第1話、名探偵S波マミ、颯爽登場⁉
「──謎はすべて解けたわ。犯人はあなたね!」
私はパールホワイトのスマホ片手にそう宣言するや、この場に一堂に集っている事件関係者の中から、被害者の大富豪の義理の兄であるでっぷりと肥え太った壮年の男性を指さした。
「……ぐぬぬ。ど、どうして、それを⁉」
口惜しそうに観念する、真犯人。
「お見事!」
「さすがは、現役美少女高校生ベストセラー作家
「もはや我々プロの警察官も、すっかり形なしじゃよ」
「ふふふ。やはり君を唯一のライバルとした、私の目は確かだったようだな」
口々に称賛の声を浴びせかけてくる、被害者の御家族や、濡れ衣をかけられていたロシア人のメイドさんや、かませ犬役の警視庁捜査一課の
カ・イ・カ・ン♡
これよ、これなのよ! これをやってみたかったの!
その時私は記念すべき二十回目の事件における、見事なまでの『解決シーン』に酔いしれていた。
いやいや、こんなもので満足なんかするものですか。
もちろんこれからだってどんどんと難事件を解決して、名探偵
何せ私には、『女神様のスマホ』がついているのですからね!
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
そのゲームに手を出したのは、ほんの気まぐれだった。
念願のミステリィ小説家としてデビューしたというのに、けして満たされることのない渇望。
それは自作の主人公である名探偵キャラに自分の名前を付けてみたところで、何の慰めにもならなかった。
そのように現実と理想との埋めがたき大きな隔たりを痛感しながら、うっ屈とした毎日を過ごし続けていたところ、何とも珍妙なる噂が耳に入ってきた。
何でも『
いかにもネットにありがちなうさん臭い話であるが、そこはさすがは作家業なぞをやっている夢見がちかつ現実逃避傾向の強いミステリィ関係者。ほとんどのプレイヤーが途中で音を上げた課題ゲームを見事にクリアし、すでに女神様とやらに望みを叶えてもらった現役のミステリィ小説家が少なからず存在しているとまことしやかに言われていた。
それというのも、素人には難解極まるゲームであろうとも自身も商業作品を作成している小説家なら、そのプロならではのストーリーテリングセンスによりどうにかクリアできてもおかしくはなく、現にこのゲームにトライしていたらしい現在人気の絶頂にあり何冊ものベストセラー作品を連続して叩き出していた密室監禁系
一説によると、業界指折りのゲームマニアだった彼女は見事にゲームクリアを果たし、その褒美としてミステリィの女神様とやらに導かれて社会的地位や名声をすべてなげうって、実生活においても密かに監禁していた半身不随で記憶喪失の恋人と共に、自分にとっての『理想の世界』へと旅立っていってしまったのではないかと言われていた。
もちろん私とてそんな眉唾物の話を頭から信じたわけではないが、何せその課題ゲーム自体がプロのミステリィ小説家すらうならせるほどによくできており、何よりもプレイヤーがゲーム中にまさしく名探偵そのものになれるところこそが私の最大の願望と一致し、昼夜を問わず小説作成もそっちのけで熱中していったのだ。
そして困難を極めた課題ゲームをめでたくすべてクリアしたまさにその時、スマホにミステリィの女神様からのメッセージが届き彼女から超常の力をもたらされることによって、私はこの現実世界で本当に、念願の名探偵になることができたのである。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──なぜだ! なぜあれだけ完璧だったはずの、完全密室双子入れ替え時刻表叙述トリックが、こうもあっさりと見破られてしまうんだ⁉」
毎度お馴染みの『解決シーン』の場に響き渡る、真犯人の中年男の悲痛な叫び声。
「ふっ。まさか被害者の遺された娘さんが
「……そんな馬鹿な。トリックを暴いただけでなく動機さえ完璧に見抜き、しかも私自身すら気づいていなかった、心の傷までも言い当てただと⁉」
私の的確な指摘に完膚なきまで心を折られ、その場に崩れ落ちる真犯人。
それと同時にいつも通りにわき起こる、関係者一同の称賛の嵐。
『お見事!』…………………………………………………………………妥当性98%
『さすがは、現役美少女高校生ベストセラー作家名探偵ね!』………妥当性84%
『もはや我々プロの警察官すら、出る幕がないよ』……………………妥当性75%
『ふふふ。やはり我が唯一のライバルは、こうでなくてはね』………妥当性67%
それはこれまた毎度お馴染みの、被害者の御家族に、濡れ衣をかけられていたブラジル人のメイドさんに、今回は
なぜなら先ほどから現に声を出して会話を交わしているのは、私と真犯人の二人だけなのだから。
とにもかくにもこうして記念すべき二十五回目の事件は、いつも通りに私の鮮やかなる名推理によって解決したのであった。
うふふふふ。それも当然よ。
何せ今の私には自分の周りにいる人の心が、すべて読めるのですからね。
その時私は、
そう。『ミステリィの
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
『──どう、「女神のスマホ」の使い心地は。お気に召したかしら?』
通算三十回目の事件解決を果たした記念すべき日の深夜遅く。愛用のパールホワイトのスマートフォンから何の前触れもなく聞こえてきた、今やすっかり耳に馴染んだ推定年齢十二、三歳ほどの幼くもどこか尊大なる少女の声。
それは困難極まる『
「……いや、お気に召したも何も。これってどういった仕掛けになっているの? どんな相手の心のうちも余さずスマホの画面上に表示するだけでも信じられないのに、これから先に起こり得る未来の展開すらもギャルゲか何かみたいに選択肢として提示して、しかもその中から選んだ通りに本当に現実世界の事件その他諸々が推移していくなんて。あなた、いったい何者なの⁉」
『何者って、あなたもようく御存じの、ミステリィの女神様よ。女神なんだからこれくらいのこと、できて当たり前でしょ?』
「こ、これくらいって。こんなのまさに神か悪魔の仕業じゃないの? あなた本当に神様だとでも言うの⁉」
『そうよお? だからこそあなたの「現実世界で本当に名探偵になりたい」という、本来ならあり得ない願いすらも叶えてあげられたんじゃないの。それなのにいったい何が不満だと言うのよ?』
「──ぐっ。い、いや。確かに長年の夢を叶えてもらえて、いくら感謝してもし足りないくらいなんだけど、それにしてもすご過ぎるんじゃないの。そんなんであなた本当に、
『失礼ね。人をまるで、小学生の自立心をくじきプロのSF小説家たちを幼稚化するために未来から送り込まれた、顔色の悪い洗脳ロボットなんかと一緒にしないでちょうだい。それにこれは別に
「はあ?
『なぜなら女神のような全知全能の絶対的存在はもちろん、あなたがさっき口にしたサトリやくだんのような特殊な能力を有する存在も、まさに量子的存在とも呼び得るのであり、よって読心も未来予測も──ひいては、現実世界を自分の意のままに変えていくことすらも、量子論に基づけば現実的に実現可能なことばかりなのですからね』
なっ。こんなSF小説やファンタジー小説もどきの非現実的なことが、量子論に基づくだけで現実的に実現可能になるですってえ⁉
『だいたいがあなた、こうして当たり前のようにして私とスマホを通して話すようになって随分たつけど、そもそもいくらサイトの管理者とはいえいったいどうして、あくまでも匿名でアクセスしていたあなたを特定してアクセスすることができたと思っているの?』
……そういえば。
いきなり人のスマホに着信してきて、『私こそは「Mの女神様」サイトの管理人である、人呼んでミステリィの女神様よ。課題ゲームクリアの御褒美に、あなたの願いを何でも一つだけ叶えてあげるわ!』などととんでもないことを言い出して、しかもそれを本当に叶えてしまったものだから、呆気にとられているうちに瑣末なことはすべてスルーしてしまっていたけれど、考えてみれば単なる一プレイヤーのところにサイト管理者がアクセスしてくるなんて、本来はあり得ないことなのだ。
「や、やはり、あんな大人気サイトの管理人をやっているくらいだから、何か特殊な探索用アプリを使っているか、特別な管理者権限が与えられているとか?」
『違うわよ。実は私はあなたのように現実世界に存在していてスマホ等を使ってネット越しにあなたにアクセスしているんじゃなくて、元々
「ね、ネットの住人って。まさか実は自分は女神ではなくて、『
『嫌ねえ。確かに私は妖精や天使のように可愛らしい女の子なんだけど、公称通りあくまでもミステリィの女神様よ。とにかく私のように現実世界とは別の世界を己の住み処にしている者は、総じて量子と同じ特殊な多元的性質を有し、
「ええ。一応極初歩程度ならね。なぜか最近になってから担当の編集者から、『これからはミステリィ小説も量子論──中でも特に多世界解釈的センスが必要になってくるから、ちゃんと勉強しておくように』とか何とか、うるさくせっつかれたものだから」
『……ああ。例の
「まったく。あんな時代錯誤な
『まあ、とにかく量子論で言うところの「多世界」なるものは、量子という存在自体が確率的であるわけのわからない超次元的存在をどうにかこうにか論理的に説明するために編み出された、あくまでも概念的な世界なのであり、同じく量子論を代表するコペンハーゲン解釈においては、量子が確率的存在なのはその存在形態自体が常に同時に多重的に存在するので観測するごとに形態や位置情報がころころ変わってしまうからとして、むしろかえって話を複雑化しわかりにくくしてしまったのに対して、多世界解釈においてはその量子の無限の存在形態一つ一つに「多世界」といういわゆる平行世界的な居場所を与えて具体化することによって、比較的わかりやすくしたわけで、本来なら平行世界なぞ存在するはずはないのだけど、量子という存在自体が確率的で超次元的な存在を論理的に説明するには、我々の極日常的な三次元的常識はもちろんコペンハーゲン解釈でも不十分なのであり、どうしても多世界という超次元的概念を導入する必要が生じ、つまりこの現実世界が量子論を始めとする物理学に基づいている限りは、「あらゆる無限の可能性としての世界」である多世界が存在している
「過去や未来の世界やファンタジー小説みたいな異世界やSF小説そのものの非現実的世界が、現実的に存在し得るですってえ⁉」
『いやまあ、そうは言っても、あくまでも「
「……そんな誰も
『ところがどっこい、この現実世界に存在しながらあらゆる無限の多世界とも同時にアクセスできるものが、ちゃんと存在しているのよ。だってあなたが今言った通り、そもそも多世界とは量子という超次元的存在をどうにかこうにか論理的に説明するために生み出された概念なのだから、それゆえに当然量子こそは多世界にアクセスし得ることになるの。言わば量子というものが存在形態や位置情報をころころ変えてしまうのも、多世界解釈で言うように無限の多世界に存在している形態の異なる量子同士で常に干渉し合い影響し合うことによって、この現実世界の量子の形態や位置情報に反映されているからなのよ。実はこの量子ならではの特異な超次元的性質を利用することによってこそ、その性質を受け継ぐ量子コンピュータが実現された暁には、無限の世界に存在する量子コンピュータ同士の干渉作用による現行のコンピュータの演算能力を遥かに凌駕する量子ビット演算処理はもちろんのこと、SF小説顔負けの多世界間超並列処理すらも実現可能になると言われているくらいなのよ』
「……ええと。量子を論理的に説明するためには多世界の存在が必須で、むしろ多世界という概念を導入することによってこそ量子論そのものが実証的に説き明かせるのみならず、量子コンピュータやSF小説そのままなことすらも実現できる可能性が生み出されるというわけで、それはそれで大変結構な話なんだけど、そのことが肝心のサトリやくだんの実在──つまり、読心や未来予測が現実に実現可能だということと、どう繋がるわけなの?」
『うふふふふ。実はね、私のような全知全能の女神はもちろん、サトリやくだんも多世界とアクセスできるという量子同様の性質を有していて、無限の多世界に存在している自分自身──いわゆる「多世界同位体」と
「女神やサトリやくだんが、
『例えばくだんは多世界──すなわちあらゆる可能性を有する多元的世界に存在する自分の多世界同位体とシンクロすることによって、すべての世界の森羅万象をデータにして未来に起こり得る事象をシミュレートしているのであり、サトリは人々の心象世界や夢の世界にアクセスすることで当人も忘れ果てている深層心理を掘り起こしそれを
「わ、私のスマホが今や量子コンピュータどころか、アカシックレコードそのものになっているですって⁉」
『……あのねえ。だいたいがさあ、おかしいとは思わないの? どこかの名探偵の非認知の孫息子でもあるまいし、あなたの行く先々で都合よく三十回もミステリィ小説そのものの奇っ怪な事件が発生したことを。もちろんこれは偶然の産物でもあなたが名探偵キャラならではの「事件誘引体質」だからでもなくて、ミステリィの女神である私の多世界解釈的未来予測能力により怪事件の起こる可能性の高い場所を
何と。あのミステリィ小説ならではの不自然でワンパターン極まりない、名探偵キャラの事件巻き込まれ体質すらも、量子論に基づけばきちんと説明がつき現実的に実現
すごいぞ、量子論。
量子論や量子コンピュータさえ持ち出せば何でもアリになってしまうのは、別にSF小説だけじゃなかったのね。
「いやいや。懇切丁寧な解説、どうもありがとう。これでやっとミステリィ小説における量子論の活用の仕方というものを、十分理解できたわ。これからもこのスマホを使って、どんどんとミステリィ小説そのものの事件を解決して見せるからね!」
『うふふ。その意気よ。せいぜい期待しているわ。何せそんなあなたのために、まさしくスペシャルステージを御用意したところだしね』
「へ? スペシャルステージって……」
『実はあなたと同じように「Mの女神様」サイトの課題ゲームをクリアして「女神のスマホ」を手に入れた、これまたあなた同様に自作の中に自分と同姓同名の探偵キャラを登場させている自分自身名探偵願望の強いミステリィ小説家ばかりを某所に集めて、誰が真の「現実世界における名探偵」かを競い合わす、言うなれば「第一回ミステリィの女神様杯争奪グランドチャンピオン大会」を開催することにしたの』
「何ですってえ! それ本当⁉」
思わぬ情報に一気に目の色を変えて奮い立つ、美少女高校生ベストセラー作家名探偵。
つまりこれぞお互いにミステリィ小説家としての名誉を賭けての、全知全能のスマホを使ったリアルな推理合戦の御開催というわけね⁉
面白い。受けて立とうじゃないの。
私こそがこの現実世界における真の名探偵であることを、存分に思い知らせてあげるわ。
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