第10話、小説の中の作者(カミサマ)。【その3】

「この世界こそが、私の唯一絶対の現実世界って……」


「御存じの通り、今回のイベントの参加者全員のスマホには不完全とはいえ読心機能が与えられていたけれど、その後の事態の展開のルート分岐能力──いわゆる世界の入れ替え能力が与えられていたのはあなただけだったでしょ? よってあなたが今回のイベントを本物の連続失踪殺人事件として決めつけるまでは、単なる『ごっこ遊び』や『ドッキリイベント』で済ませることもできたの。しかしあなたは自分が名探偵になりたいばかりに『謎を解き』、『犯人を指名』してしまったわ。つまりその瞬間に世界そのものが入れ替わってしまい、単なる作家同士の慰安会における座興かも知れなかったものが、本物の事件として確定してしまったの。しかも先ほどあなたのスマホに提示された最後の究極の選択肢を自ら選ぶことによって、こうしてあなたの目の前で実際に大量殺人が起こってしまった今となっては、これを無かったものとして元通りの世界に戻したいなんて、虫が良過ぎるというものよ」


「選択肢を選ぶごとに、世界を入れ替えていたですって⁉ じゃあもしかして、このイベント以前の数々の事件の時も──」

「そうよ。私の女神の力であなたが望むままに、現実世界をミステリィ小説的世界に入れ替えてやっていたわけ。だいたいがさあ、それこそミステリィ小説でもあるまいし、探偵キャラがどこかに行くたびに都合よく事件が起こるわけないじゃない? つまり文字通り作者カミサマ的ポジションにいる私が、すべてお膳立てしていたって次第なのよ。──まあ言ってみれば今のあなたはある意味、後期クイーン問題を解消することによって真に理想的なミステリィ小説的状況セカイを実現することのできる、ゲームの世界の中に転移ダイブしているようなものなのよ。何せ何よりも双方向性を誇り、選択肢を選ぶことによってそれ以降の展開ストーリーを分岐させていけるなんて、まさしくゲームならではの代表的仕掛けギミックだし、それによって実現できる理論上無限のルート分岐とマルチエンディングによってこそ、作家個人によって最終的な『真相や真犯人』を始めすべてが最初から決定されているゆえに常に付きまとってくる、後期クイーン問題という小説ならではの致命的欠点を解消することができるようになるんだしね。だからこそあなたは完全に『名探偵』になりきり、自ら率先して選択肢を選びどんどんと事件を起こしていったんだろうけど、実はこれこそは大きな間違いだったのよ。だって魔法のスマホの力によってすべての登場人物の心が読めて、更には選択肢によってこれから先の展開を自由に決定できるなんて、まさしくミステリィ小説における最大の禁忌的存在たる『作品の内側に存在する作者』そのものじゃない。本来なら現実世界とミステリィ小説との乖離を埋めるための超常の力のはずだったのに、あなたが選択肢を選ぶほどにまさしくこの世界はミステリィ小説そのままの不条理極まる有り様となっていき、どんどんと現実離れしていったという次第なのよ。──つまり本当は選択肢をまったく選ばず、結果的に事件そのものを起こさないことこそが、後期クイーン問題を根本的に解決して真に理想的なミステリィ小説的状況セカイを実現するための、唯一絶対の正解だったの」

「は? 選択肢を選ばず事件を起こさないことこそが、正解って……」


「つまり選択肢をこれから起こり得る事件の『警告』として見なすとともに、不完全とはいえ事件関係者全員の読心機能をも併用して、事件の未然の防止こそに活用し、誰一人として被害者を出さず、その結果誰一人として加害者にせず、ひいては事件そのものを起こさずに済ませるという、真の大団円を目指すべきだったのよ。何せいくら『名探偵』が全知そのものの推理力を持っていようと、後期クイーン問題──ひいては量子論に則れば、『真相や真犯人』というものには常に無限の可能性があり得て、ミステリィ小説という一つの作品が完結した後でも、新たなる『真相や真犯人』が判明する可能性はけして否定できないゆえに、全知そのものの推理力──今回で言えば不完全とはいえ読心と未来予測を実現し得る魔法のスマホを有しているのならば、どこまで行っても確定できない『真相や真犯人』なぞを追い求めるよりも、その時点その時点における被害をすべて未然に防止するといった、『リスク回避』にこそ役立てるべきだったってことなの。なぜなら何度も言うようにこの世界こそが今やあなたにとっての唯一絶対の現実世界なんだから、何も自らの手で小説やゲームそのままの支離滅裂な世界にすることもないだろうしね」


 ──っ。このようなもはや取り返しがつかない状態になってしまったのは、私が何ら考え無しに調子に乗って選択肢を選び続けてきたせいですってえ⁉


「い、いやでも、確かにこの世界は私にとっての唯一絶対の現実世界なんでしょうけど、そもそもあなたこそがすべてをお膳立てしたミステリィの女神であるという事実は今この時においても何ら変わらないんだから、今からでも私を元の世界に戻すことだってできるわけでしょう? ううん。元の世界とまったく同一の世界でなくても構わないわ。こんなミステリィ小説そのままの狂った世界でなく、もっと常識的な世界に入れ替えてよ! 『あらゆる』とは文字通り『あらゆる』を意味すると言うのなら、だって存在しているはずでしょ⁉」

「おやまあ、あなたも量子論というものがわかってきたじゃないの。感心感心。そこら辺のエセ量子論SF作家に見習わせたいわ。でも残念ね。あなたの女神わたしに対する願いはあくまでも『現実世界の中で名探偵になりたい』であって、平穏な日常的現実世界をミステリィ小説そのままのクレイジーな世界に入れ替えることはできても、その逆はできないの。うふふふふ。自分自身ミステリィ小説家のくせに軽はずみに名探偵なんかになろうとするから、こういうことになるのよ。どう? 実際に小説の中の登場人物になった御気分は?」

「──くっ」

 幼い少女から浴びせかけられる、痛烈なる皮肉の言葉。

 しかし彼女こそが私をこんな馬鹿げた状況に陥れた張本人なのであり、むしろ言いたいことが山ほどあるのはこっちのほうであった。

「な、何が作者カミサマよ? ミステリィの女神様よ⁉ あなたなんてまさに悪魔そのものじゃない! 願い事を叶えてやる振りをして、人のことを騙して陥れて。しかも口がきけない振りをしたりして、人に取り入って。あんなに親身にお世話をしてあげたのに、陰で私のことをあざ笑っていたのでしょう⁉」

 思わず口をついて出てくる、面罵の言葉。

 しかし蛙の面に小便とばかりに、少女の微笑は微塵も揺るぎはしなかった。

 その代わりとばかりに口を挟んできたのは、これまでずっと沈黙を守っていた、少女の兄であるSF的ミステリィ小説家であった。

「……ええと。悪魔ってのは別に否定はしないが、一応この子の名誉のために言っておくけど、あの三重苦状態は、君のことを騙していたわけじゃないんだ。事実、彼女は一言もしゃべれないんだからね」

 …………へ?

「現実世界ではしゃべれないって。でも今こうしてちゃんと、しゃべっているじゃないの?」

「ああ、うん。それがね、少々ややこしい話になるんだけど。さっきこいつが言ったように、これは君にとっては間違いなく唯一絶対の現実世界なんだけど、僕らにとっては違うんだ。この子はそもそも多世界的存在なのであり、この世界とは独立的立ち位置にあるし、そして僕自身にとってはこの世界は、実は夢のようなものに過ぎないんだ。しかもまさしく、そこのミステリィの女神様御自身から夢だったりしてね」

「……………………はい?」

 な、何よ? いきなり何を言い出す気なの?


「つまりね、あくまでもにおいては、君は『Mの女神様』サイト──いや、『NIGHTMAREナイトメア』サイトの課題ゲームをクリアした時点で、すでに昏睡状態になってしまっているんだ。考えてもみたまえ。たとえ量子論的に理由づけができるとはいえ、このようにころころと世界が入れ替わってしまうなんてことがあるわけないんだよ。つまり今こうしてここにいる君は僕の夢の中の登場人物として、僕に観測されている存在に過ぎないんだ」


「は? 私があなたの見ている、夢の登場人物に過ぎないですって⁉ それに何よ、『NIGHTMARE』サイトって。現在世間に様々な異能をばらまいて無茶苦茶な状況にしてしまっているのは、そちらの女神様が主宰している『Mの女神様』サイトしょうが?」

「だからね、においては、『Mの女神様』サイトどころか、『ミステリィの女神』自体が存在なんかしていなかったんだよ。ネット上に設けられているのは間違いなく『NIGHTMARE』サイトであり、そしてそれを代表しているのも『ミステリィの女神』なんかではなく、まさしくナイトメア──つまりは『』だったのさ」

「ちょっと、さっきからいったい何をわけのわからないことばかり言っているのよ? ミステリィの女神が存在していなかったって、だったらそっちの彼女はいったい何者なわけなの? それに女神から与えられた異能によって歪めに歪められてしまった、このミステリィ小説そのままの世界は何だと言うのよ⁉」

「だから言っているだろう? 彼女こそは真の超常的存在たる『ナイトメア』の代表的端末にして夢魔であり、この世界は僕が彼女から見せられている夢であると同時に、何よりも君の希望通りの『真に理想的なミステリィ小説そのままの世界』だって」

「これが、こんないびつな世界が、私の希望通りの世界ですって⁉」

「ああ。この世界──僕は便宜上、短編連作型ネット小説『白日夢デイドリーム』【ステージ4】『ミステリィのがみさま』と名付けている世界は、最初の一文の『私えすまみの最大の夢は名探偵となりこの現実世界の中で実際に、様々なミステリィ小説そのものの難事件を解決することである。』のところからすでに、僕にとっての夢であり、君にとっての希望通りの世界──すなわちミステリィ小説の法則に支配された世界だったんだよ。だからこそ、そもそも君は実際には『NIGHTMARE』サイトにおいてSF小説的な課題ゲームをクリアしてナイトメアから願いを叶えられていたというのに、『Mの女神様』サイトにおいてミステリィ小説的な課題ゲームをクリアしてミステリィの女神から願いを叶えられていたことなっていて、与えられた異能を使ってこの現実世界において、まさしくミステリィ小説なんかに登場してくるの『名探偵』そのままに振る舞っていたというわけなんだ。そんなことができるのも、この世界そのものが夢魔が見せている夢だからであり、何より『名探偵』なんてものはミステリィ小説のような創作物フィクションの類い以外ではそれこそ夢の中ぐらいしか存在し得ないだろうし、それに何度も言うようにたとえ女神様だろうが何だろうが、無限の可能性のあり得る現実世界の未来への分岐を勝手に決めることなんかできっこないけど、夢魔ならば人にミステリィ小説そのままの夢を見せることも、重要な分岐点ごとに『選択肢』を選ばせるという形をとって、人に望み通りの展開の新たなる夢を見せることによって、あたかも小説家が自作のストーリーを意のままに紡ぎ出すように、未来への筋道を決定することすらもできるわけなのさ。何せ夢魔は現実世界に実際に影響を及ぼすことはできないけれど、夢の世界においてのみはまさに神様そのままに、できないことなぞ何もないのだからね。しかも夢の中でどんな異能や超常的イベントを実現しようが、夢は夢に過ぎず現実世界の物理法則等を微塵も揺るがすことなく、リアリティ的にもまったく問題はないしな」

「──なっ。これが、この世界が、単なる夢に過ぎないですってえ? だったら私は今からだって目を覚ましさえすれば、元の世界に戻ることができるってわけなの⁉」

 長々と続いた蘊蓄解説を聞き終えたあとで、いかにも一縷の望みにすがりつくようにしてまくし立てるものの、それに対してさも申し訳なさそうに目を伏せる青年作家。

「そこが複雑極まるところなんだけど、夢を見ているのは僕なのであって、君が昏睡しているというのも僕にとっての事実に過ぎず、あくまでも君にとってはこの世界こそが唯一絶対の現実世界なんだ。つまりこれぞ多世界解釈量子論で言うところの、『現在目の前で観測している世界だけがその者にとっての唯一絶対の現実世界なのである』ってことさ。たとえそれが僕にとっては夢に過ぎなくてもね。よってそれこそ小説世界内における最大の禁じ手である『夢オチ』のような反則技的現象を期待してみたところで、君が元の世界に戻ることは断じてないってわけなのだよ」

「そんな、この世界そのものがあなたが見ている夢であり、単なる夢の登場人物である私はけして元の世界に目覚めることを許されないなんて。あなた、いったい何者なのよ⁉ あなたも神様だか夢魔だかの、『多世界の住人』であるわけなの?」

 私の詰問の声に、なぜか一瞬だけ自虐の笑みを浮かべる、夢魔の少女の兄上殿。


「いや、残念ながら僕のほうは、ただの人間だよ。ただし同じ人間でありながら夢魔の片棒をかついで他の人間を陥れることすらためらわずやってのける、最低のゲス野郎にして『NIGHTMARE』サイトの記録係たる、この偽りの世界デイドリームの『作者』ではあるけどね」

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