第4話 昇天する病
「さて、どうしたもんかな」
自宅までおぶってきたはいいものの、これからどうするか。とりあえず少女を背中から降ろして様子を見る。
「……酷いな」
少女の小さい体は傷だらけだった。鞭の跡もある。奴隷というものは俺が思っていたよりもひどいものだった。
「んっ……」
しばらくたって、少女が目を開けた。焦点の合っていない眼できょろきょろとあたりを見回し、俺の方を見る。目が悪いと言っても動くものくらいは分かるようだ。
「おはよう」
「ふぇ? え、あ……おはよう、ございます……」
少女は戸惑ったように俺に挨拶を返してくる。
「俺は集。君の名前は?」
「う、ウルルははウルルです……」
「そうか、ウルルは今日何があったか覚えてるかな」
「は、はい。私ウルルはブーに食べられるところを助けられ、ご主人様に買われました。……ですよね?」
「その通りだ」
よかった、記憶はあるみたいだな。
しかしほっとしたのもつかの間、ウルルは突然泣き出してしまう。
「ひっく……ひっく……」
「どうした?」
「ご、ごめんなさい……ウルルは目も見えないし、体も動かないし、何もできなくて……。ウルル、ご主人様の何の役にも立てません……!」
「ああ、そんなことか」
安心したぜ。なんかもっと取り返しのつかない事かと思ったからな。
「そんなことって……ウルル、何もできないんですよ? ウルルなんて奴隷としても失格なんです……」
「そんなに卑屈になる必要はない。俺がウルルを治してやる」
俺の言葉を聞いたウルルは、あり得ないというように首をぶんぶんと横に振った。
「治せるわけがありません! ウルルの後遺症はもう時間がたちすぎていて、司教様でも治すことはできないといわれたんです」
「司教が治せなかったからと言って俺が治せないとは限らないだろ? まあ見てな」
加減せずにすべての魔力を使って癒魔法を発動する。すると、ウルルの身体が光に包まれた。
そして光が消えたとき、ウルルの身体は健康な人と変わらぬものになっていた。
「う、嘘……ウルルの身体、治ってる……?」
「俺を誰だと思ってる。稀代の賢者、御子柴集だぜ?」
俺にかかればできない事なんて何もないのだ。
それにしても傷だらけの時は分からなかったが、ウルルはとてもきれいな顔立ちをしている。ぱっちりとしたクリアブルーの目に潤いのある唇、そして茶色だった髪は汚れが落ちて目の色と同じサラサラのクリアブルーだ。こんなにかわいい子は地球では一回も見たことがない。
「ありがとうございます……! ありがとう……ございます!」
感極まったウルルは俺に抱き着いてきた。
「まあなんだ……よかったな」
俺はポンポンと頭を優しくなでる。
それをきっかけにしてウルルの目から堰を切ったように涙があふれ出し、ウルルは嗚咽交じりに俺に感謝の言葉を言い続けた。
「大丈夫か?」
ようやく落ち着いたウルルに飲み物を入れてやる。
「は、はい。見苦しくてすみません。とても信じられなかったので……」
「も、もうそれは伝わったから」
また泣き出しそうになったウルルを慌てて止める。感動したのは分かるが、3時間ほど泣きっぱなしだったのだ。これ以上泣くのは体に悪そうだしやめておいてもらいたい。
「まあ、元気になってよかった。ウルルを救えたんだから金貨1000枚でウルルを買ったのも無駄ではなかったってことだな」
「き、金貨1000枚!?」
ウルルは驚きで目を見張らせた。そしてそのまま白目をむいて気絶した。
「おい、大丈夫か!?」
「はっ、すみません。驚きのあまり昇天するところでした」
冗談になってないから勘弁してくれ……。
それにしても、取引金額は覚えていなかったのか。いや、そもそも目が悪くて見えなかったのかもな。
「ああ、言っておくと俺はウルルを奴隷として扱うつもりはない。ここに留まる必要もないから自由に生きていいぞ」
元々奴隷なんて買うつもりもなかったしな。
「えっ?」
ウルルは驚いたように俺の顔を見た。
「何をしてもいいんだ。ウルルはもう奴隷じゃない」
「で、でも金貨1000枚も出してもらったのに――」
「ウルルが気にすることじゃない。それにあの程度の金、俺にとってははした金だからな」
本当はもうすっからかんなのだが、ウルルの後ろ髪を引くわけにはいかないからな。
「……本当に、ウルルは自由なんですね……?」
「ああ、何をしてもいいぞ。貴族に使えてもいいし店を営んでもいいし……そういえば冒険者なんてのもあるんだったな。とにかくウルルは何をしてもいい」
「わかりました!」
ウルルは俺の目を見て元気よくそういった。出会った時とは180度変わったその眼をみて、俺はウルルを助けてよかったと改めて思う。
「ウルルは、ご主人様に仕えます!」
「……は?」
何を言ってるんだ?
呆然とする俺を余所にウルルは捲し立てる。
「こんな大恩に報いないなど論外なのです! 私はシュウ様の心の深さに心酔しました。ぜひウルルをおそばにおいてください!」
「い、いや俺はそれでもいいが、ウルルには無限に道があるんだぞ? 本当にそれでいいのか?」
「断られたらショックで昇天してしまうのです」
「はぁ……わかった」
全く、変わったやつだ。
「これからよろしくな、ウルル」
「はい、ご主人様」
俺とウルルは向かい合って握手を交わした。
「……ところでその『ご主人様』ってのはどうにかならないのか?」
「ご主人様以外だと……神様、でしょうか」
「そんなんじゃなくて、もっとこう……『シュウ』とか呼び捨てでも別にいいんだが……」
「畏れ多すぎて昇天しますよ?」
「わ、わかった。今のままでいい」
「わーいなのです」
こうして俺の家に記念すべき2人目の住人が入居することになったのだった。
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