【ラストステージ】夢見る龍(カミ)が支配する。

第1話

「……その子が、あらゆる世界を夢見ながら眠り続けている、中国の神様の憑坐だって?」


 僕はあまりにも想像を絶する言葉を聞かされ、一瞬完全に我を失ってしまったものの、何しろとても納得できるような話ではなかったので、すぐさま食ってかかっていった。


「いやいやいや、そんな馬鹿な! それってつまりは、この現実世界そのものが実は夢でしかないということじゃないか? そんなことがあり得るものか⁉」

「あら、あなただって、『ちょうゆめ』の故事くらい聞いたことがあるんじゃないの?」

「胡蝶の夢? それって確か、そうとかいうオッサンがちょっと蝶になった夢を見ただけで、『果たしてあれは本当に夢だったのか? もしかしたらこの現実世界のほうこそが蝶が見ている夢で、実は自分は夢幻の存在に過ぎないのではないのか?』とか何とか、ちゅうびょうそのまんまのことを真面目くさって言い出したとかいうやつだっけ?」

「ええ。それと同様に中国の神話においてはまさしく『ホワンロン』という神様が、この世界を夢見ながら眠り続けているとも言われているの。つまりこれらの故事や神話が示しているのは、『この現実世界が実は何者かが見ている夢ということは、けして否定できない』ということなのよ。しかも夢を見ている主体が蝶や龍神でもあり得るように、仮にこの現実世界が夢であったとしても、夢を見ているのが自分自身であるとは必ずしも決まっておらず、まったくの別人であり得るのはもちろん、それこそ蝶や神話上の神様等々人間以外の森羅万象すべてや、下手したら異世界や過去や未来の存在や小説や漫画等の創作物上のキャラクターでもあり得るのであり、言うなれば人は誰でも『夢から目覚める』という形で、この現実世界から時制すらも問わぬ別の世界のまったく別の存在へとなり変わる可能性があり得て、そのいわゆる『無限の別の可能性の自分』の中には当然『真に理想的な世界の中の真に理想的な自分』も含まれているわけで、例の『NIGHTMAREナイトメア』サイトを司っていたのが実は夢魔であるナイトメアなんかじゃなく、本当はこの世界を夢として見ながら眠っている神様たるホワンロンであったからこそ、人を『真に理想的な世界』へと転移させることを実現できていたって次第なのよ」

「なっ⁉ この世界が夢かも知れない可能性があるゆえに、とともに別のもっと理想的な世界に転移することだってあり得たのは、本当は夢魔ではなくホワンロンとやらの仕業だっただと? いやいや、ちょっと待って。前提条件がおかしいから。そもそもこの世界を夢見ているホワンロンとかいう神様自体が、存在したりするわけがないだろうが⁉」

 そんな僕の至極もっともな反駁に対し、何と目の前の少女はむしろ我が意を得たりといったふうに表情を輝かせた。

「そう、その通り! さすがはこの世界限定とはいえ、私のお兄ちゃん!」

「は、はあ?」


「しょせん『胡蝶の夢』の蝶は文字通り荘子の夢の産物でホワンロンは神話上の産物なのであり、つまりはあなたたち人間の創造物でしかないの。これはどんな神話上の神様だろうと、創作物上の超常的存在だろうと同様で、すべては人間が考え出したものなのであって、『神が自らに似せて人間を創った』のか『人間が自らに似せて神を創った』のかは、永遠に答えの出ない堂々巡りのパラドックスでしかないわけなのよ。同じように、確かにこの世界は蝶や龍や他の何者かが見ている夢で、ここにこうして存在しているあなたたち人間がすべて夢の産物かも知れない可能性は否定できないのだけど、もちろんこの世界やそこに存在しているあなたたち人間のほうがれっきとした現実の存在で、『胡蝶の夢』の蝶やホワンロンなんていったもののほうがそれこそ夢や神話等の虚構の存在でしかないという可能性も、当然否定できないって次第なの。実はこの現実であり得ると同時に夢でもあり得るという『二重性』こそが肝要なのであって、極論すればホワンロンのようなこの世界を夢見ながら眠り続けている神様なんて、実際に存在する必要はないの」


 ──って、おいおい。何なんだよ、このいきなりの手のひら返しは?

「……いや、ちょっと待て。現実であり得ると同時に夢でもあり得るという『二重性』こそが、ホワンロンなんていうとんでもない神様が本当に存在することよりも重要であるっていうのは、もしかして」

「うふ。気がついた? そうなの、これまではこの世界が夢魔に支配されていることを前提にしてすべてを説明していたけど、実はあらゆる世界のいわゆる『主体的』存在は、文字通りあらゆる『夢の世界の主体』とも呼び得るホワンロンのほうだったの。そもそもあれだけ『すべての森羅万象は夢の存在でもあり現実の存在でもあり得る』とか、『本当は夢魔そのものであるナイトメアなんていう確固たる者なぞ存在していなくて実は集合的存在なのである』とか言っておいて、私こと夢魔を自称する『メア』が確固として存在していたこと自体が完全に矛盾していたのよ。つまり夢魔なんか確固として存在していたりはせず、ただ『この世界を含むすべての世界を夢見ながら眠り続けている者が存在している』だけなのであり、もちろんホワンロンにしてもそんな黄色い龍だかどこかビール会社のシンボルマークみたいな龍と馬のあいの子みたいのが、中国の山奥とかに存在しているわけではないの。極論すればホワンロンなんて実際に存在している必要はなく、あくまでもこの世の万物における二重性を成り立たせるための仮定上の存在であっても構わないのよ。何せホワンロンが存在することによって、この現実世界を含めてありとあらゆる世界が、そしてそこに含まれているあなたたち人間を始めとする森羅万象すべてが、現実の存在であると同時に夢の存在でもあり得るという二重性を浮き彫りにされることになって、以前述べたようにミクロレベルにおいて形なき波の状態にある量子が有している、次の瞬間の己の姿である形ある粒子としてとるべき無数の形態や位置の可能性が同時に重複している状態──いわゆるこれぞ量子論で言うところの『重ね合わせ』状態にあるという独特の性質が、マクロレベルの存在であるあなたたち人間にも適用されることになり、現在の自分が形なき『夢の世界の自分』でもあり得るということは、夢から目覚めた後に無限に存在し得る形ある『現実世界の自分』と常に『重ね合わせ』状態に──すなわち総体的シンクロ状態となり得ることになり、読心や未来予知等のシミュレーション系の異能も、タイムトラベルや異世界転移等の多世界転移系の異能も、前世返りや人格の入れ替わり等の別人格化系の異能も、ありとあらゆる異能が実現可能となるのですからね」

 ホワンロンなんて、万物が総体的シンクロ化するための単なる仮定的な大枠に過ぎず、しかも夢魔のほうは、そもそも存在すらしていなかっただと?

「……ということは、りんやさんたちも」

「ええ。そっちの棺桶の中の『私』や美明を始めとするちょうの一族も、実は夢魔ではなくホワンロンこそを遥か昔から代々奉ってきたのであって、当然のようにあらゆる世界を夢見ているかも知れないというホワンロンの存在可能性をちゃんとわきまえて自らの二重性を自覚していて、あくまでも自分こそを夢の存在であるかのようにして、いわゆる『目覚めた後の自分』に当たる無限に存在し得る『別の可能性の自分』と総体的にシンクロすることによって、読心や夢渡りや夢告げ等の胡蝶の一族の女ならではの数々の異能を実現しているの。そう。夢魔について説明した時のように、総体的シンクロ化の起点となるのを『夢の中の自分』に、常に現実の存在でも夢の存在でもあり得るという二重性こそが肝要なのよ。というか、そもそも夢魔では、何らかの超常的な現象を必要とする『人の真の願い』を叶えてやることなんてできやしないの。前にも言ったように、ただ単にあたかも願いが叶っているかのような『まやかしの夢』を見せているに過ぎないのよ。それに対してあらゆる世界を夢として見ているホワンロンだったら、その無限に存在し得る多元的夢の世界の中に、ある人物にとっての最も理想的な世界に『目覚めさせる』という形で、異世界転移──多世界解釈量子論で言うところの多世界転移をさせることで、本人にとっては夢の中なんかではなくれっきとした新たなるの中で、真に願いを叶えさせることができるといった次第なの。──まさしくこの世界こそが、あなたにとっての『真に理想的な世界』であるようにね」

 ………………………………は?

「な、何だよ、この世界こそが僕にとっての、真に理想的な世界って」

 突然の意味不明な言葉に戸惑う僕に対して、いかにも思わせぶりな笑みを浮かべながら更に衝撃的な台詞を畳みかけてくる、偽りの妹。


「……まったく。これだけ誰も彼もが望みを叶えられて多世界転移を果たしているというのに、どうして自分だけは転移を行っていないと思えるわけ? 実はこの世界自体も、これまであなたに夢として見せて小説化してもらった、ネット上の短編連作型小説『白日夢デイドリーム』で言うところの【ステージ2】から【ステージ40】までの世界と同様に、『主人公』であるあなた以外の何者かが見ている夢であったとしても、別に不思議ではないでしょうが?」


「──‼」

「だいたいがさあ、おかしいとは思わなかったの? いくらこの世で二人っきりの兄妹とはいえ中学生にもなる妹が、兄に対してあんなにもベタベタしたりするわけがないじゃない。すべてはあなた自身の願望の顕れ以外の何物でもなかったのよ。それにさっきあなた自身も、そっちの『私』が自分の生徒だという、あくまでも人間関係について思い出していたじゃないの?」

 い、言われてみれば、確かに。

「……じゃあ、僕が元いた世界って、いったいどんなふうだったんだよ? つうか、そもそも僕は何で、別の世界に転移しようなんて思い立ったわけなんだ?」


「実はあなたはちょうもり女学園に新任教師として着任して早々、自分のクラスでいじめ事件を起こしてしまい、学園上層部からも生徒の父兄からも世間の人々からも責任を追及されて、完全に追いつめられて、絶望の淵にいたの」


「はあ? そんな馬鹿な! 僕のクラスには、いじめなんて影も形もなかったぞ⁉」

「だからそれは、『この世界』の話でしょう? 私が話しているのがあなたが逃げ出してきた、そっちの『私』があなたの教え子だった世界であることを忘れないでちょうだい」

「──ぐっ」

「更に詳しい事情を述べるとね、あなたのクラスに、そのせいか非常に内向的な女の子がいて、当然のようにボッチになってしまっていたんだけど、それに対して教師になりたてで意欲に満ちていたあなたは完全に理想的なクラスを実現しようと、何かとその子の面倒ばかり見るようになったの。彼女のほうもそのように自分なんかに親身になってくれる先生に対してはなついて心を開いていくようになったの。──そう。あなたにね。しかしそれこそがむしろ、クラス内に決定的な不和を呼び起こすことになったわけ。実は新任ほやほやの若さに付け加えて女学園においては希少な存在である男性教師であったがゆえに、あなたってばクラスの生徒たち全員にとってのあこがれの的だったんだけど、そんなあなたを事もあろうにクラスにおけるみそっかすが射止めてしまったものだから、その子はたちまちのうちにいじめのターゲットとなってしまい、日々密かに数々の嫌がらせを受け続け、ついには多量の睡眠薬を服用することで自殺未遂をして昏睡状態となってしまい、文字通りクラスの唯一の『空席のあるじ』となったという次第なのよ」

 いじめられて自殺未遂して昏睡状態になった、女の子だと?

「……まさか、その生徒って」


「ええ、そうよ。そっちの棺桶の中の、あなたの教え子としての『夢見鳥麟』よ」


 ……何……だっ……てえ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る