第2話、狐や狸の舞い踊り。

「ほう。これは現役美少女高校生にしてベストセラー作家の、えすまみ先生ではないですか。──あ、いや。最近では美少女作家として名を馳せておられたんでしたっけ。失敬失敬。わはははは」


 出会い頭にいきなりぶしつけな言葉をかけてきて豪快な笑い声を上げる、恰幅のいい長身を和服に包み込んだ五十がらみの男性。


 ……確かこの人はかつて物理トリックで一世を風靡したミステリィ小説界の重鎮、にうとん丸写なぞりだっけ。

 調子のいいことを言ってやけに馴れ馴れしいんですけど、本心のほうはどうなんだか。


 ちっ。小娘が、作家のくせにアイドル気取りで調子に乗りおって。妥当性33%

 何が美少女作家名探偵だ。いい歳してちゅうびょうめが。…………………妥当性33%

 外見と若さだけで作品が売れるのも、せいぜい今のうちだけさ。…妥当性33%

 おおっ。なまマミたんではないか! こんなに近くでお会いできるなんて、ラッキ~♡ 相変わらず何という可愛らしさなんじゃ! マミたんマジ天使♡♡♡ …………………………………………………………………………………妥当性1%


 愛用のパールホワイトのスマートフォンの画面に表示される、目の前のミステリィ業界の誇るベテラン作家の心の声の、シミュレーション結果とその正確性の%表示。

 ふん。狸親父の腹のうちとしては、こんなものか………………って。ちょっと待って⁉

 な、何なの、最後の絶対にあり得そうもない、やけに気色の悪いやつは?

 ……いやまあ、『女神様』自身も言っていたけど、人の心理や行動のパターンには無限の可能性があり、たとえほとんどあり得ない予想候補もその実現可能性はけしてゼロにはならないのであって、とんでもない予想シミュレート結果がリストアップされることも十分あり得るのもわかるけど、いくら何でもこれはないだろう、これは⁉


「あら、そんな。名探偵だなんて、とんでもない。むしろ私のほうこそ、偉大なる先輩ミステリィ作家であられる先生方にお会いするのを、心から楽しみにしておりましたのよ」

「おお、そうかそうか。それは光栄じゃのう。おっほっほ」


 ふんっ。見えすいたおべっかを使いおって。…………………………妥当性33%

 別にわしは、おまえのような小娘に会いとうはなかったわ。………妥当性33%

 どうせ心の中では『この油ギッシュ親父めが』とでも思っているくせに。…………………………………………………………………………………妥当性33%

 うわっ、ほんと? わしに会いたかったですと? もちろんわしもこの日を一日千秋の思いで待ちわびておりましたぞ! 丸写なぞり、感激♡ …………妥当性1%


 ……いやだから、もういっそ最後のやつはリストアップしなくてもいいのでは?

 何せ今この場に集ってきているということは単に同じミステリィ小説家同士というだけでなく、これから作家としての名誉を賭けた真剣勝負を行うといったライバル関係にあるのであって、間違ってもお互いに好意的な感情を持ち得るわけがないしね。


 おもむろに広々とした吹き抜けのエントランスホールを見渡せば、いるわいるわ、馬鹿の一つ覚えの鹿撃ち帽にパイプをくわえた似非ベーカー街に、この初夏の暑いなかにトレンチコート姿の固ゆでハードボイルド親父に、もはや時代遅れの金髪グラサンのノワール野郎に、あまり入れ替わる意味のなさそうなデブチビハゲの双子の中年男に、今どきスマホの乗り換え検索アプリで十分だろうと突っ込みたくなるようなぶ厚い時刻表を後生大事に抱えたテツに、いかにも男か女か判別不能な格好や言動をしている叙述トリックオチが見え見えなユニセックスに、他人の不幸は飯の種と言わんばかりの成金趣味のど派手な格好をしながら本人自身は貧相で陰湿そのもののいじめ作家に、調子に乗ってミステリィ小説にSFやホラーやファンタジーや異能バトル等のエッセンスを導入しているうちに収拾がつかなくなって自分というものがわからなくなり存在自体が量子論的に不確実になり本当にそこにいるのかどうか観測するまで定かではなくなってしまった『チェシャ猫』もどきのカメレオン男等その他諸々の、勘違いしたコスプレ集団が。

 やだやだ。確かにこのイベントの参加者のほとんど全員が私同様に、自作の中に自分と同姓同名の探偵キャラを登場させているミステリィ小説家であるという名探偵願望の強い輩ばかりであり、このように服装までもがコスプレっぽくなってしまうのも致し方ないところであろうが、それにしたって物事には限度というものがあるだろうが⁉


「……これが女神が言っていた、『第一回ミステリィの女神様杯争奪グランドチャンピオン大会』か。それしてもまさか、こんなミステリィ小説にでも出てきそうないかにもな雰囲気の場所で開催されるとはね」

 そうつぶやきながら窓の外へと目を向ければ、見渡す限りに緑豊かな山々に囲まれた広大な湖が広がっていた。

 そしてまさにその中央にぽつんと浮かんでいる小島の上に建てられているこぢんまりとした西欧風の古城を模した瀟洒な白亜のホテルこそが、現在我々が滞在している今回のイベントのメインステージであったのだ。


 それにしても、本当にここはほんなのか?


 何せとうきょうしん木場きばのヘリポートに集合させられたかと思えば、有無を言わさずに擬装カムフラージュしているとはいえ一目で軍用とわかる大型輸送ヘリに乗せられて、あれよあれよと言う間に日本列島を北上していって、こんなどことも知れない人里離れた山奥の秘境──言うなれば『天然のクローズドサークル』へと連れて来られてしまったのだ。

 たかがネットのミステリィサイトのオフ会ごときに、どれだけ金をかけているわけなんだ?

 しかも自衛隊だか何だかの国家的組織まで動員できるなんて、いったい『女神』って何者なのよ?

 あまりに事前に予想していたのとはケタ違いの有り様に面食らいしばし呆然となっていたものの、いつまでも油断しているわけにはいかなかった。

 何せ今ここにいる自分以外のミステリィ小説家たちは一人残らずライバルなのであり、しかも私同様に全員が『女神のスマホ』を持っているのだ。

 私の心境のすべてが、今まさに彼らに筒抜けになっていると思うべきである。

 実際自分のスマホを周囲に向けてみれば、そのことが如実に証明された。


 けっ。小娘がおめおめとやって来おって。飛んで火に入る夏の虫だな。…………………………………………………………………………………妥当性67%

 ルックスと媚だけで売ってて、何がベストセラー作家だ。…………妥当性84%

 おまえの稚拙な作品よりも、ラノベのほうが百倍ましだよ。………妥当性58%

 最近は実際に難事件を解決してすっかり名探偵気取りになりやがって、女だてらに生意気な。………………………………………………………………妥当性77%

 いい機会だ。その鼻っ柱、へし折ってくれる! ……………………妥当性92%


 うわっ。心を読まれていることを知っていながら、笑顔で何というえげつないこと考えているんだ、こいつら⁉

 ──そうかと思えば。


 うひょうっ。やっぱりマミたんは可愛いなあ♡ ……………………妥当性1%

 マミたんマミたん、ハアハアハア♡ …………………………………妥当性4%

 マミたんは、俺のヨメ! ………………………………………………妥当性3%

 マミたんは俺が育てた! いやむしろ、これから育てたい! ……妥当性2%

 マミたんこそ、ミステリィ小説界の救世主だ! ……………………妥当性4%

 女神、降臨! ……………………………………………………………妥当性5%

 作品も最高なら、本人も最高♡ ………………………………………妥当性1%

 マミたんのためなら、僕は死ねる! …………………………………妥当性3%


 ……どうしてだろう。一応は好意的な意見のはずなのに、むしろこっちのほうが嫌なのは。

 まあ、%的にもほとんどあり得ない思考パターンとして無視して構わないんだけどね。そもそも現在の総ライバル状態の中で、仮にもこんなプラス感情を示すはずは無いんだし。


 ──って。あれ?


 このように周囲にいる作家一人一人にスマホのカメラを向けてその内心を表示させていたところ、ある人物に焦点フォーカスを合わせたとたん、突然何も映さなくなってしまったのだ。

 この人まさか、何も考えてないとか?

 いやいや、そんな。修道僧とか仙人でもあるまいし。まったく何の雑念も持たないなんて、あり得るはずはないわ。ひょっとして、システムの不具合か何かかしら?

 うん? そういえばこの人って、どこかで見た覚えが……。

 このコスプレ集団の中にあってスリムな長身を極普通のサマーセーターとジーンズに包み込み、せっかくの彫りの深い端整な顔を長い前髪で隠しがちにしていて、そこから覗いている瞳がまるで死んだ魚のようにまったく生気がないという……。

 あっ。あれだ。去年の年末に発行された毎年恒例のミステリィ小説のランキング誌の、国内作品一位受賞者に対するインタビューコーナーだ。

 そうよそうよ。ミステリィ小説に量子論とか時間SFを持ち込んだことでとみに話題なった、自称ミステリィ小説家のうえゆうじゃないの。

 ……こいつか、諸悪の根源は。こいつの作品がランキング誌とか評論誌でやけに好評を得たせいで、私のような門外漢まで量子論なんか勉強させられて、まったくいい迷惑だわ。

 でも確かこの人って実は教師だか警察官等だかの公務員をやっていて、兼業絶対禁止であるゆえにプロの作家というわけではなく、あくまでもインターネット上の『SFてきミステリィしょうせつこう!』という小説創作サイトにおいてのみ作品を発表していて、当然のごとく我々プロの作家関係の集まりには参加することなんて一切なく、ランキング誌に写真が載るまでは顔もほとんど知られていなかったほどなんだけど、何でよりによってこんなうさん臭いイベントに参加しているんだろう。

 そもそも上無先生って自らミステリィ小説家などと名乗っているくらいのミステリィ界きっての変わり種で、しかも私たちのように別に自作の中に自分と同姓同名の探偵キャラなんて登場させていないし、ここに集まっている面々とはほとんど共通点がないはずなのに。


 しかし、それにしても何なのいったい、彼と一緒にいるあの女の子は⁉

 年の頃はおそらく十二、三歳ほどに見えるけど、まるで天使か妖精かってくらいの超絶美少女じゃない!


 シンプルで清楚な純白のワンピースに包み込まれた華奢で小柄な白磁の肢体に、腰元まで流れ落ちている長い黒髪に縁取られた日本人形そのままの端整な小顔の中でつやめいている黒水晶の瞳に鮮血のごとき深紅の唇という、純真無垢でありながらそこはかとなく妖艶さすらも感じさせる、この反則技的なヒロイン属性の盛り合わせってどうなの⁉

 何でこんなどちらかというとおっさんばかりのミステリィ小説家の集まりに、あんな小さな女の子を同伴しているんだろう。

 確か先生ってまだ二十代前半のお歳のはずで、娘さんてことはないだろうし。ひょっとして歳の離れた妹さんとか?

 それにしてもあの子、スマホに内心がまったく表示されないところは先生同様なんだけど、それこそ人形そのままに無表情で、さっきから言葉を一切しゃべらないどころかぴくりとも動かないんですけど、ちゃんと生きているよね?

 そのように私があまりにもこの場に似つかわしくない不可思議な雰囲気をかもし出している二人連れのほうばかりに気を取られていた、まさにその時。


「──レディース・アンド・ジェントルメン! 本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。これより今回の『ミステリィの女神様杯争奪グランドチャンピオン大会』のルール説明を行いますので、御歓談のところ申し訳ありませんが、御静聴のほどよろしくお願いいたします。なお私めは『女神』の代理人にして今回のイベントの主催者代表を務めさせていただきます、水無みなすぐると申します。以後お見知り置きを」


 突然の声に思わず振り向けば、三十がらみの恰幅のいい長身をダークグレイのスーツに包み込んだ男性が、十分に男前と言えるもののどこか気障で油断ならないにこやかな笑みを浮かべながら、エントランスホールの最奥のひな壇に立っていた。

 ……なぜだろう。あからさまに好青年っぽいさわやかさが、むしろそこはかとなくうさん臭さを感じさせてしまうのは。

「また、イベント進行中における皆様のお世話については、こちらに控えております彼女たちが行わせていただきますので、御用の向きは御自分のスマホに入力して主催者のアドレス宛てに送信してください」

 その言葉に応じるようにして、水無瀬氏の後方で一列にずらりと並んでいた、十数名の和服の上にエプロンドレスをまとったあたかも大正時代辺りのカフェの女給さんを彷彿とさせる妙齢の美女たちが、にこやかな笑みとともに一斉に腰を折りおじぎをする。

 その一糸乱れぬ見事な所作に我々一堂が圧倒される中でおずおずと質問の声をあげたのは、さすがは業界きっての重鎮作家、新豚丸写氏であった。

「……スマホに入力しろって。彼女たちに直接依頼しては駄目なのか?」

「それが生憎ですが、とてもそのようには見えないかと思いますが、実は彼女たちは全員耳と口が不自由で、言葉によるコミュニケーションがとれないのです。それでいちいち筆談をするよりもスマホを使ったほうが便利かと思いましてね」

 なっ。耳と口が不自由ですってえ⁉

 思わず彼女たちのほうをまじまじと見つめ直すものの、そこには何ら変わらぬ笑みが浮かんでいるだけであった。

「な、何でそんな女性ばかりをわざわざ集めてきたのかね? ──あ、いや。別に不満があるとかではなくて。そんなんじゃ我々も何かと気を使ってしまって、頼みたいことがあっても依頼しにくいと言うか、何と言うか……」


「いえいえ。どうぞ遠慮なぞなさらずに、どんどんと御用命ください。彼女たちを使わざるを得ないのはあくまでもこちら側の都合であり、皆様がお気を使われる必要はないのですから。それと申しますのも私はもちろん彼女たちも含めて今回のイベントの主催側スタッフは皆、女神にゆかりのある一族の者だけで占められており、皆様をこの湖上ホテルへとお連れしていただいた防衛省等のイベント進行に必要な実行機関以外は一切外部の者は関わらせていないのです。当然このホテルを始め周囲の山野を含む一帯もすべて我が一族の所有地でございます。何せ今回のイベントは女神を擁する我が一族全体にとって、非常に重要な意義を持った『儀式』なのですからね」


 そのいかにも意味深な言葉に、とたんに水を打ったかのように静まり返るエントランス。

 そりゃそうよね。これだけ金や手間ひまがかかっていそうなイベントが、単なるネット上のミステリィサイトのオフ会なんかじゃないのは当然でしょうよ。

 どうやら今回も、ミステリィ小説家同士の座興的な推理合戦程度で済みそうにはないみたいね。

 そもそもこれまでだって、最初のうちは事件性なんてまったく見受けられない状況だったというのに、なぜか毎回必ず判で押したように突然思わぬ事態が発生して、ミステリィ小説そのものの事件に発展していくといったパターンばかりだったのだ。

 しかも今回は最初から参加者のほぼ全員が自作に自分と同姓同名の探偵キャラを登場させるような、現実と虚構の区別自体があやふやなミステリィ脳のいかれた輩ばかりなのだ。

 何かのはずみで本物の猟奇事件が発生してしまうことも、十分あり得るであろう。

「それではこれより『第一回ミステリィの女神様杯争奪グランドチャンピオン大会』を開始いたします。とは申しましても皆様はいつも通りに、特段構えずに行動されて構いません。何せ事件というものは、起こる時には勝手に起こってしまうものですからね。──では、イベント進行中において何か御要望や御質問等がありましたら、いつでもスマホにて主催者サイドのアドレスのほうに送信してください」

 そのように何だか不穏な言葉だけを残して、和風メイドさんたちともどもさっさと立ち去っていく水無瀬氏。

 これからの先行きに言い知れぬ不安を感じ、ざわつき始める作家たち。


 そんな中であの幼い少女だけが相変わらずの無表情を保ち続けていることが、やけに私の印象に残ったのであった。

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