第5話、真の御褒美(トロフィー)。【その1】
「──おや、
【内心表示】『だって私なんだもん、建築士探偵作家と古書店女主人探偵作家を殺して湖に放り込んだ犯人は。いい加減気づいてくれよ!』…………妥当性79%
「……御申し出ありがたいのですが、今のところ間に合ってます」
「ふっ。現役美少女高校生ベストセラー作家名探偵ともあろう者が、また随分とてこずっているようではないか。この俺が重大なるヒントをくれてやろうか?」
【内心表示】『何で気がつかないんだ。犯人は俺、俺なんだよ! 俺以外の全員を殺さなければわかってくれないのか⁉』………………………………妥当性64%
「……結構です。まだヒントがどうのといった段階ではありませんので」
「わはははははは。小娘が名探偵を気取ったところで、しょせんはその程度か。素直に頭を下げるなら、このわしがちょちょいのちょいとすべて解決してやろうぞ!」
【内心表示】『どうして、どうしてじゃ? なぜわしを犯人として告発しないのだ? こんな大それた事件を起こせるのは、わし以外いないじゃろうが⁉』…………………………………………………………………………………妥当性83%
「……それはそれは大したもので。だったら、そっちはそっちで勝手にやってください」
なぜかスマホの読心機能によって自分の内心がだだ漏れになっていることを知りながら、次々とおためごかしに私に協力を申し出てすり寄ってくる、それぞれ法医学や無頼派や物理トリック等を得意としているおっさんミステリィ小説家たち。
いったいどういうことなのよ、これは⁉
これまでは散々人のことを『何ちゃって名探偵』とか何とか言って馬鹿にしていたくせに、ここ最近になってからいきなりやけに協力的になったりして。
しかも何で全員が全員自分こそが真犯人であることを、心の中で必死にアピールしているのよ⁉
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
せっかく
そう。いわゆる『湖上ホテル内ミステリィ小説家連続失踪事件』(仮称)は、あれ以降も続いていったのだ。
すわ右府氏がいまだホテル内に潜伏していて犯行を重ねているのかとも思われたのだが、それに関してはすぐにまったくの濡れ衣だと判明した。
というのも、新たなる行方不明者が出て以来何かと私にからんでくるようになった双子トリックで有名な
しかも動機がまったく不明の上にこのような凶行に及んだことに対する罪悪感が皆無なところも右府氏同様で、そもそも実際に事を起こすまで何か変わった言動をとるどころかスマホの内心表示においても別段特異な点は見られることはなく、ほとほと理解に苦しむところだが、もちろん犯人だとわかっていてそのまま放っておくわけにもいかなかった。
それで例のごとく少々強引とはいえ名探偵ならではの『現実世界のミステリィ小説化的空間歪曲能力』を使って、実は彼は生二氏本人ではなく双子の兄の落花
そもそも生二氏が本当に双子であることすらも知らなかったものだから、こんな本来あり得るはずのない偶然の一致にただただ驚愕するばかりであったが、とりあえずは犯人の身柄を拘束しておこうとその場に居合わせていた作家連中とともに取り押さえようとしたところ、実は彼は本当は
いやいやいや。何なのよ、これっていったい。全然わけがわからないんですけど?
自分でやっておいて何だけど、何でこんな名探偵であることを笠に着たあてずっぽうな推理のごり押しが、こうもあっさり通ってしまうのよ⁉
それにどうして双子トリックの最後に
もちろんこんないい加減なオチで終わっておいて今回の事件ですべてが片づくなんてことはなく、こうして私がこのような奇々怪々で意味不明な事件を立て続けに二件も強引に解決したことがむしろ引き金になったかのようにして、我も我もといわゆる『模倣犯』が続出し、次々と新たなる犠牲者を生み出していったのだ。
しかも例のごとく実行犯御自身のほうからあえて私にからんでくるようになり、スマホの内心表示において盛んに自分が犯人であることをアピールしていくといった、まるで私に犯人として告発されるために凶行に及んだのではないかと思えるほどの有り様であった。
とんだ『構ってちゃん』ぶりにあきれ果てつつもまさか放っておくわけにもいかずいやいやながらも、叙述トリック作家に対しては、馬鹿の一つ覚えみたいに性別逆転オチを使い続けていることを新宿二丁目系のニューハーフ作家に指摘されたためについカッとなって犯行に及んだことを、時刻表トリック作家に対しては、この現代の超情報化社会においてはスマホ一個あれば誰でも瞬時に交通機関の乗り換え情報を把握でき時刻表トリックなぞとっくに存在自体が成り立たなくなってしまったことを逆恨みし現在最先端を行く
いやいや、ちょっと待って。何で認めてしまうのよ?
自分で適当にでっち上げておいて何だけど、本当にそんなに現在のミステリィ小説界においては、時間SFなんかがブームになっているの?
いや確かに、昨年のミステリィ小説のランキング誌では海外作品はおろか国内作品までも時間SF作品が一位だったけど、その他のミステリィ小説家の皆さんとしては、本当にそれでいいわけ?
つうか、確かいまだにタイムパラドックス問題が完全には解決されていないんだから、本来だったら時間SF小説自体が作品として成り立たないんじゃないの?
しかし正直に申せば私自身としては、かくのごとく珍妙な事件が連続して起こっていくことを、本心から迷惑がっているわけではなかった。
何せこうして事件が発生し続けているうちは、存分に名探偵として振る舞えるのである。もはや毎晩の宴会時には、事件の『解決シーン』が恒例となってしまったほどであった。
とはいえ、このように私が調子に乗るほどになぜか他の作家連中も間違った方向にやる気になってしまって、どんどんと新たなる模倣犯が登場し新たなる事件を起こし新たなる被害者を生み出していくといった負の連鎖状態となってしまい、しまいには何と現在すでに十数名を残すだけとなった作家たちのほとんど全員がスマホの内心表示において自分こそが犯人であることをアピールし始めるという、まったく理解に苦しむ不可解な状況となってしまったのだ。
それこそミステリィ小説によくあるオチのように、実は全員が名探偵や怪盗であったとかいったパターンならあり得るだろうが、現実の殺人事件において全員が加害者であることなぞ、物理的にも論理的にもけしてあり得るはずがなかった。
事実その後も行方不明事件は起こっていき、それまで自ら犯人であることをアピールしていた者すらも含めて姿を消していったことだし。
よって真犯人は残り十数名の参加者のうち多くても二、三名に過ぎず、後は狂言のはずなのだが、なぜか私が適当な推理によって選んだ相手にこれまた適当な動機をでっち上げて犯人として指摘するごとにあっさりと犯行を認めるという、毎回どう考えてもあり得ない展開となり、しかもこちらが唖然としている間に逃亡をはかりそのまま行方不明になってしまうというお約束のパターンを繰り返すばかりであったのだ。
こうなってくるとむしろすべては手の込んだお芝居に過ぎず、実は私以外の人間は主催者スタッフも含めて全員グルで、単に架空の事件を演じているだけではないかと疑い始めるほどであった。
事実これまでの事件においては実際に死体が目にされたことは一度もなく、実のところは被害者も犯人として指摘され逃亡した者も全員どこかに身を隠し、こちらの慌てふためく様子をこっそりと窺っているのではないかとも思われた。
しかしそんな甘い考えに囚われかけていたまさにその時、事態は更に深刻な状況へと陥ってしまったのだ。
それも何と主催者側の責任者にして自称『女神の代理人』であった
彼以外のスタッフはというと御存じの通り対人コミュニケーションに難のある和風メイドの皆さんだけで、ホテル内のこれまで通りの維持管理についてはさほど問題はないとはいえ、送迎用の大型ヘリの要請等外部との連絡手段は果たして大丈夫なのか等の懸念が急浮上した。
その他にも食料の備蓄状態等懸案事項は山積しており、しかもその上何とも不可解な失踪事件が現在も継続中なのである。さすがにのん気な作家連中もそこはかとなく危機感を募らせているようであった。
もちろん私自身も、もはや名探偵気取りでいかにもインチキ臭いミステリィ小説劇なんぞを演じ続ける気分ではなかった。
そこで早速今夜の宴会の席にでも参加者全員に、『一時休戦』を持ちかけようと決意した矢先、
思わぬ人物から内密に、呼び出しを受けたのである。
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