第2話

「……それで、何でその子はホワンロンだか何だか知らないが、この世界を夢見ながら眠り続けているとかいう、もはや人知を完全に超越した神様なんかになることができたんだ?」


「もちろん元々夢見鳥家がホワンロンゆかりの一族だということもあるけれど、その『私』の望みとホワンロンの神様としての在り方そのものが、完全に合致してしまったからなのよ」


「へ? 神様としての在り方と合致したって……」

「彼女はいじめが原因で自殺未遂した後に、昏睡中に見ていた夢の中で願ったのよ、『現実世界のことなんか何もかもすべて放り出して、ただずっと眠り続けることのできる世界に行きたい』って。それを二つの理由に基づいて、ホワンロンが聞き届けることになったの」

「……その理由、ってのは?」


「まず一つには、先に述べたように、ホワンロンこそが夢魔なんかよりも本当に、人の『真に理想的な世界へと転移したい』という願いを叶えることのできる唯一の存在とも言えるからなの。別にそのためだけに存在してる神様であるわけじゃないんだけど、すべての世界を夢として見ているホワンロンでないと、まさに量子論等に基づいた真の意味で現実的に実現可能性のある、世界間転移──いわゆる多世界転移をなし得ないんだしね。だからこそそっちの『私』の願いも叶えられることになったんだけど、実はその願い自体が第二の理由そのものでもあったのよ。それと言うのも、『現実世界のことなんか何もかもすべて放り出して、ただずっと眠り続けることのできる』存在って、まさしく文字通り眠れる神たるホワンロンそのものじゃない。つまり彼女はめでたく願いを叶えられることによってこそ、ホワンロンと一体化することになったという次第なの」


「──!」

 そうか、これってつまりは、どんな願いでも叶えてくれる神様に、「自分自身がどんな願いでも叶えてやれる神様になりたい」という願いを叶えてもらったようなものなんだ。

「……いや、待てよ。この『麟』が昏睡してホワンロンと一体化したのが、元の世界のいつだったのかは知らないが、せいぜいが数カ月前ってところなんだろう? それだと辻褄が合わないじゃないか。この世界を夢として見ているということは、ある意味この世界を生み出したまさしく天地創造を為し得る神様的存在なのであり、少なくともこの地球が生まれる前から存在していなければならず、たかが十二、三歳ほどの中学生になりたての女の子がなり得るわけがないだろうが⁉」

「そんなことないわよ? たとえそっちの『私』が実際にホワンロンになったのがほんの数ヶ月前だろうと、その時点から現在過去未来を問わずすべての平行世界のすべての歴史を、いつでも好きな時に好きなだけ夢として見て、元々脳内に存在していた己自身の記憶として認識することができるのですもの」

「はあ? すべての世界のすべての歴史が、元々脳内に記憶として存在していたって……」


「それというのも、実は時制すら問わず無限に存在し得る平行世界──つまりはホワンロン等の『夢の主体』が見ている多元的夢の世界って、SF小説やラノベ等に登場してくる過去や未来の世界や異世界の類いのように、それぞれ独自に時間が流れたりはしていなくて、あくまでもそれぞれ一瞬のみの『時点』に過ぎないのよ」


 ……………………へ?

「なっ⁉ すべての平行世界が時間なぞ流れてはいない、停止した一瞬のみの存在でしかないだと? そんな馬鹿な!」

 それってまさしく、これまでのSF小説やライトノベル等における、タイムトラベルや異世界転移の基本的概念を全否定してしまうようなものじゃないか⁉

「だったらわかりやすい例え話として、仮にホワンロンが十年前の過去の世界を夢見ているとしましょう。ホワンロンはまさしく歴史の開闢以来ずっと眠り続けているのだから十年なんてあっと言う間に過ぎるわけだけど、それから先は言わば十年前における『現在の夢』とおんなじ内容を繰り返していくことになるだけ──すなわち時間を超越した巨視的マクロな視点で見れば、まったく同じ夢を重複して見ていることになり、完全に無駄なことをやっているだけで、それは百年前の世界の夢でも三年前の世界の夢でもあらゆる過去の世界の夢でも同じことになってしまい、無限に無駄なことを繰り返していることなってしまうからして、最初から歴史セカイというものを一瞬ずつの『時点』として区切って見ることによってこそ、このような重複を回避することができるという次第なのよ。だいたいがさあ、SF小説やラノベの過去改変イベントって、過去にタイムトラベラーを派遣した時点で過去改変が完了しているべきでしょうが? 何せ過去というものは改変が成功するかしないかにかかわらず、文字通りのだから、現在というものは常に過去の影響のもとに象られていて、過去改変のプロジェクトを発動した時点ですでに、現在においては改変された過去によって成り立っている世界となっているべきなのよ。それなのにSF小説やラノベ等の過去改変作品エピソードによく見られるように、現在と過去の出来事イベントが同時進行的に行われることなんてあり得るわけがないでしょうが。異世界転移イベントもそう。作品の都合に合わせて異世界の時の流れが現実世界と違っていたり異世界人の歳のとり方を特殊なものにしたりしている作品をよく見かけるけど、そういうのに限っていろいろと辻褄が合わなくなってしまいがちなのよねえ。だからこそ過去や未来の世界や異世界等の、この現実世界とは別の可能性の世界──量子論で言うところの『多世界』においては、時間は一切流れておらず一瞬のみの『時点』としての存在として捉え直すべきなのよ」

「いやでも、世界の歴史がそれぞれ独立した『時点』の集まりでしかないと言われても、全然イメージできないんですけど?」

「あらそう? むしろ世界の未来への道筋というものが最初から決まり切った一本道でしかないなんて、もはや時代遅れの古典物理学における決定論そのものじゃないの。それに対してこの世のすべての物質の物理量の最小単位である量子というもののほんの一瞬後の形態や存在位置すらも予測することができないとする、現代物理学の根本原理たる量子論に基づけば、時間というものはけして連続しておらず一瞬ずつの独立した『時点』の集まりということになるのであり、だからこそ我々はほんの一瞬後にも他の世界に転移する可能性が──つまりはタイムトラベルしたり異世界転移したりする可能性があり得るわけで、世界の未来がけして途切れることのない一本道だとするとそれらの実行が絶対に不可能となり、むしろこういった決定論に基づいた古い考えのほうこそが、SF小説やラノベ等における各種世界間転移イベントを全否定してしまうことにもなりかねないわけなのよ」

 何と。ということは実は、これまでのSF小説やラノベ等における現実世界とは独立して時間の流れている過去や未来の世界や異世界こそが、当のSF小説やラノベにおいて、現代物理学に則った真に正当なるタイムトラベルや異世界転移の実現を阻害していたってことじゃないか⁉

「つまりホワンロンのような『夢の主体』と言えども、無限に存在し得る多元的夢の世界がそれぞれ独自に歴史ジカンを紡いでいっている様を同時に眺めて認識できているわけではなく、あたかもパソコンのハードディスクであるかのように、無限に存在し得る多元的夢の世界をすべて己の脳みその中に記憶ストックしてはいるものの、常にすべてを認識し得てはおらず、あくまでも一度に認識できるのは適当な『時点』を繋ぎ合わせて一本化した、まさに現在見ている特定の一つの夢だけで、その他の夢の世界はその存在自体は知識として認識できてはいるものの、脳内に死蔵的にストックされていて停止状態にあるといった次第なの。よって『私』のように『夢の主体』であるホワンロンと一体化するということは、『多元的夢の世界』という無限の『記憶データ』を己の脳みそに丸ごとコピーされてしまうようなものであって、当然その中にはすべての世界のすべての歴史の『時点』が一つも欠けずに揃っていることになるのだからして、『私』がホワンロンと一体化したのがほんの数カ月前であろうと、この現実世界を始めとしてすべての世界のすべての歴史の『時点』をいつでも自分の脳内の知識として認識できるのは、本家本元の『夢の主体』であるホワンロンとまったく御同様なのであり、『私』がホワンロンとなった時間的前後関係タイミングを問うたところで、何の意味もないってことなのよ」


 おお、つまりそれって、元々あらゆる平行世界における歴史というものは、けして過去から未来へと一本道に流れていくものではなく、しかもホワンロンのようにあらゆる世界を夢見ている神様においては、そのすべての『時点』を己の脳内に知識としてストックしているので、いつでもあらゆる世界のあらゆる歴史のあらゆる『時点』の状況を認識することができるゆえに、その存在自体が時間の概念に囚われていないってわけなのか。


「まあ、こうして『麟』がホワンロンと一体化した後において、いよいよ以前より元の世界に存在していた『NIGHTMAREナイトメア』サイトならぬ『HOWANRONホワンロン』サイトを介して、自分をいじめていたクラスメイトたちに対して異能の力を行使していこうとしたんだけど、その現実世界におけるサポート役を担うことになったのが誰あろう、夢魔ではなく実はホワンロンを御本尊として奉っている胡蝶の一族の中で例外的に男性でありながらホワンロン由来の異能の力を有し、常にあらゆる世界の『別の可能性の自分』と総体的シンクロ状態にあって、記憶や知識をすべて共有していることもあり、胡蝶の一族が密かに主宰している『HOWANRONホワンロン』サイトや『SF小説を書こう!』サイトの管理を任されている、言わば多元的存在であるホワンロンのスポークスマンとも呼ぶべき、御存じ水無みなすぐる氏なの。実際には彼こそを中心にして、『HOWANRONホワンロン』サイトにおいて『真に理想的な世界への転移を叶えてあげる』キャンペーンを実施して、まんまと『麟』のクラスメイトたちをおびき寄せて、彼女たちが望むままに『自分にとって真に理想的な世界』──実はホワンロンである『麟』が見ている多元的夢の世界へと転移させることによって、元の世界においては昏睡させていったってわけなのよ。何せこの世界を含むありとあらゆる平行世界が、『麟』が見ている夢のようなものになってしまっているゆえに、当然おのおのの生徒たちが理想とする世界もすべてその中に含まれているのであり、希望通りに転移させることなぞ朝飯前なのですからね。ただしすでに御存じのようにホワンロンは文字通り無限の夢を見ているのだからして、当人の真に理想的な世界そのものズバリの夢を見せることは事実上不可能で、微妙に異なったパターンの夢を延々と繰り返して見せていたんだけど、あなたにすでに昏睡させていた『麟』の三十九人のクラスメイトたちの夢を一つ一つ見せていって、最も理想的な形で小説化させて、ネットに公開して万人に観測させて、一つに確定したって次第なのよ」

 え。

「……僕が『麟』のクラスメイトたち──つまりは、元の世界におけるの、完全なる昏睡化の片棒をかついでいただと?」


「そうよ。あなたにネット上の短編連作型小説『白日夢デイドリーム』の【ステージ2】から【ステージ40】の主人公として、夢を見させて小説化させたのは、まさしく『麟』を陰湿極まるいじめのターゲットにして自殺未遂に追い込んだ、今あなたの目の前に浮かんでいる多数の棺桶の中に横たわっている、彼女の三十九人のクラスメイトだったの」


 な、何だと⁉

「い、いや、僕がおまえから見せられた夢では、ほとんどの人が中学生なんかではなく、もっと年上ばかりだったぞ?」

「何言っているのよ? それこそ夢なんだから、本来の自分とはまったく別の姿形になったとしても、おかしくも何ともないでしょうが?」

 あ。

「それにそもそもあの夢の中の彼女たちは、当人にとっての真に理想的な姿なんだから、中学生にとっての『理想の自分』が『すでに成功を果たした大人の自分』であることは、むしろ当然のことじゃない」

 た、確かに。

 つまりこの目の前の湖の水面を埋めつくすかのように浮かんでいる棺桶に横たわっている中学生の女の子たちこそが、あの【ステージ2】から【ステージ40】までの夢の中の女性たちの真の姿であり、元の世界における僕の教え子だったってわけなのか。

 ……むむむ。そうとわかっては、黙っちゃおれないぞ。

「いくら神様そのものになれて、自分をいじめていた相手に復讐をし放題だからといって、クラスメイトを全員昏睡させてしまうなんて、やり過ぎだろうが⁉ 今すぐみんなを目覚めさせろ!」

「はあ? 復讐ですって? 私の話をちゃんと聞いていたの? その『私』はあくまでもクラスメイトたちの『自分にとって真に理想的な世界へ転移したい』という願いを叶えてやっただけで、むしろ感謝されることがあっても、非難されるいわれなんてないわ。それに何度も言うように、その世界が夢か現実かは相対的なのであって、生徒さんたちは皆自分にとっての新たなる現実世界にいったのであり、夢を見ているのはあくまでもホワンロンである『私』のほうなのであって、たとえこの世界においては昏睡状態にあるように見えても、生徒さんたちはそれぞれ自分にとって真に理想的な世界において目覚めているのであり、重ねて目覚めさせることなんかできっこないじゃないの? それに何より肝心なことをお忘れになっては困りますけど、現在のこの状況セカイはその『私』が見ている夢であると同時に、あなた自身が己の願望のままに世界でもあるわけなのよ?」

「へ? 僕が世界を書き換えたって……」

 思わぬ言葉に面食らう僕に対して、更にとんでもないことを言い出す、目の前の少女。


「だってあなたこそはある意味、この世界を夢ということにもしてしまえるホワンロンよりも至高の存在である、ホワンロンが見ている多元的夢の世界そのものであるすべての平行世界を自作の小説であることにして、自由自在に書き換えることによって現在過去未来を問わず意のままに改変できる、いわゆる世界の『作者』とも呼び得る存在なのですもの」


 …………………………………………はあ?

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