第16話 国王の器

「!?」


 そこに見えた光景に、俺はまさに声が出る寸前であった。

 そこにいたのは、巨漢であった。座っているから細かくは分からないが、目視する限り身長は150センチ位。しかし体重は少なく見積もっても120キロは優に超えているだろう。顔はギトギトと脂ぎっていて、頬は脂肪の重みで垂れ下がっている。

 率直に言って、かなりきつい見た目だった。頭に乗せられた煌びやかな王冠は、かなり場違いなものであると言わざるを得ない。


「これは酷い」

「遅いぞ! 我を待たせるなど言語道断じゃ!」


 幸い俺の言葉は王には聞こえなかったようだ。大方耳も脂肪で埋まっているのだろう。

 それにしても、自分から呼び出しておいてこいつは何なんだ?

 なんで国王風情がこの俺にタメ口聞いてやがる。

 言い返したかったが、ミリアの忠告を思い出してここは我慢してやることにする。


「ああ、すまない。なにせいきなり呼び出されたもんでな」

「全く、無礼な奴である。身の程を知れ!」

「それで、呼び出した用件は何なんだ?」

「ああ……貴様、かすにしてはまあまあの成果を上げているようじゃからな。我がじきじきに激励の言葉をかけてやろうと思ってな。どうじゃ、嬉しいじゃろう?」


 王はぐふぐふと蛙のような気味の悪い笑みを浮かべた。

 こんなやつに褒められたところで一体どこのだれが喜ぶのだろうか。

 しかし、我慢しなければ……。


「そうだな。嬉しい嬉しい」

「じゃろう? グフフフフ! 我のあふれ出るカリスマ性が止まらんわ! 来年はまた増税しても我のカリスマ性でごまかせそうじゃの。なんせ国民はバカばっかりなのじゃから」


 こいつ、マジでカス野郎だな。反吐がでそうだ。

 そもそも俺とウルルがいる前で国民の批判なんかしたらあっというまにそれが広がるのが分からないのだろうか。……わからないんだろうな。見るからに馬鹿丸出しだし。なんだか哀れに思えてきたぜ。


「話は終わったか? 終わりなら帰らせてもらうが」

「いや、少し待て。……その女は何じゃ?」


 王はぎょろりと視線をウルルに向ける。


「は、初めまして。ウルルなのです」

「しゃべるでない、部屋が臭くなるわ」

「え……?」

「聞いたぞ。その女、元は奴隷だったのだろう。どうりで臭いと思うたわ。賢者とやら、おまえがいくら成果を上げたところで、そんな汚れた人間をそばにおいているようじゃまだまだ――」

「おいデブ、てめえ今なんつった?」


 俺は殺意に満ちた目で目の前の屑を睨みつける。こいつは言っちゃならねえことを言いやがった。

 俺の怒りは一気に抑えきれなくなっていた。


「な、なんじゃ、突然怒り出しおって。短気は損気じゃぞ……?」

「俺が怒ってる理由すらわからねえと抜かしやがるのか? 一遍死ぬか?」

「わ、わかったぞい! 貴様がおかしくなったのはそのような汚らわしい奴隷女の近くにいたからじゃ! 我がそいつを処分してやろう。そうすれば貴様も元に――」

「口を閉じろ、下種豚が」


 この屑はどこまでずれてやがる。


「なっ……!? なんだその言葉遣いは!? 我を誰だかわかっているのか! この国の王であるぞ!」

「てめえは俺が直々にぶちのめしてやる。感謝しろ」

「ひっ……。ひ、ひっ捕らえろ! こいつらを誰かひっ捕らえるのじゃ!」


 しかし、下種豚の命令に従うものは表れない。兵士たちは皆、壁に張り付いたまま直立不動の体勢を保っていた。

 俺はゆっくりと下種豚に近づく。


「さっさと動かんか! 誰でもいいから動けー!」

「おらっ!」


 俺は下種豚の顔面を思い切りぶちのめした。


「フゴオォォォッッッ!」

「てめえごときがウルルのこと悪く言ってんじゃねえぞ! ウルルはいつも俺のことを思ってくれる心の優しい人間なんだよ!」


 下種豚の気持ちの悪い鳴き声を無視して、俺はひたすら殴り続けた。


「俺に敬語を使え! ウルルに悪口を言うな! そんな常識も理解できないのかてめえは!」

「フゴオオォォォ……。すみませんでしたぁ……!」

「許さん、てめえは牢屋行きだ。誰か、この下種豚を牢屋に突っ込んでくれ」


 俺の言葉で、控えていた兵士たちが迅速に下種豚を運び出した。


 一気にせわしなく動き始めた部屋の中、俺はウルルの頭をなでる。


「大丈夫だぞ、ウルル。お前は誰より立派な人間だ。世界中の誰が敵になったとしても、俺だけはウルルの味方だよ」

「? ……ああ、ウルルはあんな人の言ったことなんかまったく気にしてないのです。ウルルはご主人様がいれば、それだけで幸せなのです」


 ウルルはのほほんとしていた。意外とマイペースなようだ。俺はほっとして、帰ることにした。



 家へと帰ろうとする俺の元へに兵士がやってきた。俺に敬礼をしてから兵士は話し始める。


「我々一同、非常にすっきりいたしました。次の国王はあなた様以外考えられません」

「いや、俺よりも国王にふさわしい人間がいる。ミリアだ。あいつの方が向いてるよ」


 ミリアは政治の面で言えば俺よりも優秀であろう。俺は最後にミリアを次期国王に推薦して、家へと帰った。












 翌日。俺の家には事情を聞いたミリアがやってきていた。

 俺とミリアの一番の心配事は、ウルルの精神状態である。一日たってから心にくることもあるからな。


「大丈夫か?」

「昨日のことですか? あんなのどうでもいいのです。権力だけが取り柄の人間の言葉なんて、ウルルにとっては桃色に桃色を混ぜるくらい意味がないのです」


 たとえはよくわからないが、やはり気にしてはいないようだ。


「私のせいで不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい……」

「ミリアが謝る事はないのですよ? それに、ウルルはご主人様とミリアがいれば毎日がハッピーだからそれでいいのです!」


 ウルルはそう言って、両の人差し指で唇を上にあげ、笑顔をつくった。


「2人が辛気臭い顔をしているほうが、ウルルは悲しいのですよ? 悲しすぎて昇天しそうなのです」

「わかったから昇天するのはやめてくれ」

「ウルルはもう、昇天が口癖になってませんか?」

「あはは、そうかもなのです」


 俺たちは笑いあう。

 これじゃ、まるで俺たちが励まされてるみたいだな。マイペースでありながら人を思いやれるところはウルルの長所だ。




 俺はこれからのことに話を移した。


「新国王、これから大変だな」

「私よりもシュウ様の方が適任だと思うのですけれど……」

「ミリアはすごいから、きっと大丈夫なのです」

「ありがとう、ウルル。私頑張るわ」


 ミリアの国王就任は一切の反対なく決められたらしい。やはり皆心の中ではミリアこそ国王にふさわしいと思っていたのだろう。ミリアはこれから一気に忙しくなるから、ゆっくり話せるのは先のことになるだろう。




 帰り際、ミリアはウルルと目線を合わせた。


「シュウ様はもちろんだけど、私もウルルの味方だからね。何かあったら言いに来ていいのよ。どんな重要な会議よりウルルのことを優先するから」


 ウルルは真面目な眼をしてそれに言い返す。


「それはまずいのです。会議はちゃんと出席しなきゃ駄目なのです」

「うっ……そ、それはその通り……です。ごめんなさい」

「はっ、一本取られたな、ミリア」

「でも気持ちは伝わったのです。ありがとうなのです!」


 ぶんぶんと手を振るウルルに見送られ、ミリアは帰って行った。

 2人になった俺とウルルは明日の予定を決める。

 ちなみにまだ昼下がりだが、今日は出かけない。今日はぐうたらするのだ。


「明日は何するか?」

「どうせ暇だし、依頼でも受けるのです」

「そうだな、そうするか」


 そう決めた俺たちは、ぐうたらしながら午後を過ごした。

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