第25話 エレーナの悩み
エレーナが俺の家に住み始めてからもう数週間がたった。初めはエレーナに恐怖を抱いていた近隣住民も、エレーナが日本語を話せることを知ってからはだんだんとコミュニケーションをとりあうようになっていった。
国王であるミリアがエレーナと親しくしていることも大きな原因ではあろうが、ここまでうまくいっているのはエレーナの人柄によるところも大きいだろう。
「はぁ……」
だが、今日のエレーナはどことなく気分が落ちていた。
「どうした、エレーナ」
「実はの、最近皆、私に冷たいのじゃよ……」
「冷たい……?」
「そうなのじゃ。話しかけても目が泳いでいるし、何か隠しているようなそぶりなんじゃ。私が何か悪いことをしてしまったのかのぅ……」
……なるほど。俺はその原因にあたりが付いてしまった。今エレーナを悩ませている事象の原因は、間違いなく俺である。
そのことを申し訳なく感じるが、エレーナに真実を打ち明けるわけにはいかない。俺はごまかすことにした。
「そ、それはエレーナの勘違いってことはないのか?」
「そ、そうなのです! 皆優しいのですよ?」
胸が痛ぇ……。
俺の意見に乗っかるウルルもやはり心苦しそうだ。
「そうなのかのぅ……。やはり、魔族は人間とは仲良くできないんじゃろうか? のう、シュウ、それにウルルよ。魔族じゃ仲間にはふさわしくないのかえ?」
「そんなことはない。エレーナは俺の自慢の仲間だ」
「そうなのです! エレーナはとっても優しいし、ウルルも大好きなのです!」
「しかしのぅ……。2人が受け入れてくれても、この国の人間が受け入れてくれないのでは、ここには住めんのでは――」
ここまで不信感を与えてしまっては失敗かもしれない。
俺が真実を打ち明けようとしたその時だった。
ピーンポーン。
玄関の鐘が鳴る。
「お、おいウルル。でてくれ」
「は、はいなのです!」
ウルルが急いで迎えに行く。そして来客を引き連れ戻ってきた。
「シュウ、やはり、私はこの街にはふさわしくないのでは――」
「こっんにっちはー! 国王ミリア、やってまいりましたぁー! …………あれ?」
シリアスな雰囲気を台無しにしながら入ってきたのはミリアだった。しかし、その装いはいつもとはだいぶ異なっている。
「わ、私、ひょっとして最悪なタイミングでしたか……?」
「ミリア……? その格好は、なにかえ?」
ミリアは黒い角に黒い翼、そして黒い尻尾をつけていた。エレーナとの違いは銀の髪と瞳しかない。
要するに、コスプレである。
「こ、これはそのー……シュウ様のご提案で、エレーナと同じ格好をしてエレーナとの距離を縮めよう、ということでそのー、仮装をしてみたんですけど……」
「なんじゃと……?」
「シュウ様のぶんとウルル様のぶんも持ってきましたよ。もう外は大盛り上がりですから」
「な、何が起きてるのじゃ!? 私の頭では理解できんのじゃ」
エレーナは混乱で頭が回らない様子だ。
「仲良くなるために仮装をしたら面白いかなと思ったんだが……それをエレーナに隠すために皆挙動不審になっていたらしい。寂しい思いさせてすまなかったな、俺の責任だ」
「のじゃっ……。な、ならば皆、私に悪感情を持ってるわけではないのかえ?」
「そういうことなのです。外はエレーナの仮装をした人でいっぱいなのです」
俺たちはエレーナと共に外へと出た。
「おお! 本日の主役の登場じゃないか!」
「やっぱり主役は遅れてくるもんだよなぁ!」
「どう? この翼、似てるでしょ? 手作りしたんだから!」
街の人々は次々とエレーナに話しかける。その中心で、エレーナは涙を流した。
「えぐっ……えぐっ……。皆、ありがとうなのじゃぁ……」
「ウルルたちも着替えたのです!」
「これでお揃いだな」
俺とウルルも、ミリアに届けてもらった衣装に身を包み、魔族の仮装を完了した。
「嬉しいのじゃぁ……。皆似合ってるのじゃぁ……」
「今日はハロウィンの日だ。目いっぱい羽目を外していいぞ」
「ハロウィン……?」
「年に一度、魔族の格好をして魔族との交友を深める日だ。俺が決めた。悪くないだろ?」
「ぐすっ……最高なのじゃ! 皆のもの、今日は騒ぐのじゃー!」
「おーう!」
その日を境にこの国の人間が持っていた魔族への偏見はきれいさっぱりなくなったのだった。
そして国際会議へと発つ時がやってきた。
「ウルル、エレーナ、俺の留守は頼んだぞ」
そう、今回は国王と賢者だけの会議ということで、2人を連れて行くことができないのだ。
「ご主人様、頑張ってなのです」
「留守は私たちに任せるのじゃ」
「シュウ様は私が守りますから、2人とも安心してください。……では、行きます」
ミリアの声で、馬車は走り始める。俺は後ろを振り返り、いつまでも追いかけてくる2人を眺めていた。
「……寂しいですか?」
「そりゃまあ、多少はな」
「申し訳ありません。巻き込んでしまって……」
「いや、いいさ」
別にミリアが悪いわけじゃない。むしろミリアは非常によくやっている方である。
俺たちは馬車の車内で色々なことを話した。
「じゃあシュウ様は今、魔王なんですか!?」
「ああ、まあそういうことになるな」
「凄いですね……スケールが違います」
「魔王くらい大したことでもないさ。なんならこの国の王になってやってもいいぜ――っと、岩盤地帯だな」
「……あ、そうみたいですね」
いつの間にかに馬車は岩盤地帯に差し掛かっていた。頭上には崖がそびえたっている。巨大な岩が頭上にごろごろしている光景は、あまり精神上いいものとは言い難い。
「ちょっと怖いですね。今日は風も強いですし……って、あれは!?」
ミリアが指さした方向には、崖を転がり落ちてくる岩があった。しかも運の悪いことに、その岩の進行方向はまっすぐ俺たちの馬車である。
「ま、まずいです! 運転手さん、なんとか方向転換を――」
「いや、必要ない。俺に任せろ」
俺は椅子に座ったままで風魔法を唱えた。俺が巻き起こした異常な強風により、岩は逆に崖をごろごろと登っていく。
「す、凄い……!」
「まあ、国際会議の準備運動にはなったな」
俺は尊敬のまなざしで見てくるミリアと再び雑談を開始しながら、国際会議の会場へと進むのだった。
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