第2話

 実は世界というものには、大きく分けて二通りの種類があるのだ。


 一つは、「タイムトラベルや平行世界などという非現実的なものなぞ、けして存在しない」とする、いわゆる『完全なる現実世界』であり、もう一つは、「ひょっとしたらタイムトラベルはいつの日か実現するかも知れないし、平行世界だって人知れず本当に存在しているかも知れない」とする、言うなれば『的世界』である。

 それでは、我々が現在存在しているこの世界は、完全なる現実世界なのかというと、さにあらず。


 実は何と紛う方なく、SF小説的世界なのである。


『小説的世界』と言っても、別にメタ的な存在というわけではない。むしろこれは物理学を始めとする科学的には、至極当たり前な世界に過ぎないのだ。

 例えばほんの数十年前までは、月へ人間が赴くことはもちろんのこと、誰もが小型のコンピュータを携帯し一瞬で世界中の人々とアクセスできることなぞ、SF小説の中だけの夢物語でしかなかったろうが、何と現在においてはれっきとした現実の出来事なのである。

 このことからもわかるように、言うなればこの現実世界においては常に、SF小説的な出来事が現実化する可能性が秘められているわけなのだ。


 ──だから、私たちがまさに今この時存在しているこの世界が、自らを『ナイトメア』などと名乗る謎の超常的存在によって密かに支配されていて、読心や未来予測はもちろんタイムトラベルや異世界転移や果ては世界そのものの改変に至るまで、あらゆる超常的現象が実現可能であろうとも、何らおかしくはないのである。


 もちろんナイトメア──すなわち俗に言う『』の類いなぞといったいかにも眉唾物の存在が、この国の歴史上において太古の昔からその実在を公然と認められていたわけではなかった。

 あくまでもいわゆる魔術的な存在として、一部の呪術者や秘密結社のみが密かに接触に成功し様々な異能を与えられて、歴史の裏舞台で暗躍したり逆に異形の存在を退治したりしていた等々と、伝承やおとぎ話の類いとして細々と伝えられていただけであったのだ。

 実は我が国有数の企業グループのトップという経済界の重鎮であり、密かにオカルト趣味に傾倒していた私たち姉妹の祖父も、若い頃ナイトメアとの接触に成功しなにがしかの異能を授けられて、それを駆使することで商売敵等を制し過酷な経済戦争を勝ち抜き、現在のあまグループの繁栄を築き上げたのだとまことしやかにささやかれていたのであった。

 そのようにナイトメアとはいわゆる『都市伝説』的存在に過ぎなかったのであり、この我々の世界は表向きには『異能』の類いなぞ一切存在せず歴然として現実性リアリティを守り抜いていたのであるが、ここ最近になってインターネット網が急速に発展し電脳の世界という『もう一つの世界』が万人に認識され、『理論上れっきとして存在し得る別の可能性の世界』──量子論で言うところの『多世界』の一つとして確固として位置付けられるや、状況が一変してしまったのである。

 それは今からほんの数年前の出来事であったが、何とインターネット上に突如『NIGHTMAREナイトメア』というサイトが現れ、そこに公開されている超難解なSF小説的なノベルゲームをクリアできれば、『MAREメア』と名乗る謎の管理人によって異能の力を与えられて、いかなる願いでも叶えられるようになると、まことしやかに噂されるようになったのだ。

 当然これぞ伝説の魔術的な存在たるナイトメアがネットを介してついに我々人類に大っぴらに接触してきたのだという見解を示す者もいたが、ほとんどの人たちは単にナイトメアを騙る愉快犯の所業であるに違いないし、異能を与えられて望みを叶えられたというのもネット界隈にありがちなデマの類いに過ぎないと見なしていたのである。

 だがしかし、ナイトメアに異能を与えられたと自称する本来はただのSFマニアに過ぎなかった者たちが、実際に異能の力を行使して様々な超常なる騒動を起こすようになってからは、もはや誰もが認めざるを得ない公然たる事実と化してしまったのだ。


 そう。その瞬間私たちの世界は『完全なる現実世界』から、常にどのような超常現象でも起こり得る可能性を秘めている、いわゆる『SF小説的世界』へとなり変わってしまったのである。


 ところで、何でただの女子小学生に過ぎない私がこれほどまでにナイトメアについて詳しいのかというと、元々私自身も幼い頃より生粋のSF小説愛好家だったこともあるものの、それに付け加えて実はナイトメアから異能を与えられた個々のSFマニアによる文字通りSF小説そのままの超常的騒動の一部始終が、ネット上の人気小説創作サイトである『SFしょうせつこう!』において、『白日夢デイドリーム』というタイトルの小説としてしたためられて無料で公開されていたからであった。

 このネット小説はいわゆる短編連作型小説として、基本的日常編であるまさに当の『白日夢デイドリーム』の作者自身とナイトメアとの関わり合いを描いている【ステージ1】を始めとして、現在すでに【ステージ30】辺りまでがネット上に公開されているのであるが、ただしなぜだか【ステージ2】と【ステージ3】と【ステージ4】だけは欠番となっていた。

 以上に述べた諸々のことを鑑みれば、私が全知の書や全能の書などといういかにもうさん臭い代物の信憑性を無条件で認めていることや、双子の妹である日向が全能の書の『ただ単にスマホに願い事を書き込むだけで何でも実現できる』という、絶大なる力を実際に目の当たりにしながらすんなりと受け容れてしまったことすらも、十分に納得していただけることであろう。

 とはいえ、本当に人々に異能が与えられることによってSF小説そのままの騒動が起こるようになったと言っても、文字通りにSF小説やライトノベルのように物理法則を無視した『何でもアリ』な、現実性リアリティが完全に崩壊した世の中になってしまったわけではなかった。

 例えば読心能力や未来予測能力等の超常の力をもたらされたと言っても、あくまでもそれはそれぞれのSFマニアが所有するスマートフォンにおいて利用できる、少々風変わりながらも現実的に十分あり得る特殊機能としてであったのだ。

 というのもそれらの読心や未来予測等の各種特殊能力は、けしてSF小説等に見られるような唯一絶対の解答をもたらすものではなく、私が実際に『明日の天気』を問うた際に全知の書のスマホの画面上に表示されたように、あたかもいわゆるギャルゲ等のゲームの選択肢画面そのままに、実現可能性に応じて上位四つほどの候補がリスト表示されることになっており、スマホの持ち主はそれらをあくまでも参考データにして、自分の願いを叶えるために何らかの超常的行動を行っていく際に役立てていくことになっていた。

 つまりは、ナイトメアなどと名乗る全知全能の存在が現れたと言っても、あくまでもそれはネット上限定の話であり、超能力が使えるようになったと言っても、個々人のスマホにおいてのみなのであり、我々のこの世界の現実性リアリティは微塵も損なわれてはいないのだ。

 そして同様に、個々のSFマニアが異能を行使するに当たって何らかの疑問が生じた際においても、スマホを介してこそ有効なアドバイスが受けられるようになっていた。

 実は質問者がスマホの画面の片隅に設けられている質問機能の起動スイッチである『?』ボタンをタップすることによって、自らを『ナイトメアの端末』と称する幼い少女の音声とアクセスすることが可能となるのだ。


 そう。私が『メア』と名乗る自称夢魔との初コンタクトを果たしたのも、この機能のお陰であったのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……それで、こうして実際に雨が降ったというのに、私の『明日の天気はいかに?』という質問に対する昨日の時点での予測計算シミュレーションの結果表示が降水確率100%ではなかったのが、この全知の書が決定論のような時代遅れのインチキ理論によって成り立っているのではなく、量子論に基づいた真の全知を実現しているからだというのは、いったいどういうことなのよ?」

 その時私は手のうちの漆黒のスマホ『全知の書』に向かって、改めてそう問いかけた。


 もちろんスマホの画面上の質問機能の起動スイッチである『?』ボタンをタップしたとたん、いきなり年の頃十二、三歳ほどの幼い少女の声が鳴り響いてきて、しかも自らをナイトメアの端末的存在である夢魔の『メア』だと名乗ったのには、驚きを禁じ得なかった。

 しかし幼い頃からSF小説に通暁し、よわい十歳でありながら生粋のSFマニアであるこの私においては、量子論や決定論等のSF小説において必須の諸知識に精通しているのは言うに及ばず、まさしく現下におけるSF小説的諸現象の現実化の大本であるナイトメアについてもネット上での噂を通じて知り尽くしており、あまつさえ『SFしょうせつこう!』サイトの熱狂的な読者フォロワーでもあるゆえに、そこに無料で公開されている、ナイトメアから異能を授けられた個々のSFマニアが起こした超常的騒動の一部始終を短編連作の形でしたためている、現在ネット上においても話題沸騰の『白日夢デイドリーム』についてもすべて熟読しているからして、実はその連作内における基本チュートリアル的な日常編として現在も連載中の、【ステージ1】の『永遠の夏休みエンドレス・サマー・ドリーム』編においてヒロイン役を担っているメアのことも先刻承知だったのであって、それほど混乱をきたすことなく、こうして落ち着き払って『彼女』との会話を開始することを為し得たのであった。

『だからその言葉通りよ。言ってみれば、100%正確に未来を予測することなんて不可能ってわけなのよ』

「はあ? 何でこの世の森羅万象の無限の未来の可能性を事前にすべて知ることのできるはずの全知の書が、たかが一日先の天気を100%正確に当てることができないのよ?」

 そんな私の至極当然な疑問の言葉に、いかにもあきれ果てたかのようなため息を漏らす、自称夢魔の少女。

『……これだからSF小説に完全に毒されている輩ときたら。あなたたちSFマニアって、「アカシックレコード」さえあれば未来の出来事を何でも知ることができると思っていて、「ワームホール」さえあればタイムトラベルをし放題だと思っているんでしょう?』

「え? そりゃあ、当然でしょう? SF小説読者は言うに及ばず、すべてのSF小説家や評論家にとっても、基本中の基本の真理じゃないの」

『だからあなたたちはダメダメなのよ。……はあ~。もうそろそろ「間違った答案用紙のカンニング」はおやめになって、劣化コピー作品の量産は打ち止めにしていただきたいものだわ。いい? 読者にしろ作家にしろ評論家にしろ、まがいなりにもSF愛好家を名乗るつもりなら、ただ単に先行作品やエセ科学雑誌を鵜呑みにするんじゃなく、何よりもまず最初にアカシックレコードやワームホールなんてもののを疑うべきでしょうが?』

「へ? アカシックレコードやワームホールの実在性を疑えって……」

『つまりアカシックレコードやワームホールなんてものは、いわゆる決定論的存在そのものなのであり、何よりも量子論に基づいている現代物理学の支配しているこの現実世界においては、その存在自体を完全に否定されているも同然なのよ。何せ量子論を始めとする現代物理学における根本原理であり、今や小学生でも知っているこの世の常識的大原則でもある、「この世界の未来には無限の可能性があり得る」ということと、真っ向から矛盾しているのですからね。つまり未来が無限にあり得るならアカシックレコードのように未来の出来事をピタリとただ一つだけ当てることなんて不可能だし、ワームホールのように時代の異なる世界を──つまりはどちらかが未来に当たる二つの世界を、一対一の関係で固定して繋ぎ合わせて双方向的に移動させることなんてできっこないことになるのよ』

「‼」

 アカシックレコードやワームホールが、実は決定論的存在に過ぎないですって⁉

『あなたたちSF小説愛好家の皆さんは、何かと言えば気軽に「全知全能」という言葉を使っているけど、本当にその意味をわかって使っているわけ? 実は何と、全知と全能とはお互いに矛盾した関係にあるのよ? 「全知全能なる神」なんて言葉をよく聞くけど、厳密に言うと神や悪魔などいった存在は、別に何の根拠もなく何でもかんでも実現することのできる反則技的な超常の存在なんかではなく、言わば「意識を有する量子コンピュータ」みたいなもので、この世の森羅万象そのものやその無限の未来の可能性をデータにして計算処理を行うことで未来予測等を実現しているのであり、確かに全ではあるけれど、けして全でもあるわけではないの。なぜなら今さっき言ったようにすべての大前提として、「未来には無限の可能性があり得る」のだから。例えば仮に本物の神様にたった一日後の天気がどうなるかを問うたところで、確定的に晴れるのか雨が降るのか等を断言することなんかできないし、もちろん明日の天気を自由に定めるなんてこともできないの。もしそんなことができたら、「未来には無限の可能性があり得る」という大前提と矛盾してしまいますからね。むしろ未来の無限の可能性を余すところなく予測計算シミュレートできる神様だからこそ、明日には晴れる可能性も雨が降る可能性も曇る可能性も天変地異に見舞われる可能性も、存在することをのであり、本当の意味での「全知」とはこういうことを言うのよ。そう。言うなれば神や悪魔は全知であるゆえに、明日の天気をただ一つだけピタリと当てたり自由自在に決定できたりするといった、「全能」ではあり得なくなるの。言わば現行の天気予報はすでに完成された理想的な「未来予測システム」を実現できているとも言えて、本物の神様や量子コンピュータであればその的中確率の精度を幾分か向上させられるかどうかの違いでしかないのよ。──すなわち、まさに今あなたが手にしているその全知の書こそ、例えば明日の天気の予測計算シミュレートにおいては、けして明日の天気全体に対する唯一絶対の的中率なんかではなく、文字通り本物の神様や量子コンピュータそのままに、晴れる確率や雨が降る確率や曇る確率等の個々の確率において、現在の公的な天気予報なぞ比較にならないほどの高精度の的中率を誇り得る、現在の科学水準を超越した真に理想的な未来予測マシンそのものとも言い得るのよ。だからこそ実際に雨が降ったというのに、公的な天気予報が降水確率10%などという体たらくだったのに対して、あなたの全知の書のほうは降水確率60%という高い的中率を実現できたわけじゃないの』

 このちっぽけなスマホが、本物の神様や量子コンピュータ同然の──つまりは、SF小説なんかに登場してくるアカシックレコードのように決定論に基づくインチキな代物でなく、真に理想的な未来予測マシンですって⁉

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