第9話、小説の中の作者(カミサマ)。【その2】

「君もすでに彼女自身から聞いているとは思うけど、たとえ女神といえども100%完璧な読心や未来予測などなし得ないし、例えば君が将来大富豪になれるかどうかを断言することなぞできやしない。しかし実は君をならできるんだ。例えばこの世界を君が世界と入れ替えれば──つまり『ルート分岐』させればいいのだからね。何せこれまた彼女自身が言っていたように、ミステリィの女神は多世界解釈量子論的存在であるからして、未来のあらゆる可能性の具現である無限に存在し得る多世界の中から恣意的に特定の世界を選び出し観測することで、現在の世界と入れ替えに新たなる現実世界にできるのであり、しかもここで言う『あらゆる』とは文字通り『あらゆる』なのであって、その無限の可能性としての多世界の中には君がすでに大富豪となっている世界だろうと一文無しになっている世界だろうと必ず存在しているのだから、君を今この瞬間にでもどんな別の『君』になり変わらせることだってできるというわけなのだよ」

「ちょっ。それじゃあまりにも無茶苦茶じゃないの⁉ いくら『女神』を名乗っているからって、そんな何でもアリにしたんじゃ、たとえこの世界がミステリィ小説だろうがSF小説だろうが、収拾がつかなくなるでしょうが⁉」


「だからまさしくそれこそが、『小説の世界の中に作者自身を登場させる』ということなのさ。ようやく御理解いただけたようだね」


「──なっ⁉」

「君たちミステリィ小説家ときたら、洒落のつもりかあるいは単に著名な外国作家の猿真似かは知らないが、馬鹿の一つ覚えみたいに自分の作品の中に自分と同姓同名のキャラを探偵役として登場させているよね。それも物語の中にその創造主たる作者自身が存在するという意味を、まったく理解していないくせにね。何せ普通に作品のにその小説セカイのすべてを生み出し操っている『作者』が存在しているだけで、後期クイーン問題などという致命的欠陥が生じてしまうというのに、よりによって作品のに自分と同姓同名の探偵役等の『主人公』──実質上は『作者』自身そのものを存在させてしまったんじゃ、もはや後期クイーン問題すら比較にならないほどの支離滅裂な状況になるのも当然だろうが。言わばそれは全知全能の存在を──まさしく文字通りに『神様』を、この現実世界の中に登場させるも同然なんだよ? なぜならミステリィ小説世界内におけるミステリィ小説家とは、あたかもテレパスそのままに登場人物全員の心を読めて、予知能力者そのままにこれからの行く末ストーリーをすべて知り得て、回想シーンや未来予想図の名を借りて過去や未来へのタイムトラベルすらもなし得て、更にはほんの気まぐれに『改稿』という形で神や悪魔等のいわゆる『多世界の住人』そのままに世界そのものを入れ替えたりもできるといった、まさに小説的世界においては絶対無敵の存在なのだから。──君には、わかるかな? 自分のすぐ隣にいる人物が己の運命や生死はおろか、世界そのものを左右できるという恐ろしさが。言うなれば創造主である作者自身が一登場人物として自作の中に存在しているということは、その世界自体がミステリィ小説家という残酷な女神に支配されているようなものなのだよ。もちろん君が演じていた名探偵キャラなんて、作者カミサマからすれば単なる持ち駒の一つに過ぎないってわけなのさ。よって君が望むように現実世界を推移させていくことなぞ、作者カミサマであるミステリィの女神にとっては造作もないのだよ。どうだい? 本物の作者カミサマの力のほどは身にしみたかい? これに懲りたらこれからは自作の中に自分と同姓同名のキャラを登場させようなんて、軽はずみな行為はせいぜい慎むことだな」

 長々と続いた口上を嫌みったらしい台詞で締め括る、SF的ミステリィ小説家。

 そのいかにも上から目線の言い草に、さしもの温厚な私もかちんときてしまった。

「な、何よ、人のことばかり馬鹿にして! 自分こそ『小説内に存在している作者カミサマ』たる、全知全能の存在だとでも言いたいわけ?」

 しかしそんな私の詰問とも言うべき問いかけなぞどこ吹く風と、本日最大の爆弾発言を投下する、目の前の青年作家。


「違うよ。小説内に存在している作者カミサマ──つまりミステリィの女神様は、のほうだよ」


 なっ⁉ まさか!

 彼が指さす先にいたのは、御存じ純白のワンピース姿の絶世の美少女その人であったが、まさにこの時対人コミュニケーション能力を著しく欠き常に無表情であるはずの日本人形のごとき端整な小顔には、妖艶でありながらどこか人を見下した笑みが浮かんでいた。


「はろー。私こそがただ今御紹介にあずかりました、ミステリィの女神様のりんちゃんよ。あなたには特別に『りん様』と呼ばせてあげるわ♡」


 鮮血のごとき深紅の唇から放たれる、涼やかな声音。

 それは間違いなくこれまで散々スマホを介して耳にしてきた、ミステリィの女神様の声そのものであった。

「あ、あなたが、女神だったの⁉ じゃあこれまでのスマホからのお告げは、全部あなたが別の場所から音声通信を送信していただけだったわけ? 『多世界の住人』とか何とかいうのは、嘘だったの⁉」

「まあ、そう思うのが当然でしょうけど、だったらこの前風呂上がりの際にあなたのスマホにアクセスしてきた時のことは、どうなるの? あの時『この私』は、何か携帯端末の類いを持っていたかしら?」

「──っ」

 そういえばそうだわ。女神とスマホでしゃべっていた時この子はちゃんと目の前にいたけど、携帯端末を手にするどころかいつも通りの三重苦状態で、言葉一つ発することはなかったはずよ。

「え? え? どういうことなの、いったい。これぞほんとの双子の入れ替えトリック?」

「……まったく、絵に描いたようなミステリィ脳なんだから。『女神』としては声だけでしか登場していなかったんだから、別に双子も入れ替えも使う必要はないでしょうが?」

 あ、そうか。

「つまり私が『多世界の住人』というのは嘘でも何でもなく、いつでも自由自在に自分の精神体だけを切り離して、ネットの中とか異世界とか人の夢の世界の中とか小説の世界の中とかに常駐させることができるわけ。むしろこうして自分自身の肉体に宿っていることのほうが珍しいくらいなのよ」

「……それじゃあ、あなたこそがミステリィの女神御本人でいいわけね。人の願いを何でも叶えてあげるとか言って、こんな無茶苦茶なミステリィ小説的空間に私をたたき込んだ張本人なのね」

「そうよ、私こそが正真正銘本物のミステリィの女神様よ。さあ、讃えなさい! 崇め奉りなさい!」

「ふざけるんじゃないわよ! 何よこの、インチキミステリィ小説の世界は⁉ 私がやりたかったのは、こんなのじゃないわ! もうたくさんよ! あなたが本物の女神で多世界の住人として自由自在に世界そのものを入れ替えることができるというのなら、私を今すぐ元通りの世界に戻してちょうだい!」

 心の底から絞り出すかのように懇願の声をあげる、女子高生ミステリィ小説家。

 しかしそれに対して目の前の女神を名乗る少女は、無慈悲にもとどめの一言を突きつける。


「残念ながら、それはできないわ。なぜなら先ほどゆうお兄様も言っていたように、今やこの世界こそがあなた自身が選んだ、唯一絶対のなのだから」


 ……何……です……って……。

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