第3話

「な、何だよ、僕がこの世界の『作者』で、小説を書き換えることで世界を意のままにできるって?」


 そんな僕の至極当然なる疑問の言葉を受けて、更に滔々と語り始める白いワンピース姿の少女。


「『夢の主体』たるホワンロンが本当に存在するかも知れないことによって、もちろんあなた自身においても現実の存在でもあり夢の存在でもあり得るという二重性を浮き彫りにさせられるわけだけど、実はあなたって、『現実世界の自分』と『夢の世界の自分』とのシンクロの仕方が、非常に独特なものだったりするのよ」

「僕のシンクロの仕方が、独特って……」

「先に言ったように、ホワンロンから量子同様の二重性を浮き彫りにさせられることで胡蝶の一族の女たちを始めとするこの世界の人間が、無限の『可能性の世界の自分』と総体的にシンクロすることによって真の全知とも言うべき力を得ることができるのに対して、実はあなたは、起点としてのあなたが現実の存在であろうが夢の存在であろうが、『自分』としかシンクロできないのよ。よって「1」をいくら掛け合わせようが「1」に過ぎないのと同様に、まったく同一のあなた同士をいくらシンクロし合わせようが、少なくとも総体的にシンクロ化をなし得る方たちのように、未来予測等を始めとする量子コンピュータ的な存在だったら実現可能な異能の力を得ることはできないわけ」

 ……何だよそれ。つまりこの広い世界において僕だけが、けしてどんな異能も得る可能性がまったくない、出来損ないとでも言うのか?


「何だかやけにがっかりしているようだけど、さっきから私はこう言っているのよ? 『あなたはけして量子コンピュータにはなれない、なぜならあなたは、実際に存在するとしたら量子コンピュータ同様に真の「全知」なる存在であろう、、まさしくできないことなぞ何もない、「全能」なる存在なのだ』と」


 なっ⁉

「言うなればこれぞまさしく、あなたこそがこの世界の『作者』とも呼び得る存在だということなのよ」

「ちょっと、何だよ! 僕が神様すら超越しているとか、全能なる存在とかって⁉」

 おいおい。ひょっとしてこいつって、中二病でも患っているんじゃないのか?

「例えばね、ホワンロンが実際に存在していて夢としてこの世界を生み出しているとしたら、そのホワンロン自身すらも何者かに神話上の存在として創られたり夢として見られていたりすることになるわけだけど、あなただけは違うの。あなたの夢の主体はどこまで行っても『まったく同一のあなた』でしかなく、もしもこの世界が多重的な夢の世界であっても、いくら目覚めようとあなたはあなたでしかないのよ。確かにあなたは『まったく同一の自分』としかシンクロできないので、無限の『別の可能性の自分』との総体的シンクロによる神様や量子コンピュータそのままの『全知』の力を得ることはできないでしょう。しかし現実世界と夢等の虚構の世界との境界を越えて、いわゆる『多重的シンクロ』状態を構築できるあなただったら、現実世界と小説の世界とを多重的にシンクロさせることによって、まさに神すらも超越した『全能』なる存在となって、この世界を現在過去未来にわたって意のままにできるようになれるという次第なのよ」

「……いやだから、いくら夢から覚めようが『まったく同一の自分』であり続けることが、どうして現実世界と小説の世界とを多重的にシンクロさせたりすることに繋がるんだ?」

「一番確実なのは私が『メア』として実際にやったように、あなたに夢を見せてそれを小説にさせて、『現実=夢=小説』という連鎖関係を構築することなんだけど、最低限必要なことは、あなたに以前からネット上の短編連作型小説『白日夢デイドリーム』の【ステージ1】として作成させているように、現実の出来事をそのまましたためた小説を創らせることなの。何せあらゆる世界は量子論で言うところの多世界=ホワンロンの見ている多元的夢の世界に含まれるのであり、小説の世界すらも当然多世界の一つなのであって、まさしく夢と同様の『別の可能性の世界』なのであり、このように小説の中に現実の自分と『まったく同一の自分』を創っておけば、当然のように多重的自己シンクロ関係を構築できるってわけなのよ。かくのごとく多重的自己シンクロも総体的シンクロ同様に基本的に世界や時代を問わずに、量子論で言うところの無限に存在し得る『可能性としての自分』とシンクロするようになっているんだけど、多重的自己シンクロでは『まったく同一の自分』としかシンクロできないから非常に範囲が限定されているように思われがちであるものの、だったら自らの手で『まったく同一の自分』を創ってしまえばいいじゃないかってことなのよ。何せいったんそうしてしまえば多重的自己シンクロ状態にある状況においては、総体的シンクロ状態にある『現実世界の自分』と『夢の中の自分』と同様に、この『現実世界のあなた』と『小説の中で作成した登場人物としてのあなた』の、形ある『現実の存在』であると同時に形なき『小説の存在』でもあるという、小説を作成した主体であるあなた自身すらも単に現実の存在であるとは限らなくなって、この世界そのものも現実世界であると同時に小説の中の世界でもあり得ることになるの。言わば何と今現在のあなた自身も形なき『小説の中の登場人物としてのあなた』である可能性が生じることになるわけで、その場合あなたは、あなたを小説の登場人物として創造した形あるの『あなた』とシンクロしていることになり、その『あなた』もまた自分を小説の登場人物として創った世界の『あなた』とシンクロしていることになる──といった、無限のシンクロ関係が構築されることになるの。それに対して、今現在のあなたが間違いなく形ある『現実世界の存在』である場合においては、今度は自分が創り出した形なき『小説の中のあなた』とシンクロしていることになるのであり、その状態であなたが『小説家である自分を主役にして現実世界のありのままをしたためた小説』を作成しているとしたら、当然その小説の中の『あなた』もまた『小説家である自分を主役にして現実世界のありのままをしたためた小説』を作成していることになり、更にその小説の中の『あなた』も──といった具合に、現実と虚構を超えた無限の連鎖関係が生じることになるわけなのよ。しかも多世界解釈量子論に基づけば『あらゆる世界同士はあくまでも等価値の関係にある』ことにより、たとえそれが『小説の中の世界』と『その小説を作成した現実世界』との間であろうとも、因果関係や時間的な前後関係等はまったく存在し得ないのであり、ゆえにこの無限の連鎖的状況下においては、あなた自身は現実の出来事を基に小説を作成しているつもりでも、、過去の事実と異なることを記せばすべての連鎖世界が書き換えられて最初からその過去のみが正しいことになり、好き勝手に未来の出来事を記せばそれが現実のものとなってしまうという次第なのよ。なぜなら時間的な前後関係を取っ払ってしまえば、あなたが小説の記述を書き換えれば同時にすべての連鎖世界の小説が書き換えられることになり、そしてそれはその小説内に記述されている者にとってのがみんな一斉に改変されるということなのだから、初めからすべての連鎖世界においては改変された過去のみしか存在していないことになるので、何とSF小説等においては絶対に不可能だと見なされていた、すでに確定されていた過去の改変が実現できることになるの。──そう。まさしくこのように現実世界と小説という虚構の世界との垣根を超越して多重的連鎖状態を構築することによって、現実世界という名の小説の『作者』になれる力こそが、この世で唯一あなたが持ち得る力なのよ」


 なっ。僕が自分を主観にして現実の出来事をそっくりそのまましたためた小説を創るだけで、今まさに自分自身こそが世界を生み出していることになって、しかもただ単にその小説の記述を書き換えたり書き加えたりするだけで、この現実世界を現在過去未来にわたって思いのままにできるようになるだって⁉


 思わぬ事実の発覚に完全に言葉を失う僕に対し、更に驚くべき言葉を紡いでいく、自称『僕の妹』。


「このように、実は『作者』だからこそあなたは、夢として見せられた【ステージ2】から【ステージ40】を小説化することで、あくまでも当人たちにとっての現実世界にできたの。そしてそれはこの世界についても同様なのであって、教え子であった『麟』を義理の妹の『りん』に書き換えることによって、いつでもどこでも他人の目なぞはばからずいちゃいちゃできるようにしたことも、お気に入りの生徒をいじめ抜いて自殺未遂に追い込み担任だった自分自身すらも窮地に追いやった、三十九人の教え子たちを昏睡化させたことも、すべてがあなた自身が望み、世界を書き換えることによって実現したことだったのよ」

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