本文(丸ごと全部)
「……どうやら今度こそ間違いなく、現実世界に戻ってこれたようだな」
そのように僕がつぶやくのを見計らったようにして、いきなり電子音を鳴らし始める、ベッドの脇のテーブルの上のコバルトブルーのスマートフォン。
『ぐーてんもるげ~ん。
通話ボタンを押したとたん部屋中に響き渡る、もはや聞き飽きた幼い少女の声。
「……まったく。満足も何も、どうしてあのような救いようもない三文SF小説もどきの夢ばかりを、僕に見せるんだ?」
『おやおや、何だかお疲れの御様子ね。まあ、あんなハードな展開のやつを立て続けに三つも見せられたんじゃ、気が滅入るのもしかたないでしょうけどね』
「何を今更。ひどい時は、一晩に五つも六つも見せたことがあるくせに。……まあ、これも契約のうちだからあまり文句を言うつもりはないけれど、せめてもう少し明るい内容のやつにはできないのか?」
『何言ってるの、これはあなたの真の願いを叶えるためには、是非とも必要なことなのよ?』
「僕の願い? 僕の最大の願いは、こうして夢魔であるおまえの力を借りることによって、妹のりんの身体を生き長らえさせることで──」
『あらあら、違うでしょ? 自分をごまかさないで。あなたの本当の願いはいまだかつてこの世の誰もがなし得ていない、真に理想的なSF小説を自らの手で現実のものにして、教職員だからプロの作家になれないその代わりに、せめてネット上だけでも
「──っ」
『こうして「ナイトメア」の代表的
僕がこんな性悪な夢魔に取り憑かれてしまったのは妹の命を救うためではなく、実は自分自身の創作家としての飽くなき欲求ゆえだと?
そんなことがあるものか。僕はあの時確かに、瀕死の状態のりんの命を何とかつなぎ止めようとして──。
『ああもう、いつまでもぐだぐだと悩まないの。自分の本当の気持ちなんて、自分自身にはわからないものなんだから。それに今の夢の中に出てきた、実の妹と骨肉の争いをしてその結果自殺したり、過去を改変するだけに飽き足らず恋人を廃人にして完全に自分のものにしたり、馬鹿げたミステリィ小説劇の中で殺されたり自ら犯罪を犯したりしていた、OLさんや小説家の皆さんも、少なくとも
あくまでも他人事のようにして、お気楽に言ってのける夢魔の声。
おいおい、すべてはおまえの仕業だろうが?
それに突然原因不明の昏睡状態になってしまうことだって、十分
「……ええと、さっきの夢の中においては僕自身解説役をやっておいて何だけど、そこら辺が本当にややこしいんだよね。三番目の夢の中の名探偵なりきり作家の
『ああ、うん。そこら辺のところを詳しく説明すると、得意の多世界解釈量子論に基づくタイムトラベルSFや異世界転移ファンタジーの大革命に発展して、これまでのその手の小説をほとんどすべて否定することになってしまうけど、それでも構わないかしら?』
「そ、そうだね。今回のところは遠慮しておこうか。一応僕もSF系の作品をネット上に発表して好評を博しているわけで、ファンや業界人等において無用な敵は作りたくないし」
『あはははは。賢明な判断ね。まあかいつまんで言うと、現在の彼女たちって私の夢魔としての力によって、あなたたち人間にとって最も身近な多世界である夢の世界を入口にして魂だけの存在として多世界転移をさせられて、それぞれかねてより自分が理想としてきた世界の中に閉じ込められている状態にあって、別にただ眠り込んでいるのではなく魂がなくなってしまっているからこそ昏睡状態にあるのであり、それこそ夢魔か何かの助力を得て魂を取り戻さない限りは、夢オチみたいに御都合主義的に目を覚ますことなんてないわけなのよ』
「──おい。それって見方を変えて更にもっとかいつまんで言うと、人々の願いを叶える振りをして一見当人の望み通りの世界をでっち上げて、まんまとその中に魂だけを閉じ込めて自分のものにしてしまうという、まさしく悪魔や夢魔ならではの『常套手段』じゃないか? ……まさかおまえ、最初からそうすることが狙いだったんじゃないだろうな?」
『いやだ、そんなの物のついでの「おやつ」みたいなものよ。さっきも言ったでしょう? 私はあなたの真に理想的な小説を創り上げたいという願いを叶えてあげるためにこそ、共にいるのだと。何せあなたが真の「作者」として目覚めて、神や悪魔すらも超える真の「全能」の力を振るえるようになることこそ、私のような真の「全知」なる存在である夢魔にとっての、何よりも代え難き最大の望みなのですからね。──もちろんその暁には、妹さんの現在の疑似的な「三重苦」状態を解消することなぞ造作もなくなるのだから、あなたにとっても願ってもないことでしょう?』
「は? 真の『作者』って。それに神や悪魔すらも超える力を振るえるようになって、りんの疑似的三重苦状態すらも解消できるだと?」
不可解極まる台詞の連続に思わず疑問の声をあげるものの、手の中のスマホは意味深な含み笑いをもらすばかりであった。
『うふふ。ま、そこら辺のことに関しては、後のお楽しみということで。とにかくせいぜい頼りにしているわ、祐
……やれやれ。ということは、どこかの哀れな
まったく、とんでもない悪魔に目をつけられてしまったものだぜ。
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