第4話

『しかも実はこれは同時に、タイムトラベルや異世界転移等の、いわゆる「多世界転移」系の異能をも実現していることになるのよ?』

「は? 別人格化することで、タイムトラベルや異世界転移も実現しているって……」


『だって夢の中で戦国武将や異世界人としての数十年にもわたる人生を体験しているってことは、戦国時代や異世界にタイムトラベルや異世界転移をして、数十年ほどそこで過ごしてから、目覚めとともに現代世界に戻ってきているようなものじゃないの?』


 ──‼

「いやいや、それは単に夢を見ているだけであって、本当にこの現実世界でタイムトラベルや異世界転移を実現できたわけではないでしょうが⁉」


『そうよ? これは単なる夢でしかないわ。だけど実際にタイムトラベルや異世界転移を体験した本人であろうとも、それが本物のタイムトラベルや異世界転移なのか、それとも単に夢を見ただけなのか、果たして区別を付けられるのかしらね?』


 あ。

『あなたの作品にもあったけど、小説の登場人物が過去や異世界にタイムトラベルや異世界転移をする作品において、そのまま最後まで過去や異世界にとどまり続けるのなら別に構わないんだけど、最後の最後になって現代世界に戻って来たりするのって、まさしく小説における最大の禁じ手である「夢オチ」そのものだと思わない?』

 た、確かに。

 私がもしも実際に戦国時代にタイムトラベルして織田おだ信長のぶながと出くわして意気投合して酒を酌み交わして大いに盛り上がっていた真っ最中だったというのに、ふと気がつけば自分の部屋のベッドの上で寝ていたとしたら、それが本物のタイムトラベルだったのかそれともただの夢に過ぎなかったのかは、自信を持って判別することなぞ不可能であろう。

「……と、いうことは」


『そう。自分の脳みそで「別の可能性の自分」を創出シミュレートして夢の中で完全に一体化シンクロするだけで、夢の中でタイムトラベルや異世界転移等の多世界転移系の異能を実現できるとともに、目が覚めた後の現実世界においても前世返りや人格の入れ替わり等の別人格化系の異能をも実現できるというわけなの。──しかもこのことは更に、読心や未来予測等のシミュレーション系の異能は言うに及ばず、まさしく神や悪魔等の意識を有する量子コンピュータそのままの、全知の力さえも実現させることになるの』


「神や量子コンピュータそのままの全知になれるって、まさか⁉」

『いいえ、正真正銘本当のことなの。これまでくどくどと別人格化系の異能について説明してきたけど、これって結局はいわゆる「多重人格」の仕組みについて説明したようなものなのよ。何せ多重人格になるということは、何もちょっと性格が変わってしまうだけのようないわゆる「人が変わってしまう」といったちゃちなレベルではなく、それこそ自分のことを戦国武将や異世界人の転生体であるとか、誰か知り合い等の実在の人物と人格が入れ替わってしまったとかと言い出してもいいのですからね。つまりこれを逆に言えば、戦国武将だろうが異世界人だろうが誰か一人でも自分の脳みそで「別の可能性の自分」として創出シミュレートして完全に一体化シンクロすることができたのなら、別にその一人だけに限定する必要はなく、まさしく多重人格そのままに無限に創出シミュレートして一体化シンクロしていってもいいのであり、しかも一体化シンクロする対象はそのような歴史上の人物や異世界人や身近な知り合い等の確固たる人間だけでなく、小説や漫画等の創作物上のキャラクターだっていいんだし、動物だっていいんだし、植物だっていいんだし、岩石や金属等の無機物だっていいんだし──ということで、現在過去未来を問わない森羅万象とシンクロできるわけであり、もしもこの無限の「別の可能性の自分」のすべてと一度にシンクロすることができたならば、まさしく量子ならではの「無限に存在し得る別の可能性の自分」と総体的にシンクロできるという性質を受け継いでいる量子コンピュータが、「無限に存在し得る別の可能性の自分」すなわち無数に存在し得る「自分とは自分」すべてと総体的にシンクロできるからこそ、お互いをデータにして超並列計算処理を行うことによってこの世界の森羅万象の未来の無限の可能性すらも予測計算シミュレートし得る、文字通り「全知」の力をも振るえるようになるのと同様に、まさに個人的にはただの人間であろうとも「無限の別の可能性の自分」との総体的シンクロ化を実現することで、「意識をもった量子コンピュータ」として神にも等しき万能の力を振るえるようになるわけなの。こう言うといかにも突拍子もない話のようでもあるけれど、論理的にも科学的にもあくまでも現実性リアリティをまったく損なうことのない非常に正しい見解なのよ? 何せ何度も言うように量子が実際に観測されるまでは無限の形態や存在位置となり得るのは、一瞬だけ未来の無限の可能性としての自分自身とシンクロしているからであり、量子コンピュータがこの世界の万物の無限の可能性を予測計算シミュレートできるのも、量子の性質を有する量子コンピュータ自体があらゆる森羅万象の一瞬後の無限の可能性とシンクロできているからであり、同様に多重人格における「別の自分」というものが、知人等の別人や過去や未来の人物等を含むのはもちろん、この世の森羅万象をも含むとしたら、量子コンピュータ同様に一瞬にしてこの世の開闢から終焉までの森羅万象とシンクロできるわけで、別の人物のたかが数十年程度の人生をシミュレートすることによって別人格化系の異能や多世界転移系の異能を実現できることはもちろん、唯一絶対の予言なぞではなくあらゆる無限の可能性を踏まえた真に理想的な未来予測能力や読心能力等のシミュレーション系の異能を実現することなぞ朝飯前という次第なの』

 ……つまり時空すらも超越して森羅万象のすべてとシンクロして超並列計算処理を実現できることこそ、量子の性質を有する量子コンピュータの万能性の拠り所ということなんだけど、同様にたとえただの人間であろうとも、単に夢の中で別人化してそれをきっかけに多重人格化することさえできれば、別人格化系か多世界転移系かシミュレーション系を問わず、あらゆる異能を振るうことができるようになるというわけか。

「いやちょっと待って。今の話では総体的シンクロ化して量子コンピュータそのままの万能の力を手に入れるには、何よりも無限の『別の可能性の自分』がお互いに、お互いをお互いにデータにして超並列計算処理を行うことで万能のシミュレーション能力を実現できるということだけど、さっき過去改変の異能の説明の際に言っていた多重的自己シンクロにおいては、何よりも『自分と小説内の登場人物としての自分』とシンクロすることこそが肝要だって話だったじゃないの?」

『おお。よく覚えていたわね。感心感心。実はそれはね、多重的自己シンクロ化することによってもたらされる異能が、今話した総体的シンクロ化することによってもたらされる異能とは、まったく別物だからなのよ』

「え? 総体的シンクロ化って、別人格化系か多世界転移系かシミュレーション系を問わず、あらゆる異能を実現できるんじゃなかったの?」


『ええ、そうよ。総体的シンクロ化がそのようにあたかも神様そのものの、「全知」の力を実現できるのに対して、多重的自己シンクロ化はまさしく、「全能」の力を実現できるというわけなの』


「多重的自己シンクロ化が、神をも超えるですって⁉ いやでも、そもそも神様自体が、まさに『全知全能』なる存在であるわけではないの?」

『そこら辺のところについてはみんな勘違いしているようなんだけど、実は全知と全能とはお互いに矛盾した関係にあり、たとえ神様であろうと両立させることはできないの。ここではかいつまんで説明しておくけど、世のことわりの守護者たる神様は当然物理的大原則である「この世界には無限の可能性があり得る」ということを堅持しており、ある意味量子コンピュータそのままの「全知」の存在なのであって、例えば明日の天気には晴れる可能性も雨が降る可能性も曇る可能性も天変地異に見舞われる可能性も等しく存在することをからこそ、明日の天気がどうなるかをただ一つだけピタリと言い当てたり恣意的に決定したりといった「全能」の力を持ち得ないのであり、それに対して「全能」ならば未来の出来事をただ一つだけピタリと言い当てたり恣意的に決定したりできるからこそ、その結果その他の無限の可能性を自ら潰すことになるゆえに「全知」にはなり得ないといった次第なのよ』

「え。あなたがこれまで散々言ってきた、多重的自己シンクロ状態下における小説等の書き換えって、そんな神をも超越した、まさしく『全能』とも呼び得る力だったわけ⁉」

『そりゃあそうでしょう。何せただ単に小説の記述を書き換えたり書き加えたりするだけで、神様や量子コンピュータ等の「全知」の存在であろうともけしてなし得ない、過去の改変だろうが未来の恣意的決定だろうが、何でもやりたい放題に実現できるのですからね。──まあそれも、夢魔としての私の力添えがあってこそだけどね』

「夢魔の力添えって?」

『確かに「無限の別の可能性の自分」と総体的シンクロ化できれば全知の力を、多重的自己シンクロ化できれば全能の力を手に入れられるけど、まずは最初の一歩──総体的シンクロで言えば最初の別人格と、多重的自己シンクロで言えば最初に創作した小説の中の登場人物としての自分と、シンクロすることが必要なのであり、その手助けをしてやることこそがナイトメアの端末にして夢魔である、この私の役目であるわけよ。いやむしろ、夢魔である私にしかできないと言っても過言ではないけどね。というのも、量子が形なき波である己を中核にしてこそ、その他の無限の形ある粒子としての己自身と総体的にシンクロできるのと同様に、個々ではただの人間に過ぎないあなたたち人類も「存在を構成している量子がすべて形なき波の状態の自分」こそを中核にできれば総体的シンクロ化や多重的自己シンクロ化を実現できるのであって、ただの人間とっての「存在を構成している量子がすべて形なき波の状態の自分」とは何かと言えば、やはり何と言っても「夢の中の自分自身」こそが筆頭に挙げられることでしょう。何せ夢自体に形がないのだから、夢の中の自分こそ「形なき自分」そのものと言えるのですからね。だからこそ己自身も夢の世界の存在ゆえに当然形というものを有せず総体的シンクロ化でき、まさにその総体たる「ナイトメア」として全知の力を振るえることもちろん、何よりもこの現実世界とは別に「無限の可能性として存在し得る世界」──多世界解釈量子論で言うところの無限の「多世界」のすべてとアクセスすることのできる夢魔であれば、夢の中で意識的に行動することなぞ言うに及ばず、ただの人間に本人のお望み通りの別人格を夢の中で創出シミュレートさせた後に一体化シンクロさせて、別人格化系の異能や多世界転移系の異能を実現させたり、更に別人格系の代表的異能である多重人格化の延長的に無限の「別の可能性としての自分」と総体的シンクロ化させて、読心や未来予測等のシミュレーション系の異能すらも実現させたりといったことはもちろん、夢の中で自作の小説の中の「自分とまったく同一の属性を有する登場人物」とシンクロさせることによって、連鎖的に現実世界と小説世界との無限の多重的自己シンクロ化を引き起こし、現在過去未来を問わない世界の改変かつ恣意的決定といった、全知なる神をも超え得る全能の力すらも実現させることができるといったわけなのよ。──まあ、一言で言ってしまえばただ単に、戦国武将等の別人や小説の登場人物になったなんだけど、まさにこれがないとすべてが始まらない、最も重要な「最初の一歩トリガー」ということなの』

 何と。夢魔って、そんなこともできたの⁉


 夢魔自体が元々全知の力も持っているということだし、まさしく夢の世界限定の神様みたいなものじゃないの⁉


 こうしてようやく長々と続いた蘊蓄解説を終えてくれた自称夢魔の少女であったが、大方のところは納得できたものの、いまだ話されていない一番肝心な点について、どうしても問いかけざるを得なかった。

「……それで、実際に私が過去を改変するには、どうしたらいいの? これから過去の出来事をそのまま綴った小説でも作成して、その記述を書き換えていけばいいわけ?」

『いやねえ、そんな必要はないじゃない。あなたには、があるでしょう? ほら、「みくとあきらさんの恋愛日記」よ♡』

「──っ。ど、どうしてそれを? ネット上の非公開のブログ上で密かに書き綴っていて、しかも幾重にもプロテクトをかけて秘匿していたのに⁉」

『舐めてもらっちゃ困るわ。こちとらまさに全知なるナイトメアの、ネット上の端末エージェントなのよ? インターネットに関することで知り得ないことなぞ、あるはずないじゃない』

「うぐぐ……。だったら私はこれから、どうすればいいのよ?」

『そうねえ。まずはその「みくとあきらさんの恋愛日記」を、ネット上で公開してもらおうかしら?』

「は? 何でそんなことを⁉」

 おいおい。それでは完全に、『さらし者』じゃないの?

『念には念を入れるためよ。確かに夢魔である私の力で多重的自己シンクロ状態を構築すれば、理論上はその日記を書き換えるだけで過去が改変されるはずなんだけど、あなた自身はあくまでも自分の日記を書き換えているだけで、直接過去を改変しているわけじゃないのだから、ある意味量子論で言うところの「無限にあり得る別の過去の歴史」の一つをピックアップしただけで、一応のところ過去を改変できるといったレベルにしか到達していないものの、これまた量子論に基づけば、あなたがその日記をネットに公開して不特定多数の人たちに観測させることによって、そこに描かれているあなたこそが実際のあなたそのものであり、同様にそこに描かれている出来事こそが実際に過去に起こった出来事であると確定されて初めて、日記の一部を書き換えればそのつど、その新たなる記述こそが正しい過去だと認識されることになるってわけなの』

「それってつまりは、量子論に基づけばネットに公開することによって、小説の書き換えによる過去の改変の実効性が、より確たるものになるってこと?」

『それにネットにアップしておけば、いつでも手元のスマホに読み込んで書き換えることが可能となり、お手軽に過去の改変ができるようになるしね』

「いや、私は自殺してしまったあきらさんを取り戻せばそれでいいんだから、そんなに何度も過去を改変するつもりなんてないんだけど……」

『ふふん。果たしてそうかしら? まあこれも「転ばぬ先の杖」みたいなものと思って、ここは私の言う通りにしておきなさい。きっと後で感謝することになるから』

「……はあ、まあいいけど」

 完全に納得したわけではないものの、これ以上あれこれ言ってもしかたないので、ここは大人しく従っておくことにした。


 ──ほとんど間を置かず、まさに彼女の言こそが正しかったことを、身をもって痛感させられるとも知らずに。

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