第22話 グローバル
「Who are you?」
魔族が話しているのは、まぎれもなく英語だった。
「シュウ、あいつ何か言ってるわよ。早く攻撃しないと手遅れに――」
「大丈夫だ。俺は賢者だぞ? 俺に任せとけ」
俺は警戒心を与えないよう、ゆっくりと魔族に近づいていく。
魔族は美しい黒い角と翼を生やし、目は黒く縁どられていて、とても大きく見える。女性だからか俺よりも背格好は小さいが、大人びていて妖艶な印象だ。しかし、その体に秘められた魔力がとてつもないものだというのは容易に感じ取ることができた。
「Who are you?」
魔族は繰り返し俺たちに質問してくる。俺はそれに答えを返すことにした。
「I’m Syu Mikoshiba. Nice to meet you」
「Oh my god! You are great English!」
魔族は随分驚いているようだが、こんなのは中学レベルの英語だ。賢者である俺ならば話すくらいは造作もない。
魔族の女は興味深そうに俺に話しかけてくる。
『私はエレーナ。ダメもとで話しかけたのだけど、まさか英語が話せる人がいるとは驚いたわ』
『俺は集だ。まあ、教養として一通りは話せるぞ』
『知能指数が高い人間もいるのね』
随分と高評価だが、地球の高校生ならこれくらいは当然だ。俺は自分がたいしたことをしたとは思っていなかった。
「あの……ご主人様?」
「ああ、話が通じるみたいだ。戦闘は回避できるかもしれん」
俺がそう伝えると、3人は驚愕に顔をゆがめた。
「魔族の言葉をこの短時間で理解したっていうの!? 恐ろしい頭の回転の速さだわ……!」
「なに、大したことじゃないさ」
「いや、凄すぎるよ! この世の常識が180度変わる大発見だ」
普段のほほんとしているライアンまで語気を強くしているところをみると、俺は知らず知らずのうちに凄いことをしたのかもしれないな。さすがは俺と言ったところだろう。
手持無沙汰になっていたエレーナが俺の服の裾を引っ張る。
『ちょっとあなたたち、何を話しているの?』
そうか、エレーナは今の会話を理解できていないんだったな。
『ああ、すまんな。人間の間では、魔族と意思疎通をすることは無理だと考えられていた。だから皆驚いているんだ』
『そうね……確かに私と会話できる人間には初めて会ったわ。……あなた、魔国に来てみない?』
『ほう……なぜだ?』
『面白い人間がいるってお父様に報告したいと思ってね。ああ、残りの人間たちも連れてきてもいいわよ』
『少し待ってくれ。話し合う』
俺は3人と話し合うことにした。
「――ということなんだ」
「凄くいきたいけど、僕たちはやめておいた方がいいね」
「そうね、足を引っ張りそうだわ」
そんなことはないと思うが、ついてきてくれと無理強いすることでもないか。
「ウルルはどうだ?」
「もちろん行くのです」
「わかった」
俺はエレーナに、ウルルと2人で行くことを伝える。
「OK! Let’s go!」
俺たちはライアンとシェリーと別れ、エレーナの後に続いて魔国へと向かうことになった。
魔国へと向かい始めてもう数時間がたった。未だ魔国には至っていない。やっと砂漠を抜けたところである。
『ここからどれくらいの距離なんだ?』
『大体3時間くらいかしら』
そんなものなのか。なら野宿はしなくてよさそうだな。
それを確認した俺は、さきほどから気になっていたことを聞いてみる。
『その翼で飛べばもっと楽に進めるんじゃないのか?』
『翼で飛ぶ……? どういうことかしら?』
『どうって……翼をはためかせれば風が起きるだろ? それを利用して宙に浮くんだよ』
『そんなことできるの?』
エレーナは半信半疑ながらも、翼をパタパタと動かし始めた。まるで濡れているかのようなしっとりとした黒翼がはためき、エレーナの身体を宙へと持ち上げる。
『す、凄いわ! まさか翼で飛べるなんて……!』
「魔族さんが突然飛び始めたのです! まさか、またご主人様のお力ですか?」
「ああ、まあそうだ」
「発想という概念を超えた発想なのです! さすがなのです!」
『シュウ、あなたとても凄いわ。ぜひともお父様に会ってほしくなったわ』
やれやれ、大騒ぎだな。
翼で空を飛ぶエレーナの後を、風魔法を駆使して俺とウルルはついていく。ものの30分ほどで、魔国へとたどり着いた。
『ここが魔国よ』
魔国は俺たちのいる国とはかなり違っていた。ほとんどの家は黒一色であり、それだけでも不気味なのに家の屋根に角が生えていたり、玄関に骸骨が飾ってあったり、様々なしかけでさらに不気味に仕上がっている。
「ほう、ここが……」
「お、お化けがでそうなのです……」
ウルルは俺の腕にギュッと抱き着いてくる。
それを気づいたエレーナは申し訳なさそうだ。
『あら、怖がらせてしまったかしら。 魔族の風習では、家を恐ろしくすることで逆に恐怖を家の中に持ち込まないという考え方なの。ごめんなさいね』
俺がそれをウルルに通訳する。
「――だってよ」
「そ、そうなのですか? なら安心なのです……?」
ウルルはまだ怖そうだが、こればかりは慣れるしかない。俺たちはエレーナの父親のところへと向かうことにした。
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