第7話 その侯爵令嬢、才媛につき

「ならんっ!」

「お父様っ!」

「ならんものはならんっ!! パメラ、お前はスレイドの家の娘なのだぞ? 王立大学校進学は良い。王立学校次席という成績も快挙だ。流石は我が娘だ、と思っている」

「ならば、何故です? どうして、この段に至って……私の進学を止められるのですかっ!?」


 目の前に座る父を睨みつける。

 つい先日まで進学を喜んでくれたのに……どうして?

 私の視線に耐えきれなくなったのか、背を向け、外を見られる。


「お前が学ぼうとしている学問が問題なのだ。どうして、主流である法学や経済学ではなく、よりにもよって植物学なのだっ! あんな、意味を見出せぬ学問の為に……お前の時間を費やさすわけにはいかぬっ! ならば――嫁に行け。既に、多くの家から申し出がきている」

「なっ!? ……お父様、本気で仰られているのですか? 本当に、植物学が無価値な学問だと?」

「そこまでは言わぬが……お前がしなくてもよかろう。そんなものは、他の平民達に任せておけば良いではないか。例の孤児院出身の娘もそこに進むと聞いている」

「……ニーナを侮辱なさるのですか? 彼女がどれ程、努力を積み重ねてきたとっ!」

「パメラ。我が娘よ。お前はどうやら、少し毒されたようだな……嘆かわしい事だ。あの忌々しい男が歪めた弊害だな。よいか? その孤児と、我がスレイド侯爵家とでは、価値が元から違うのだ。そして、それ故に、我が家に生まれて者はすべからく、果たすべき義務がある。下賤の者にはそれ相応の役割があるのだ」

「……本気ですか?」


 声が震えてしまう。

 父がまさか、こんな考えの人だったなんて。

 ……果たすべき役割ですって?

 だったら、この国の貴族達はまるでその役割を果たしていないじゃないっ!!

 今の王国は確かに、凄い勢いで発展している。

 だけどそれは第一王子でイーデン殿下が、病に臥されている陛下の代わりに、国政を担い、アニエス商会が提案する画期的な新事業が次々と華を開いてるからだ。

 間違っても貴族の手柄じゃない。むしろ、大多数はその悉くに反対し、利益が出ると分かった途端、それらを奪い取ろうとしてきたのを、私はよく知っている。

 ……最初は、私も今の父上みたいだったから余計に分かるのだ。でも、ニーナとのお蔭で変われた。

 あの子は、同じ侯爵家のなのに初めから変わっていた。

 自分は王立学校在校中、ずっと首席だったのに全く驕らず、それでいてこういうのだ。


『アニエス商会の会頭さんは凄い人よ。本物の天才っていうのはああいう人を言うんだと思う。私なんか、全然』


 彼女の実家は、私と同じ侯爵家とはいえ、先々代が身代を食い潰した家柄らしく『名前だけ侯爵よ。もう何の力も、お金もないわ』とよく言っていたのを思い出す。おそらく、領民との距離がそれだけ近かったのだろう。

 

 そんな彼女が専攻しようとしていたのは、植物学であり土壌学だった。


 多くの先生方が止めた。あの何時もは優しいニーナですら。

 何せ、どちらの学問も主流派ではないし、王都で出世していくにはどうしたって不利だからだ。


『……私は、孤児だし、出世は出来ないと思うの。だからこそ、土壌学を学びたい。そうすれば、野菜とかうまく作れるようになると思うし! でも、二人は違うよね?』


 それを聞いた時、あの子と私はちょっと泣いてしまった。

 そんな事ない。そんな事ないのに、って。

 人の才能や性格に出自なんて関係ないのだから。

 第一、私だって在校中の経験から、植物が大好きになっていたし、その研究には魅力を感じていた。

 あの子は長女だから、どうやら実家の方でちょっと、もめているみたいだけど、きっとどうにかするだろう。それに対して、私はどうせ三女だし、好きにさせてくれる筈と思っていたのだけれど……。


「勿論、本気だ。パメラ、お前がどうしてもそのまま進学したい、と言うならば……勘当する!」 

「…………分かりました」

「そうか。分かってくれたか」

「今日まで、お世話になりました」

「!?」


 深々と頭を下げて、踵を返す。

 これからどうしよう? 

 取りあえず、パメラの部屋に転がり込むとして……学費は、特待生枠に応募をして、あの子がどうなったのかも確認しないと。そろそろ、応募期間が迫ってきている。


「ま、待てっ! パメラ!!」

「……何でしょうか?」

「ま、まさか、本気で家を出ようなどと、考えてはいまいな?」

「本気です。……先程、ニーナを、私の親友を侮辱なさいましたが、彼女は、アニエス商会会頭様直筆の推薦状を得ている程の才媛です。幼い頃から、多くの家庭教師を付けていただいた、私と違い独学でそこまで辿り着いたのですよ? また、我が同期の首席は、同じ侯爵家の出。彼女もまた、私とパメラが進む学問を専攻します。その意味、御分かりですか?」

「あ、あんな下賤の輩の推薦状など、どうでも良いっ! ロタ侯爵家とて、名ばかり侯爵だ! 我が家とは比べることなど出来ぬっ!!」

「……失礼します」

「待て、まだ話――」


 扉を乱暴に閉める。

 ……はぁ、うちの家も終わりかも。

 あの子とニーナと三人で、大学の薔薇園を見ていた時に、言っていた言葉を思い出す。


『まだ、お金を産まないこの薔薇園に、『あいつに見せたいんだ』という理由だけで、凄いお金をかける。多分――アニエス商会の会頭さんは、目的の為ならば何だってやる人なんだと思うわ。それこそ、何でもね』 

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