第3話
「いやいや、ちょっと待って。まず前提条件からおかしいから。そもそも何で単なるスマホが量子コンピュータ同然の処理能力を──あなたの言うところの、神様そのものの全知の力を持ち得るわけ? スマホなんて現在最高性能のやつでも、せいぜい中級クラスのパソコン程度の性能しかないでしょうが? それともこれは外見上はただのスマホだけど、中身のほうはオーバーテクノロジーの特殊なCPUとかメモリとかが搭載されているとでも言うつもりなの?」
『まさかそんな。今あなたの手の中にあるそのスマホは最高性能どころか、あくまでも家電量販店の軒先でたたき売りされている平凡な量産品程度の性能しかないんじゃないの?』
「じゃあ何でそれが、量子コンピュータや本物の神様そのままの全知の力なんかを持っているわけなのよ? それにあなたの話を聞く分には全知の力はともかく、明日の天気をピタリと言い当てたり恣意的に決めたりするという全能の力なぞ、量子コンピュータはおろか本物の神様だって実現不可能だってことになるんだけど、だったら極たわいない願い事とはいえすでに全能の力を実現している、日向の全能の書はどうなるの?」
その私の心からの疑問の言葉に、むしろ夢魔の少女は不敵な笑声すら漏らし始めた。
『うふふふふ。よくぞ聞いてくれました。まさにそれこそが私の御本尊であるナイトメアが、未来予測や読心等のシミュレーション系の異能か、タイムトラベルや異世界転移等の多世界転移系か、人格の入れ替わりや多重人格化等の別人格化系の異能かはもちろん、何と全知系か全能系かすらも問わず、あらゆる異能をSFマニアの皆さんに授ける際における根本原理たる、「無限に存在し得る自分の別の可能性とシンクロすることによってこそ、いかなる異能でも実現できる」に基づいているわけなの』
「は? 自分の別の可能性とシンクロすることで、いかなる異能でも実現できるって……」
『おや。御理解いただけないとは? これはしたり。ネット上において女子小学生SFマニアとして御高名な、ハンドルネーム「ルナティック・ワールド」さんらしくもない。これって量子ひいては量子コンピュータの万能性における、基本理念とも言うべきものなのよ? ……ちなみにこのハンドルネームなのは、あなたの名前が「
──っ。まさか、私のネット活動まで把握されていたなんて。
……さすがはネット上の謎の超常的存在、ナイトメアというところね。
「つうか、ハンドルネームの由来なんかを、本人に向かって問いただしたりしないでちょうだい! マナー違反でしょうが⁉」
『ああ。自分でも密かに、「やらかしてしまった」と思っていたんだ……』
「だからこれ以上話を広げるな! それよりも量子コンピュータの万能性における基本理念というのは、どういうことなのよ?」
『つまり神様や量子コンピュータそのものの超常の力を振るうためには、あくまでも総体として──つまりは無限に存在し得る「可能性としての自分」すべてによるシンクロ状態においてのみ万能の力を有すればいいのであって、個々の状態においてはただの人間やそこら辺の極平凡なパソコンやスマホレベルの存在であっても構わないってわけなのよ』
「個々の存在としては、ただの人間や普通のスマホで構わないですって⁉」
『ええ。論より証拠に、実際に現在の科学の粋を集めて試作された量子コンピュータも、せいぜい7ビット程度の計算能力しか持たなかったじゃないの?』
「いやそれは、ミクロレベルとマクロレベルとの差異に基づく、量子の重ね合わせ状態の消失──いわゆるデコヒーレンス現象のせいでしょうが?」
「まあそれはそうなんだけど、量子コンピュータの量子ゆかりの本源的性質──まさにこれぞ無限に存在し得る「自分の別の可能性とのシンクロ能力」こそを踏まえれば、単体においては7ビット程度の計算能力しか持たなくても構わないのよ。何せ量子は「形なき波」と「形ある粒子」という二つの性質を同時に持ち、波の状態にある量子は次の瞬間の自分自身である無数に存在し得る形ある粒子の状態の量子と常にシンクロしているような状況──いわゆる「重ね合わせ」状態にあり、だからこそ量子は実際に観測されるまでは無限の形態や位置になる可能性があり得るのであって、そしてこの量子ならではの性質を持ち得るこそ量子コンピュータは、波の状態の自分を中心として無数に存在し得る形ある別の可能性の自分──多世界解釈量子論で言うところの「多世界同位体」とシンクロし得るのであり、これによってまさしく量子コンピュータならではのいわゆる「量子ビット演算処理」と呼ばれる無数の量子コンピュータ同士による時空を超えた超並列計算処理が可能となって、たとえ個々では7ビット程度の試作量子コンピュータや平凡なスマホであろうとも、文字通り全知そのものの能力を振るうことができるようになるという次第なの』
「なっ。スマホによる時空を超えた超並列計算処理ですってえ⁉ いや確かに量子の性質を受け継ぐ量子コンピュータが、無限の別の可能性の自分自身とシンクロすることで量子ビット演算処理を実現できるのはわかるけど、いくら超常の存在たるナイトメアから何らかの力を及ぼされているからって、あなたがさっきから言っているところの『ただのスマホ』が、何で無限の別の可能性の自分同士でシンクロできるようになるのよ?」
『そこら辺のところを極シンプルに言ってしまえば、このスマホの無数に存在している別の可能性の自分自身のうちで、その存在を構成している量子がすべて「波」の状態となっている多世界同位体を選んで、それこそを起点にすればいいのよ。それと言うのも実は量子の基本的形態は形ある粒子でなく、形なき波のほうなのであり、デフォルト状態で形を持たないからこそ、次の瞬間に形ある粒子としての無限の形態や位置となることをよりどりみどりに選べるのであり、つまり波の状態であればたとえ本来はスマホのような自意識を持たない無機質であろうと、当然のように己の次にとるべき「未来の姿」としての無限の多世界同位体とアクセスし得るという次第なの。よってこのスマホも私の御本尊であるナイトメアの力添えを受けることにより波の状態にある多世界同位体を中心にして、常にすべての多世界同位体がシンクロし合っている状態にあるわけなのよ』
「存在を構成している量子がすべて、波の状態となっている別の可能性の自分って……」
『例えば、夢の中の自分よ』
「は?」
『夢自体に形が無いんだから、夢の世界の中の多世界同位体は、当然「存在を構成している量子がすべて波の状態となっている別の可能性の自分」ということになるでしょう?』
「いやいや、何よ、『夢の世界の中の多世界同位体』って。仮に夢の中にスマホが存在していたにしろ、そもそもスマホ自身が夢を見ることなんてあるはずはないんだし、当然それは誰か他の人が見た夢の中の存在ということになるのであって、他人が見た夢の中のスマホが『別の可能性の自分』となってもいいわけなの⁉」
『……あのねえ。この場合誰が見た夢であるかはもちろんのこと、スマホの別の可能性が、「スマホ」である必要すらもないのよ?』
「へ? スマホである必要もないって……」
『同じ量子論でも多世界解釈に基づくといかにも無数の別の世界の中にそれぞれ無数の別の自分がいるような感じに見なされがちだけど、ここはあくまでもコペンハーゲン解釈に基づいて「
……つまり時空すらも超えて森羅万象すべてとシンクロして超並列計算処理を実現できることこそ、量子の性質を有する量子コンピュータの万能性の拠り所であり、まさに今私の手のうちにあるこのちっぽけなスマホに過ぎない全知の書の、文字通り全知なる力の源ってわけなの⁉
「いや、この全知の書がまさに神様や量子コンピュータと同じように、無限の別の可能性の自分自身と総体的にシンクロし合うことで全知の力を発揮しているとすると、日向の全能の書はどうなるのよ。全知を実現するためにも時空すらも超えて森羅万象すべてとシンクロすることが必要だというのに、全知をも超越する全能を実現することなんて、本当に可能なの⁉」
『ああ、そこら辺は簡単な話なの。最初に言ったように全知だろうが全能だろうがいかなる異能であろうとも、無限に存在し得る別の可能性の自分とのシンクロによって実現できるのであり、全知が自分とはまったく異なる可能性の自分とシンクロするとしたら、全能のほうは自分とまったく同一の無限の自分とシンクロすることによってこそ実現できるの』
……………………は?
「ちょっと、何言っているのよ⁉ あなた自身ほんのついさっき、『たとえ無限に存在していようとまったく同じ自分同士でシンクロしたところで、一を無限に掛け合わせようが一に過ぎないのと同様に何の意味もない』って言ったばかりでしょうが⁉」
『ええ、そうよ? でもその別の可能性の自分が、「小説等の中に描かれた、自分と同一の属性を有する架空の
「へ? 小説の中の、自分と同一の属性の
『そもそも小説の世界自体が夢同様に形が無いのだから、小説の中の別の可能性の自分こそが形なき自分──すなわち「存在を構成している量子がすべて波の状態となっている別の可能性の自分」ということになり、無限の別の可能性の自分同士の総体的シンクロ──いえ、この場合は「多重的
「スマホを現実世界と小説の世界を超越して無限に多重的にシンクロさせるって、いったいどうやって?」
『だから言ったじゃないの? 形なき小説の世界の中のスマホを起点にすればいいのよ。実はすでに現在、小説創作サイトの「SF
「な、何よ、それじゃまるでいつの間にか私たちすべての人間が、この世界そのものをもひっくるめて全部、小説の中の存在になってしまっているようなものじゃないの⁉」
『ちょっと違うわ。それじゃまるで非論理的じゃないの。あくまでもすべては量子論に基づいていることを忘れないでちょうだい。つまり妹さんやあなたは完全に小説の登場人物になってしまっているのではなく、言わば「現実の存在でもあり同時に小説の世界の中の存在でもある」といった状態なの。あたかもかの「シュレディンガーの
「いやそもそもが、何でナイトメアは、人を総体的シンクロ化させたり多重的自己シンクロ化させたりといった、人知どころか世界の境界線すら越えた、神さえもなし得ない絶大なる異能の業を実現できるわけなのよ⁉」
延々と常識のらち外のとんでもない話ばかりを聞かされ続けてもはや堪り兼ねて、スマホに向かってまくし立てれば、更に驚くべき言葉を返してくる幼き声。
『それは私
え。
「ナイトメアが総体的にシンクロしているですって? それに夢魔を起点としているって……」
『あらまあ。ここまで私の話を聞いていて、まったく気がつかなかったの? 他者に異能を授けることができるほどに絶大なる力を誇るナイトメアだって、もちろん無限の別の可能性としての自分と総体的シンクロ化しているからこそ異能の力を振るえるのであって、つまり「ナイトメア」などという個としての存在なぞ最初からどこにもいなかったのであり、私を含めた無数の多世界同位体の集合体だったわけ。──つうか、今更言うまでもないことだけど、夢魔を起点にしているということは、実はこの私こそが集合体であるナイトメアにおけるあなたのような相談者に対する窓口としての端末であると同時に、総体的シンクロ化における中核的存在でもあったの。そして単なる形なき夢の存在としての起点の役割を果たすのみではなく、夢の世界においても意識的に行動でき、夢同様に形なき小説の世界や電脳の夢の世界とも呼び得るインターネット等を始めとして、無限に存在し得る別の可能性の世界──多世界解釈で言うところの無限の多世界のすべてにアクセスすることすらもできる、夢魔である私を代表的存在としているからこそ、総体としてのナイトメア自体も絶大なる異能の力を振るえるのと同時に、他者を夢の世界を起点にして総体的シンクロ化させたり小説の世界を起点にして多重的自己シンクロ化させたりすることで、全知か全能かさえも問わずにあらゆる異能を実現させることだってできるといった次第なの』
……ええと、そういうことは、つまり──
「ちょっと、だったらあなたこそが、すべての元凶ということじゃないの⁉」
『元凶とは、失礼ね。私はただ、夢やネットや小説の世界を介して、様々な異能をその人自身が望むままに与えているだけよ? そのお陰であなたのお祖父様は経営者として大成功を収められたんだから、むしろ感謝して欲しいくらいだわ』
「うっ」
た、確かに……。
『もちろん人の身には分不相応な異能を与えられたために身を持ち崩して、不幸に見舞われた人たちも大勢いるけど、それは何よりも本人の責任であり、すべては心の持ちよう次第なのよ。──まあ、あなたや妹さんも、せいぜい気をつけて力を使っていくことね』
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