第24話 魔族は進んでる
魔族を連れて帰ってきた俺を、人々は恐ろしいものを見るかのように遠巻きに眺める。……いや、視線の向かう先は俺ではなくエレーナだった。人々は好奇の目で魔族であるエレーナを見ている。
「……すまんな、エレーナ。まだ皆お前たち魔族に偏見を持ってるんだ」
「ごめんなさい、なのです……」
「いえ、2人が謝る事じゃないのじゃ。それに、私はもう彼らと意思疎通ができるんであろう? 偏見は徐々になくなっていくのじゃ。じゃろう、シュウ?」
「ああ、そうだ」
エレーナはこんな時でもい見る者を虜にするような微笑を浮かべている。辛いはずなのに、芯が強いやつだ。俺はエレーナに好感を持った。
「じゃあ、家へ帰るとするか」
「ひさびさの我が家へレッツゴーなのです」
久しぶりの我が家へと帰ってきた俺たちは、ゆったりとくつろぐ。
「大きい家じゃのう。まさか魔王城よりも大きいとは思っておらなんだわ」
エレーナは家の中を興味深そうに探索している。
「魔国に比べて土地が余ってるから、その分広いだけだ」
「2人じゃ使いきれなかったから、エレーナが来てくれてよかったのです」
そう一息ついたところで、玄関の鐘が鳴った。
「誰か来たみたいじゃな。私がみてきたほうがよいか?」
「ウルルのお仕事だから任せてなのです」
そう言ってウルルは素早い動きで玄関へと向かう。
「ウルルはしっかり者なのじゃのう」
「ああ、俺の仲間だからな」
いったん遠くなったウルルの足音が再び大きくなる。ウルルの後ろにもう一人ついてきているな。……足音から察するに、ミリアだろう。
「ご主人様、ミリアが来たのです」
「そうか」
俺は内心でやっぱりなと思う。俺くらいになると、足音で人を見極めることができるのだ。
「シュウ様、ウルル、久しぶりです。今日はお話があって――って、そちらの方は?」
「ああ、魔族のエレーナだ。ここで暮らすことになった」
それを聞いたミリアは眉をひそめる。そして手を口にかざし、言いにくそうな顔で言った。
「あの……シュウ様? シュウ様のやることに文句をつけるわけではないのですが、意思疎通できない魔族の方と一緒に住むのは危険ではないかと……」
どうやら俺の身の危険を案じてくれているようだ。
だが、あいにくそんな心配はご無用である。
エレーナは深い藍色の瞳でミリアの銀瞳を捉えて言った。
「ああ、私は日本語喋れるのじゃ。初めまして、ミリア」
「……ええ!?」
ミリアが柄にもなく驚いた声を出す。相当な衝撃のようだ。
「魔族のエレーナさんがなんで日本語を? ……まさか、またシュウ様のお力ですか?」
「まあ、そんなところだ。たまたま魔族が使っている英語を知ってたもんだからな」
「シュウが教えてくれたおかげで私も日本語を話せるようになったのじゃ」
ミリアは自分の処理できる範囲を超えたのか、小さくため息をついた。
「シュウ様には会うたびに驚かされますね……」
「それがご主人様なのです!」
ウルルはなぜか嬉しそうだ。
「それで、俺のところに来た用は何だ?」
「はい。これから1か月後に国際会議が開かれます。会議の規則として、賢者を連れて行くことになっていますので、シュウ様にもご同伴していかなければなりません」
「なるほど……ということは、その国際会議とやらに行けば他の国の賢者とも会えるというわけだ。違うか?」
俺の言葉に、3人が驚きの表情を浮かべる。
「!? そ、その通りです。よくお気づきになられましたね」
「シュウの頭の良さを分けてもらいたいものじゃ」
「そう大したもんじゃない。論理的に考えればわかることだ」
「さすがご主人様なのです!」
ふむ、やはり俺の予想は当たっていたようだ。ならば俺の答えは一つだな。
俺はミリアに手を差し出す。
「国際会議とやら、俺も行かせてもらう」
「あ、ありがとうございます!」
ミリアの細く白い手が俺の手を掴む。
ミリアと俺はがっちりと握手を交わした。
国際会議に俺が同席することを聞いたミリアは、ほっとしたように胸をなでおろした。
銀の髪を耳にかけ、前のめりになった体勢を正すように椅子にもう一度深く腰掛ける。
「よかったです、了承が得られて。私一人ではどうにも不安ですから」
「そうなのかえ? ミリアなら何でも一人で出来そうじゃが……」
「そんなことはないですよ。私なんてまだまだです。所詮は17の小娘ですからね」
「そういやエレーナ。お前、年いくつなんだ?」
「私は1200歳じゃ」
「……まじか」
魔族というのは人間とは全く違う生き物だな。じゃなきゃこんなに綺麗な1200歳がいるわけがない。
「ごめんなさいなのじゃ。偉い方には敬語を使わなきゃとはわかっているのじゃが、どうにも赤ん坊を見てるみたいで愛しくなってしまってのぅ」
「あ、赤ん坊……」
ミリアが苦笑いをしている。
まあ、年の差からいえば赤ん坊とみられても無理はないか。
ミリアの様子を見たエレーナは、傷つけてしまったと思ったのか、慌てだす。
「き、傷付けるつもりはなかったのじゃ! 悪かったのじゃ! お詫びに今日は私が料理を作るのじゃ。こうみえて腕には自信があるでの」
エレーナは普段冷静な割に結構動揺するな。むしろそっちが素顔なのだろうか。
それにしても、料理か……。
「なあエレーナ。米以外も食べれるってことは知ってるのか?」
エレーナに恥をかかせるつもりはないが、あのどろどろの米をはもう二度と食べたくない。
「お米以外も……? ああ、野菜とか肉とかのことかえ。それがどうかしたのかの?」
だが、俺の心配は杞憂だったようだ。エレーナは何を言っているのかといった様子で俺の質問に答えた。
しかし、そうなると黙っていられないのがミリアである。
「し、知ってたんですか!? 人間の間ではつい最近まで知られていなかったのに……」
「……え? じゃあまさか、お米だけを食べて生きてきたってことなのじゃ!? し、信じられないのじゃ……」
「それどころか鼻で食事してたからな」
俺の追加情報に、エレーナは頭を疑問符でいっぱいにした。
「えぇ……。ちょっと想像つかないのじゃが……」
「わー! わー! シュ、シュウ様、もうあの時のことは忘れてください!」
ミリアが声を張り上げて俺を抑制する。ミリアにとって鼻で食事していたのは黒歴史のようだ。かわいそうなのでこれ以上弄るのはやめておいてあげよう。
「まあ、話を聞く限りでは問題なさそうだし……頼んだぞ、エレーナ」
「期待に添えるようなものを作って見せるのじゃ」
そう言い残し、エレーナは厨房へと姿を消した。
「……それにしても、夢みたいです。まさか魔族の方と言葉を通わせられる日が来るなんて……」
「エレーナは優しいお姉ちゃんなのです」
「ああ、そうだな。だが、人々の心無い視線を浴びて多少なりとも心は弱っているだろう。俺たちでフォローしていきたいな」
俺の言葉に、ミリアとウルルも深く頷く。
「ええ、そうですね」
「やっぱりご主人様も優しいのです」
俺はいい仲間を持った。そう思わずにはいられなかった。
その後も話して時間をつぶしていると、エレーナが厨房から出てきた。
「お待たせしたのじゃ。お口に合うといいのじゃが……」
そう言って俺たちの前に次々と皿を並べる。
「うわぁ、なのです……」
その光景にウルルは思わず感嘆の声を漏らした。
「これは……凄いな。美味そうだ」
俺たちの前に並べられた料理は、輝いていた。白米はたっているし、肉は白い湯気を立てている。さらに野菜炒めの彩りもカラフルで、まるで地球の一流レストランの料理のようだった。
俺たちは湧き出す涎を垂らさないことに注意しながら、その料理を口に運んだ。
「お、おいしい……! こんなにおいしい料理、王宮でも食べたことないですよ!」
「ほっぺたがおちるのです!」
「美味いな……これは美味い」
地球も含めて、俺が今まで食べてきたもののなかでも断トツに美味かった。食べるだけで幸せになるというのはこういうことをいうのか。
「そ、そんなに褒められると照れるのじゃ……。でも喜んでもらえてよかったわ」
エレーナはこそばゆそうに微笑んだ。相変わらず妖艶だが、いつもと違って頬がわずかに桃色に染まっている。
「ぐぬぬ……ウルルも料理には自信があったのですが、勝てる気が全くしないのです」
「経験の差があるだけなのじゃ。今度ウルルにも教えてあげるのじゃ」
「わ、私にも教えてもらえるかしら。この料理を食べた後じゃ王宮の料理に戻れないわ。なんとしても作り方を料理人たちに教えてあげなきゃ……!」
「もちろんいいのじゃ。王宮で私の味を再現してくれるなんて、すごく光栄なことだしのぅ。ミリアが気に入ってくれたみたいでよかったのじゃ」
エレーナはミリアとも上手くやっていけそうだ。良かったなと思う。
「さすが1200歳なだけあるな」
言ってからしまったと思う。年の話はするべきではなかった。
しかし、エレーナはむしろ誇らしげに胸を張った。
「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう」
「……というか、年言っても怒らないんだな」
地球のイメージで考えると、怒りそうな気がしたのだが……。
しかし、エレーナは全く気にも留めていないようだ。
「なんで怒るのじゃ? 私は1年1年自分を磨き続けているのじゃ。だから怒る必要はどこにもないのじゃ。むしろ誇るべきものじゃのぅ」
なるほどな。俺好みの考え方だ。
「格好いいのです!」
「見習わなきゃ……」
「のじゃ? 私は当然のことを言ったまでなのじゃが……」
エレーナはなぜ2人が自分を褒めているのか分かっていないようだ。この辺りは寿命の長い魔族特有のものの捉え方なのかもしれない。
俺は再び料理を口に運ぶ。
「……うん、美味い」
なんにせよ、これから上手くやっていけそうでなによりである。そう思った。
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