自覚します。

 こ、これは別に好きとかそういうそういうのじゃなくて……尊敬と親愛と憧れと……そ、そう! そういうものなんですっ!

 取り繕う等に咳払いをして、続けます。


「こほん……それでね、パメラが良ければだけど、会いに行ってみようよ。明日の朝にでも」

「明日の朝に? あの方はとてもお忙しくて、中々会えないと聞いているけれど……」

「うん、そうだと思う。でも『何事も行動しなきゃ何も始まらないわ』でしょ?」

「ふふ、今ちょっと似てたわ。そうね、その通りだわ。私も、ニーナの想い人に会ってみたいし、行ってみましょうか」

「ち、違うからね? べ、別に私はアレックス様のこと、そんな風に思ってなんかないからね?」

「ふ~ん」

「うぅ……意地悪っ!」

「そう言えば、あの子はどうしているのかしら? 御実家からいきなり呼び出されて、もう今日で十日目だけれど。そろそろ、学校へ進学願いを出さないと……審査から漏れてしまうわ」

「そう思って電話したんだけど……取り次いでもらえないの……」

「私達の代の首席が進路不明なんて、大問題ね」

「うん」


 あの子はとっても頭が良くて、優しくて、努力家で、私の目標です。

 大学でも一緒に頑張れる、と思っていたんですが……突然、御実家から呼び出されたきり、音信不通になっているんです。何か、あったんでしょうか。心配です。


「まぁ、あの子の――エリナのことだから、大丈夫だと思うけど……あの子、強がるから……」

「パメラに負けない位ね」

「あら? 言うじゃない――ニーナも大概よ?」

「ほら、私達は三人一組だから! 仕方ないよ」


 パメラに真顔を向け――二人して笑います。

 ああ、エリナも早く帰ってきてほしいです。やっぱり、三人一緒がいいですから!

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