第7話、真の御褒美(トロフィー)。【その3】
「……何だ貴様ら。雁首揃えて人の部屋に勝手に押しかけてきて、せっかくのいいところを邪魔しおって」
人の身体の上に跨がったまま、声の主──館ものを得意とする新本格の雄で、フレディ=マーキュリー亡き後の『後期
何がいいところよ! むしろ邪魔されて大助かりだわ!
しかし突然現れた有象無象の作家連中も、けして救世主なぞではなかった。
「何だはこっちの台詞ですよ。我々の今回のイベントにおける唯一最大の目的があなた同様に、
「……ほう。つまりこの娘を賭けて、ガチの争奪戦でもやろうと言うのか? 面白い。年老いたといえどもこの新豚
ぎらりと剣呑な光を放つ、業界のドンの濁った双眸。
「いやいや。だからもはや我々には、争い合う理由なんかないと言っているのではありませんか? まったく短絡的なんだから、先生ときたら」
「むっ。だったらどうすると言うのじゃ?」
「知れたこと。今から全員で思いを遂げればいいのですよ。つまりこれからは彼女には、我々みんなの性欲処理道具──おっと、失礼。可愛い可愛いマスコットになってもらうわけなのです」
さわやかな笑顔でさらりととんでもないことを言い出す、雄牛魔神。
「ちょ、ちょっと、何を勝手なことを言っているのよ⁉」
「勝手なことですって? とんでもない。これまで散々あなたの子供騙しのミステリィごっこにつき合ってやっていたのは、何のためと思っているのです? しかも身の危険や自分自身が犯罪者になることも一切いとわずにね。大の大人が親切心やちょっとした好意だけで、そんなことするものですか。あなたも一応は社会人であるのだから、ちゃんとそれなりの『
そ、そんなあ⁉
もはや茫然自失となる私を尻目に、やおらソファから立ち上がる新豚。
「それで順番はどうするのじゃ? わしが一番でいいのか?」
「冗談じゃない。本来なら抜け駆けしようとしたペナルティーとして、今回はお預けにしてもいいのですよ? まあ、順番のほうはジャイケンとかコイントスとかで、手っ取り早く決めることにいたしましょう」
「──おお、早いとこやっちまおうぜ!」
「もう我慢ならぬ」
「しめた、ジャイケンなら得意だぜ!」
「いやいや。コイントスにしようよ」
「ブラックジャックじゃ駄目なのか?」
俄然張り切り、順番決めを始める男ども。
テーブルの上に投げ出されていたパールホワイトのスマホの画面に表示される、彼らのおぞましき心の声の数々。
ぎひひひひ、楽しみだぜ。………………………………………………妥当性97%
この日をどんなに待ち望んでいたものか。……………………………妥当性99%
小娘の腰が抜けるまで嬲ってやろうぞ。………………………………妥当性85%
俺なんかデビュー当時から狙っていたのだ。…………………………妥当性69%
何せ現役の女子高校生様だからな。……………………………………妥当性94%
いっそのこと、俺の種で孕ませてやるか。……………………………妥当性72%
どうせ『後処理』のほうは、出版社のほうでやってくれるだろうしな。…………………………………………………………………………………妥当性75%
さすがは噂のミステリィの女神様、本当に願いが叶ったぜ。………妥当性∞%
……い、いや。お願い、誰か助けて!
女神でも悪魔でも何でもいいから、私を助けて‼
そのように、まさしく心の中で魂を振り絞るかのごとく悲痛な叫び声を上げた、
その瞬間であった。
突然の電子音とともにスマホの画面が切り替わり、新たに表示される文字列。
【この先の展開を次のリストの中から選択可能となりました】
①あきらめてすべてを受け容れる。………………………………………妥当性33%
②どうせ無駄であろうが、一応は抵抗を試みる。………………………妥当性33%
③むしろ自分から率先して楽しむ。………………………………………妥当性33%
④こんなミステリィ小説家の皮を被った雄豚どもなど、全員屠殺する。妥当性1%
「④、④よ! こいつらなんか、みんな消してしまって! もうこんな狂った世界なんて、たくさんよ!」
そう叫びながら何ら躊躇なく、画面上に最後に示された選択肢をタップしたとたん、
「──ぐおっ⁉」
唐突に鳴り響いた断末魔の声とともに倒れ込む、ミステリィ小説に異能バトルを最初に導入し大ヒットを飛ばしたことで有名な、
そのすぐ側で鮮血滴るナイフを片手にたたずむ、痩せぎすの男。
「なっ⁉」
「貴様はヤンデレヒロインがウリのデビュー作で有名なサイコ系作家の、
「いきなり何をするんだ⁉」
思いも寄らぬ事態に、騒然となる作家たち。
「……何が全員で思いを遂げようだ、ふざけるんじゃない。マミたんはこの俺様だけのものだ!」
「何だと、馬鹿なことを言うな! 今更我々が争い合って、何の意味が──うぐっ⁉」
言葉途中に倒れ込む、評論家兼作家の
「そうだよなあ。ミステリィ小説家ともあろう者が、何をヌルいことを言ってやがるんだ。欲しいものは独り占めすべきだぜ」
そう言ってアイスピックから流れ落ちる鮮血を長い舌で舐め取る、ホラー小説も得意な
「み、みんな、落ち着くんだ! これじゃ今までの二の舞いじゃないか⁉」
「そうだ! ここは仲良く、
そう必死に呼びかけるのはミステリィ小説家には珍しく比較的理性的な人物を数多く擁している、
「やかましい!」
「奇麗事をぬかすな!」
「前から癇に障っていたんだよ、おまえらは!」
「小説家が学閥や出身地で馴れ合ってんじゃねえ!」
今や私怨すらも交えて凄絶な殺し合いの場と化す、ホテルの一室。
鳴り響く雄叫び。飛び散る血潮。倒れ伏す敗者たち。
ど、どういうことなの? いったいどうしたというの? さっきまであんなに仲良くしていたというのに、急に殺し合いなんか始めたりして⁉
あまりに予想外の展開にとても直視することなぞできず、頭を抱え身を丸めてソファにうずくまり続けて、十数分。
気がつけば室内は、すっかり静まり返っていた。
「……終わった、の?」
恐る恐る顔を上げてみたところ。
「ひっ⁉」
ソファのすぐ手前で仁王立ちしている、和服をまとったがっちりとした長身。
身体の隅々までけして浅からぬ傷と鮮血にまみれ、衣服も原形を留めぬほどにボロボロに成り果てている中にあって、生命力の残りすべてを振り絞るかのように雄々しくそそり立っている、男性の象徴。
「新豚……先生」
「言ったろう。まだまだ若いもんには負けはせんと。さあ、今こそ本懐を遂げさせてもらうぞ。孕んだ子はわしが亡き後も、立派に育てるのじゃぞ」
そう言いつつゆっくりとにじり寄ってくる、瀕死の男。
「いや、やめて! こっちに来ないで!」
「無駄だ無駄だ。もはや私を止める者など──うごっ⁉」
突然うめき声を上げて動きを止める、新豚。
脇腹に突き刺さっている、大振りのサバイバルナイフ。
「……あなただけに、いい目を見せてなるものですか。さあ、一緒に地獄に堕ちましょう」
「お、おのれ、新本格の若造が。最後の最後まで邪魔しおって!」
その言葉を最後に同時にその場に崩れ落ちる、新豚丸写と雄牛魔神。
後にはもはや私以外に動くものは、何一つ存在しなかった。
「……ひ……ひひ……いひひひひ。何なの? いったい何なのよ? どうしてこんなことになってしまったの? 嘘よね。これって何かの間違いよね。きっと夢か何かなんだわ。ミステリィ小説でもあるまいし、こんなことが現実に起こるわけがないもの。さあ、早く私を目覚めさせて。元通りに、現実世界に戻らせてちょうだい!」
もはや狂ったかのようにうわ言をつぶやき始める、現役美少女高校生ベストセラー作家名探偵。
まさに、その刹那であった。
「──何を言うのです。これはれっきとした現実であり、何よりもあなた自身が選んだ世界ではありませんか?」
今や余人のいないはずの室内に響き渡る、年若き男性の声。
振り向けば部屋の入口にたたずんでいたのは、スリムな長身をサマーセーターとジーンズに包み込み彫りの深い端整な顔を長い前髪で隠しがちにしている二十代半ばの青年と、シンプルで清楚な純白のワンピースを華奢で小柄な白磁の肢体にまとった日本人形そのままの端整な小顔のまるで天使か妖精のごとき超絶美少女。
そう。それは間違いなくネットオンリーのSF的ミステリィ小説家の
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