第23話 魔王

 歩き続けたエレーナは、やがて足を止める。そこにあったのは一際不気味な建造物だった。門からは絶えず呪いの呪詛のような言葉が発し続けられている。


『ここがお父様のいるところよ』

『おい、ここって……』

『ああ、言ってなかったかしら? 私のお父様は魔王なの』


 エレーナの言葉に、さしもの俺も驚きを隠しきることができない。


「……なんだと?」

「なにかあったのですか?」

「ああ。こいつはエレーナと言うんだが、エレーナの父親は魔王らしい」

「ふぇ!? …………」


 ウルルはそう言ったきり、白目をむいて沈黙してしまった。

 俺は慌てて癒魔法をかける。


「ウルル!」

「はっ! 昇天しちゃったのです。危なかったのです」


 久しぶりに死にかけたな……。最近油断していたせいで一瞬対処が遅れた。危ないところだったぜ。


『驚かせちゃったかしら? ごめんなさいね』

『まったくだ。おかげで連れが死にかけた』

『ええ!? そ、それは本当にごめんなさい!』


 エレーナは謝ってくる。その声には動揺が伺えた。まあエレーナにも悪気があったわけではないので見逃してやる。


『いくわよ』

『ああ』


 俺たちは気を入れ替えて、魔王の住処へと突入した。







『お帰り、我が愛しの愛娘よ!』


 そう言って出迎えたのは、厳つい顔の大男だった。身長はゆうに2メートルをこし、その体は筋肉の鎧で覆われている。いくら賢者である俺でも、否が応でもプレッシャーを感じずにはいられなかった。


『只今帰りました、お父様』

『むっ、この者たちは……人間か? 人間がこの地に何の用だ?』

『私が無理言ってついてきてもらったの』

『む? 何のためにだ』

「Nice to meet you. I’m Syu」

『な、なにぃ!? 人間が英語を話すだと!?』


 俺の英語での自己紹介に、魔王は地鳴りのような低い声で驚く。


『さらに、翼で空を飛べることも教えてもらいました。ほら、このように……』

『な、なんということだ! 確かに我の遠い先祖は空を自由に飛び回っていたと聞くが、まさかその鍵が翼にあったとは……! シュウと言ったか、貴様何者だ!』

『俺は賢者だ』

『なるほど、人間で最も優れた頭脳を持つ者か……。それにしても、我ら魔族の積年の謎を解くとは、よほど頭が回ると見える。気に入った!』


 魔王はそういうと俺たちを広い部屋へと案内した。

 魔王は椅子にドカッと腰かけ、俺たちも座らせる。


『そちらの可愛らしい女子おなごは誰だ?』

「ウルル、この人に挨拶してやれ」

「は、初めまして! ウルルはウルルなのです!」


 ウルルは声を震わせながらそう言った。


『ウルルって言うんだ。俺の大事な仲間だ』

『……もしかして我、怖がられてるのか?』

『間違いなく怖がられています、お父様。……なにせ、私だって怖がられてますから……』

『ま、まあそう気を落とすなよ2人とも』


 顔に似合わず意外と繊細なんだな。


「……?」


 ウルルは突然落ち込んだ2人を不思議そうな目で見ていた。








 顔を合わせてから数十分が立ち、そろそろ話題も尽きてきた。そんな時を見計らって、俺はある提案を魔王に投げかける。


『魔王。俺から一つ提案があるんだが』

『提案だと? シュウの提案なら聞いてみる価値はあるな、話してくれ』

『俺が魔族に日本語……つまり人間の話している言葉を教えるってのはどうだ?』

『シュウ、それで私たちに何か得があるの?』

『いや……エレーナ、これは凄いことだぞ! シュウは今凄いことを言っているっ!』


 魔王の方は理解したようだな。伊達に魔王として君臨しているわけではないということか。

 俺はまだよくわかっていない様子のエレーナに説明をしてやることにした。


『メリットとしては人間との意思疎通が可能になるということだ。人間と魔族がいがみ合っている理由はずばり「恐怖」だ。ようは相手の得体が知れないということだ。言葉が通じるようになれば、その恐怖はかなり軽減されることになるのは間違いない』

『な、なるほど……! 私にも理解できました』

『これだけわかりやすく説明することは、よっぽど頭がよくないとできない芸当だぞ。シュウ、やるではないか』


 2人が褒めてくるが、まだ俺のプレゼンテーションは終わったわけではない。俺は二の句を継いだ。


『さらに意思疎通が可能になることによって、人間側の技術を魔族も取り入れることが可能になる。例えば、人間側には「冷蔵庫」と呼ばれるものが存在する。これに食料を入れておけば腐る心配もないという優れものだ。そんなものがあったらいいとは思わないか?』

『そ、そんなものがあり得るのか!? まるで夢物語の世界ではないか!』

『ちなみに、製作者は俺とウルルだ』

『なんと! ……わかった。シュウのその提案、謹んで受けさせてもらおう』

『本当か?』

『ああ、さっそく今日から教えてくれ。あまり長居するわけにもいかんのだろう? これだけハイスペックな人間を人間側の王が放っておくわけがないからな』

『ああ、そうだな。じゃあ……始めるか』




 俺は魔王とエレーナに日本語を教えてやることにした。ウルルの手伝いと、なにより2人が優秀で熱意があったこともあり、魔王とエレーナは2日で日本語を完璧にマスターした。











「……よし、これで2人とも日本語は完璧だな」

「本当かでござる! よかったぞ、エレーナにあまり差をつけられるわけにもいかんでござるからな」


 そう、実のところエレーナは開始から6時間でマスターしていた。恐るべき記憶力である。

 エレーナは魔王に妖艶な笑みを浮かべる。


「若さの分、お父様には負けないのじゃ」

「カッカッカッ、言ってくれるでござる」


 仲のいい家族だな。正直言って魔族は血の気が多い種族だと思っていたが、それは俺の単なる偏見だったようだ。この2日間の感想としては、魔族も人間と変わらない。

 ……正直、急ピッチすぎて癖のある日本語になってしまったが、まあ許容範囲内だろう。


「これでウルルも2人と話せるのです」

「私もウルルと話せるのはとても嬉しいのじゃ」

「我も! 我も嬉しいでござる!」

「お父様、あまりはしゃぐとまた怖がられてしまうのじゃ」

「ぬぅ……」

「もう怖がったりはしないのです。なぜなら2人ともとっても優しいのが分かったからなのですー!」

「なんていい子なんだ……!」

「ウルルと比べると、自分の汚さが身に染みるのじゃ……」


 ウルルも2人と無事打ち解けられたようだ。なんにせよ、これでめでたしめでたしだろう。


「じゃあ、俺たちは帰るぞ」

「あ、ちょっと待つでござるシュウ」

「なんだ、魔王?」


 俺が振り返ると、魔王が俺に頭を下げていた。


「シュウ、お前の発想力に俺は感服したでござる。……よって今この時を持って、魔王の座をシュウ、お前に明け渡すでござる。そして、我が愛娘、エレーナもお主に付き添わせるのでござる」

「………………は?」


 このおっさんは何を言ってやがんだ?


「いやー、肩の荷が下りたでござる!」

「訳が分からないんだが……」

「ご主人様がついに魔王になられたのです。おめでたいのです!」

「これからよろしくなのじゃ、シュウ」


 なんだかどんどん外堀が埋められていっている。


「そもそも俺は人間だぞ。魔王になっていもいいのか?」

「ああ、条件は『英語が使えること』でござるからな。何の問題もない。それに俺が魔王代理として活動するから、この国に留まる必要もないでござる」


 なるほど、魔王と言う肩書だけ俺に譲渡するというわけか。


「俺はいいが、国民が納得しないだろ」

「翼で空を飛べることを発見した人間だと言ったら、皆ぜひ魔王になってくれと言ってたでござる」


 ……魔族にとってはそこまでの発見だったのか。


「……まあ、そこまで言われたらやらない手はないな」

「お、本当でござるか? じゃあよろしくでござる、魔王」

「おう……って、あんたの名前は何だ?」


 そういうと元魔王は豪快に笑い、「まだ教えていなかったでござるか」と頭をかいた。


「我はエラスギでござる」

「エラスギ、俺がこの国を立派にしてやるよ」

「任せたでござる、シュウ」


 そうして魔王となった俺は、エレーナを新たに仲間に迎えて国へと帰るのだった。

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