第3話
「ちょっと待って、何よその御都合主義極まる、詭弁と極論の集合体みたいな論法は? そもそもただ単に小説家が自らを主役にして現実世界のありのままをしたためた小説を作成するだけで、小説家と小説の中の小説家を始めとして、現実世界そのものが小説の中の世界とシンクロしたりするわけがないじゃないの⁉」
『いえいえ、この状況下においてはそうなる可能性をけして否定できないことは、現代物理学の根本理論である量子論によって裏付けられているようなものなのよ? さっき言った「すべての小説家が現実の存在であると同時に小説の登場人物でもあり得て、彼が所属している世界そのものも現実世界であると同時に小説の中の世界でもあり得る」って、何かを連想しない? これってまさしく、「量子というものは形ある粒子であるとともに形なき波でもある」そのものじゃないの。実はミクロレベルにおいては形なき波の状態の量子が、ほんの次の瞬間にも自分の姿となる予定にある、あらゆる形態をとり得る可能性を有する形ある粒子としての己自身ととシンクロしているゆえに、まるでいつでも無限のドレスに着替えられるかのように次の瞬間どのような形態でもとることが可能となり、だからこそ量子というものは実際に観測されるまではどのような形態や位置になるのか確定していないのと同様に、
つまりそれって、「ただ単に小説を書き換えるだけで過去改変が可能になるのだから、どんどん書き換えようぜ!」というよりも、むしろけして過去を改変するつもりでもタイムトラベルなんかをするわけでもなくただ単に小説を書き換えている
「……それで、私に与えてくれる『力』って、具体的にどういったものなの?」
『もちろんナイトメアの超常の力を使ってあなた自身を多重的自己シンクロ状態化させることによって、小説等を書き換えることでいつでも自由自在に過去を改変できる力を与えてあげるつもりよ。確かにさっき言った状況さえ構築すれば多重的自己シンクロ状態化する可能性は非常に高くなるけれど、可能性はあくまでも可能性に過ぎないのであり、よってそこで超常なる力を有するナイトメアがほんの少し後押ししてあげれば、より確実に多重的自己シンクロ状態化が実現するってわけなのよ。何せ量子同様の二重性を有する状態にまでに導きさえすれば、後は自動的に「自分を小説の登場人物として創り出した現実世界の『自分』」と「自分が創り出した小説の世界の中の『自分』」との両方向へと、順次無限に多重的自己シンクロ化していくことになるのですからね』
「え、ナイトメアって、人を小説の世界とシンクロさせることなんてできるわけなの?」
『もちろんよ。そもそも何ゆえにナイトメアが、あなたたち人間にいかなる異能でも与えることができていると思っているの? 実はこれこそは、未来予測や読心等のシミュレーション系の異能か、タイムトラベルや異世界転移等の多世界転移系の異能か、人格の入れ替わりや多重人化等の別人格化系の異能かはもちろん、全知系か全能系かすらも問わず、どのような異能であろうとも、「無限に存在し得る別の可能性としての自分とシンクロすることによってこそ、いかなる異能でも実現できる」という大原則に基づいているからなのよ?』
「なっ。『別の可能性としての自分』とシンクロすれば、どんな異能でも実現できるですって⁉」
『ええ、そうよ。……ええと、ここら辺のところを説明するのはすごく面倒なんだけど、そうねえ、まずは多重人格化や前世返りや人格の入れ替わり等の、いわゆる「別人格化」系の異能から説明していくのが一番わかりやすいかしらねえ……。というわけで、現役のSF小説家であられるあなただからこそあえてお聞きしたいんだけど、あなたもよく御存じのようにSF小説やライトノベルなんかに頻繁に登場してくる、多重人格化や前世返りや人格の入れ替わりなどといった広い意味での「別人格化」現象において、主人公等の人格を乗っ取って文字通りに別人化してしまういわゆる「別人格」なんて代物は、いったい
「へ? 別人格がどこからやって来ているのかって……」
何だ。いきなり妙ちきりんなことを言い出したぞ、この自称夢魔さんときたら。
「……う~ん。それってあくまでも、SF小説やライトノベル等の
『ブブー、不正解。いくら小説だからって、過去や異世界から人格や魂が転移してきて現代人の身体を乗っ取ったり、この現実世界の中で他人とお互いに人格が入れ替わったりするわけないじゃないの』
「はあ? いやいや。小説だからこそ前世返りや人格の入れ替わりといった超常現象が実現し得るのであって、そんなことを言い出したらそもそもSF小説やライトノベル等の、不思議な非現実的現象を扱う創作物自体が成り立たなくなってしまうじゃないの⁉」
『あなたそれで本当にプロの小説家なの? 残念だけどそんな考えじゃ、今時のうるさ型の読者は誰一人納得してくれないわよ。突然の別人格化の原因を
「うっ」
そ、そうなの? 何て恐ろしいのよ、今時の読者って。
これじゃおちおち、いい加減なSF小説やライトノベルなんて書いてられないじゃないの。
「……だったらあなたは、別人格がどこからやって来ていると言うつもりなのよ?」
『実はね、別人格というものはどこか別の世界なんかからやって来ているんじゃなくて、
「なっ。別人格が、脳みそでつくられているですって⁉」
『そもそも何でSF小説やライトノベルの登場人物って、前世の記憶に目覚めたり他人と人格が入れ替わったりするのだと思う? ──実はね、それは何よりも、読者がそうなることを願っているからなのよ』
「……いやそんな、身も蓋もない」
『いいえ、これこそはまさしく小説における非現実的なイベントすべてについて言える、「真理」のようなものなの。あなたも一度くらいは思ったことはない? 他人の心のうちを読み取りたいとか、未来のことを予知したいとか、自由自在に空を飛んでみたいとか、過去や未来にタイムトラベルをしたいとか、異世界に転移してチート能力を手に入れて無双したいとか、──自分の前世が有名な戦国武将や異世界の勇者だったらいいのにとか、気になるあの人と人格を交換したいとか』
──!
「そ、そうか。つまりあなたは私たち人間が小説等の創作物の類いを好んで読むのは、現実の人間がけして実現し得ない非現実的な願望さえも難なく叶えることができる小説の登場人物たちに対して、いわゆる『自己投影』をしているからこそだと言いたいわけなのね?」
『そういうこと。かようにあなたたち人間というものは、現実の自分とは異なる「理想の自分」となることを常に夢見ていて、特にSF小説やライトノベルお得意の前世返りや人格の入れ替わりやそれに何と言っても多重人格化といった、広い意味で「別人格化」と呼び得る超常的イベントこそは、まさしくこの「理想の自分になりたい」という願望を具象化しているようなものであるわけなんだけど、別にそれこそ
「え。脳みそで別人格をシミュレーションするって……」
『実はこれは現代物理学の根幹をなす代表的な理論である、量子論に基づいた正当なる見解でもあるのよ? あなたたち人間を含むこの世の森羅万象の物質の物理量の最小単位である量子というもののほんの一瞬後の形態や位置を予測できないのは、量子を始めとする万物の未来には常に無限の可能性があり得るからであって、つまりあなたたち人間にもほんの一瞬後に前世返りしたり他人と人格が入れ替わったりする可能性があるということになるの。ある意味量子を始めとして森羅万象のすべてにわたり果ては世界そのものに至るまで、一切合切が一瞬のみの存在に過ぎず、一瞬ごとに無数に存在している「別の可能性の自分」と入れ替わる可能性があって、その中には「前世に目覚めた自分」や「他人と人格が入れ替わってしまった自分」もいる可能性もあり得るというわけなのよ。──もちろん可能性は可能性に過ぎず、この現実世界で前世に目覚めたり他人と人格が入れ替わったりすることなんか原則的にあり得るはずがなく、ただひたすら現実的な日常を繰り返していくばかりなんだけど、これが夢の世界に舞台を移すだけで、話がまったく違ってくることになるの』
「へ? 夢の世界って」
『つまりは夢の世界の中なら当然のごとく「何でもアリ」なのだから、いかにも非現実的な「別の可能性の自分」となっても別に構わないってことなのよ。しかもそもそも夢の世界には基本的に時間や空間の概念自体が存在しないゆえに、自分の脳みそで無意識に
「──なっ⁉」
別人になる夢を見るだけで、SF小説やライトノベルそのままの超常的イベントを現実のものにできるですって⁉
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